第3話

 ロボットの胴体に入っていたものは予想外のものだった。明らかに違法ドラッグの一種に違いない。


「マイク、今すぐそれの分析を開始しろ!」


「かしこまりました」


 そう言うとマイクは腕のブレスレットデバイスをかざす。光が白い粉を包む。デバイスで検知されたものは、科学研究所にデータが送られて、すぐに調べがつく。今回もそう時間はかからなかった。


「結果は、違法ドラッグでした。種類まで特定するには研究所に直接分析してもらう必要があるでしょう」


 抑えている女性が暴れるが、なんとか手首に手錠をかける。


「違法ドラッグ所持の現行犯で逮捕する!」


*****


 それからはあっけなかった。女性はすぐに所持を認めて自白をした。どうやらロボットに違法ドラッグを隠して、買っていたらしい。密売人がロボットの体にドラッグを仕込み、それを自宅で受け取る。そして、今度は代金を入れて密売人に渡す。すぐに密売人を捕まえようとしたが、当然、行方をくらました後だった。


 今回はロボット経由で違法ドラッグを受け取ったのはいいものの、錆びついていた関係で、うまく開けられなかったらしい。だから、処分する口実として、ロボットに人殺しの罪をきせたかったらしい。


 そして、被害者が気に食わなかったから、今回の方法で被害者を殺害、ロボットを処分という一石二鳥を狙ったらしい。とんでもない輩もいるものだ。


 事件が解決したのはいいものの、結局マイクが手柄を立てたことになる。これは面白くない。


*****


「今日、二人に来てもらったのは他でもない、先の違法ドラッグ事件についてだ。二人ともご苦労様。特にマイク、君の活躍は素晴らしかった。上層部も喜ぶだろう」


「当たり前のことをしただけです」


 マイクは胸を張って答える。

 悔しいが、俺は不慮の事故という結論を出そうとしていた。今回はマイクに拍手を送るべきだろう。あくまでも今回は、だ。次はマイクを出し抜いて、警察にロボットは不要だと証明してみせる。


「ふむ、謙虚だな。さて、本題だ。ロボットを介して違法ドラッグを売買するという犯罪が露見したことで、一斉調査を行った。恐るべきことに検挙数は496件だった。都内のロボット登録数が10,528体ということを考慮すると、全体の約5%だ。そして、ロボットに付属のGPSログを解析した結果、密売人は千代田区――それも霞が関周辺を縄張りとしていたらしい。官庁街を拠点にするとは、大胆だ。これらが示すことは、ということだ」


 役人が密売者の可能性がある。相手が省庁トップの秘書だった日にはとんでもなく面倒になる。


「オリバー警部、一つ質問です。GPSログからはどこまで正確に位置を探知できたのでしょうか?」


「それは……トップから言えない、と指示があってな」


 オリバー警部はイスに深々ともたれかかると、天を仰ぐ。


「それはどういうことですか!? 情報がなければ、我々は次の手が打てません」


「隼人、落ち着きたまえ。私だって納得しておらん。何らかの圧力があったと考えるのが筋だろう」


 圧力があったということは、警視庁の上層部にコネがある人物の可能性が高まったわけだ。嫌な方に話が進んでいく。


「しかし、手をこまねくわけにもいかん。二人には密売人逮捕の作戦を立案して欲しい」


「了解です。作戦実行に当たって、一台ロボットをお借りしたいです。まあ、おとり捜査ですよ」


「よろしい。私の方で手配しよう」


*****


 「国立科学研究所」。看板にはそう書かれていた。ここに来るのもかなり久しぶりだ。


 今回の目的は「おとり捜査のために協力してもらうこと」だ。前回のように旧友に会う、という気軽なものではない。


 ブレスレット端末をインターフォンにタッチする。


「こちら、国立科学研究所です。ご用件をどうぞ」


 機械的な声が尋ねる。機械は苦手だ。隣にいるマイクなんかペアを組んでいるというだけで苦痛だ。


「俺は警視庁のロボット課の隼人だ。ロボット工学課のヘンリー教授と約束をしている」


「少々お待ちください。……確認が取れました。通路を真っ直ぐ進み、突き当たりを左に曲がってください」


言われなくても知ってるさ。何回来たと思ってるんだ。


*****


「隼人、久しぶりだな」


「こっちこそ、しばらく訪問できず、すみません」


「気にするな。忙しいんだろう? まあ、警察が忙しいということは、犯罪が多いということだが……」


 そこには初老の男性が腰かけていた。寂しい白髪を撫でつけている。


「それで、用件は何かな?」


 俺はヘンリー教授に違法ドラック事件のこと、おとり捜査をすること、捜査にあたって手を借りたいことを手短に説明した。



「なるほどねぇ、上からの圧力か。こりゃまた、面倒な案件だな。で、わしは何をすればいいのかな」


「ヘンリー教授には、このロボットの胴体にこいつを入れて欲しいんです」


 持っている大量のお金が入った袋を振る。ジャラジャラと景気のいい音がする。


「なるほど、そいつを仕込んで怪しいとにらんだやつに、ロボットを送り込む。密売人はお金が入っていると思って胴体を開ける。その瞬間に、お前さんがなだれこんで逮捕する。まあ、原始的ではあるが、一つの方法としてありだと思うが」


 そう言うと、ヘンリー教授はロボットの胴体をいじくり始める。


「しかし、お前さんも危ない橋を渡るもんだ。父親に似てきたな」


 そう、俺の親父も警察官だった。だが、捜査中に犯人に撃たれて死んだ。俺が警察官になったのは、親父の背中を見て正義を執行する警察官に憧れたからだ。


「ほらよ。お前さんの要望どおりにしてやったぞ。わしはお前さんの成功を祈ることしかできん。だが、これだけは肝に銘じておけ。危険だと思えば、すぐに手を引け。この事件、嫌な予感がする。父親と同じく殉職なんてことだけは避けろ。正義が執行できるのは、命あってこそだ。時には妥協することも必要だ。人生の先輩としての忠告だ」


「もちろんですよ。今度来る時は、武勇伝を聞かせますよ」


 そう言うと、研究室をあとにする。


*****


「オリバー警部、ただいま戻りました」


「遅くなり申し訳ございません、オリバー警部」


「二人とも、気にするな。捜査のためだ、時間をかけてもいい。慎重に動いて、今度こそは密売人を捕まえなければならん」


「警部、それには自信があります」


 俺はニヤリと笑う。今回の捜査はうまくいく、そういう確信があった。ヘンリー教授の心配は無用だ。


「隼人、自信満々なのはいいことだが、足元をすくわれないようにな」


「警部まで同じことを言うんですか。ヘンリー教授にも言われましたがね、今回は絶対の自信があります。なあに、あっという間に密売人を捕まえてみせますよ」


「まあ、これ以上、隼人にとやかく言うつもりはない。二人とも下がってよろしい。ああ、そうだった、マイクは残ってくれ。上層部から新たな命令があった」


 俺はマイクを残すと部屋を去った。ロボットであるマイクがいない、それだけで心が軽くなった。


 俺はマイクに別れを告げると、自分の執務室に戻った。さあて、他の事件の整理でもするかな。


*****


「それでマイク。『有能さを示して、日本州にヒューマノイド型ロボットを展開する』ということはできそうかな?」


「もちろんです、オリバー警部。上層部の命令は絶対ですから」

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