第4話

 執務室に戻ると、書類とにらめっこしていたが、すぐにやめた。書類の束を放り投げる。パサッと音を立てて床に落ちる。


 ロボット課への配属、それは新しい犯罪と対峙すること。普通に考えれば名誉だろう。でも、俺は違う。小さい頃に大型のロボット犬に追い回されて以降、ロボット、いや機械全般が苦手になった。


 マイクの席に目をやる。整然とした書類の束、充電装置つきのロボット専用のイス。書類の扱いなんか、俺とは真逆だ。


 マイクが来てから、息がつまる日々が続いていた。ルールの遵守のために書類へのサインというめんどくさい仕事が増えたのもマイクのせいだ。今までは、こんな事しなくても大丈夫だったんだ。なんでも型通りにやっていては効率が下がる。手を抜けるところは、適当にすればいいのだ。


 考え事をしていると、手首のデバイスが光る。やれやれ、事件発生の合図だ。


*****


 オリバー警部のオフィスでは警部とマイクが会話を続けていた。


「それで、厄介者の隼人は追い出せそうか? あいつ、何かしら理由をつけては、相方を追い出す癖がある。こちらとしては、ロボット課を軌道にのせるためにも、奴を締め出さなくてはならん」


「オリバー警部、心配には及びません。私に考えがあります。お任せください」


「よし、マイクがそこまで言うなら、この件は一任する。そういえば、マイクは最近メンテナンスを受けたのはいつだ?」


「そうですね、二週間ほど前でしょうか」


「二週間か。君の双肩そうけんにはこれからの警察の未来がかかっている。通常より期間は短いが、メンテナンスしておいて損はないだろう。私がやろう。なに、君もロボットの一種だ。原理は同じだからな」


「かしこまりました」


*****


トントントン。オリバー警部の執務室のドアをノックする。返事はない。


「失礼しま――」


「いま取り込み中だ。あとにしてくれ!」


「そうはいきませんよ、と」


 執務室のドアに体当たりしてぶち壊す。久しぶりにやったが、やはり肩が痛い。


 眼前に広がっていたのは、オリバー警部がマイクの胴体を開けている光景だった。


「オリバー警部、密売人はやはりあなただったんですね。いや、だったと言うべきでしょうか」


「くそ、めやがったな!」


「それは警部も同じでしょう。俺を追い出そうと画策していたんですから」


「お前、何故それを知っている!」


「簡単な話ですよ。マイクには盗聴器をつけておきました。ヘンリー教授の手でね。そもそも、マイクを作ったのはヘンリー教授だ。簡単な作業でしたよ」


「ちっ、バレたらしょうがない。おい、マイク起きろ!」


 オリバー警部がマイクの起動スイッチに触ると、マイクの目が点灯した。まずい、マイクは俺の命令よりも、上層部の命令を聞くように設定されている。当然、俺の命令には従わず、警部の命令どおりに動くに違いない。だが、マイクは人間である俺を傷つけることはできない。何をさせる気だ?


「おっと、隼人、そこを動くな。おい、マイク。隼人の後ろに回り込んで退路を塞げ! あとはコイツで隼人を仕留める」


 警部の手のリボルバーが金属独特の光を放つ。


 まずい、俺も拳銃を持っているが、ホルスターの中だ。取り出すまでに撃たれてしまう。


「隼人、お前も父親と同じ運命を辿たどることになりそうだな。あいつが、違法ドラッグの捜査中に殉職したのは知っているな? あの優秀な父親がなぜ、死んだのか。理由は簡単だ。当時、


 は? 親父が殉職したのは、オリバー警部のせい?


「親子揃って頭が良すぎたのが悪いんだ。気づかなければ、こうはならなかったのに」


 パーン!

 銃声が響く。足から鮮血が飛び散る。


「お前にはどこまで知っているか、吐いてもらおうか。もし、ヘンリー教授も知っているなら、奴も片づけねばならん」


 咄嗟とっさにかがみ込んで、壊れたドアを盾にする。こんなもの役に立たないのは分かっているが、他に手を打てない。両手が塞がっていて、相変わらず拳銃は抜けない。


「警部、俺はすべてを知っていると思うぜ。マイクを導入したのは、これが真の目的のはずだ。そして、これを計画したのは、警視庁の上位層だ。つまり、警察はすでにトップから腐り始めていたんだろ?」


 警部の答えはなかった。つまり、俺の言ったとおりということだ。まさか、正義を執行する警察組織が崩壊していたとは!


「どうやら、貴様は知りすぎたようだ。今の口調からするに、ヘンリー教授は何も知らないようだな。まあ、用心するにこしたことはない。お前さんのあとにあの世に送ってやるよ!」


 パーン!

 二度目の銃声が鳴り響く。しかし、痛みはこない。金属製のドアには弾がめり込んだ痕はあるが、貫通していない。こんなドアで防げたのは運がいい。


「おい、マイク。そこをどけ!」


「ここを動くことはできません」


 そーっとドア越しに状況を見る。ドアの盾の前にはマイクが立ちふさがっていた。


「マイク、お前は俺の言うこと聞けばいいんだ!」


「それはできません。あなたは隼人の命を脅かしています」


 そう言うマイクは腹部が破損し、内部の部品がむき出しになっていた。そうか、マイクに当たって弾速が落ちたんだ! だから、このドアを貫通しなかったんだ!


「マイク、どういう意味だ?」


 警部の声には怒気が含まれていた。


 俺には分かる。「ロボット三原則」の第二条。「ロボットは人間の命令に従わなければ、ならない。ただし、人間に危害を加えること、また」。いくら警部の命令でも第一条が優先される。


 チャンスは今しかない! 素早く拳銃を抜くと、オリバー警部のリボルバーを打ち抜く。ここぞとばかりに警部にとびかかると、手錠をかける。とどめに顔を殴りつけて気絶させた。


「マイク、今度ばかりはお前にお礼を言わなくちゃな。おい、マイク?」


 マイクから返事がない。振り向いた肩越しに見えたのは――腹部を押さえて倒れたマイクの姿だった。


「おい、マイク、しっかりしろ!」


 素早く駆けつけるが、手当が間に合わないのは明らかだった。ロボットの場合、大量の情報を処理するために、腹部に頭脳ともいうべき装置がある。


「隼人……私は、私は『有能なロボット』だった……でしょうか?」


 答えは決まっている。


「いや、違うな。お前はロボットである前に立派な刑事デカだ」


「そう……ですか」


 それがマイクの最後の言葉だった。

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ロボットは刑事たりうるのか 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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