鯖の絵
紫鳥コウ
鯖の絵
舟橋と軽井はコートのポケットに両手を入れて、寒々しい晩秋の夜に、山の方から吹く向かい風に身を震わせながら、野木の家の方へと歩いていた。
ふたりは、ある同級生の葬式へと参列するために、5年ぶりに郷里に帰ってきた。そして、葬式の帰りに知人の野木の家で酒を飲むことになったため、彼の家の方へと街灯だけを頼りに歩いているのである。
駅から国道へと延びる道も決して賑やかではなかった。のみならず、駅さえもこの時間には無人だった。国道を渡りきってしばらく経ったころには、光源は、等間隔に並んでいる街灯か、人の気配のしない家々の窓から漏れ出た明かりくらいになった。
「野木の家はもっと先だったかな」
「さあ……とにかくこの道を真っ直ぐ行けば見えてくるはずだけど」
青白く光る
半月は薄曇りのなかに顔を埋めるばかりで、月光が地上へと差しこんでくる
どちらかが引き返すことを提案すれば、もうひとりは逡巡せずに
ひとひとりいない往来を、街灯を頼りに歩いている。ひとひとりいない?――ふたりは、自分たちの影を踏む何者かを感じ取っていた。
ふたりは後ろを振り返ることなく、ただ前だけを見て、寂しい
「鯖の絵」と、舟橋がポツリと呟いた。
「鯖の絵?」と、軽井が聞き返すと、舟橋はある一件の家の窓を
そこは廃校となった母校の向かいにある家だった。物置の代わりに使われているのであろうコンクリートの床の部屋が、閉め切られていないカーテンの間から見えている。街灯のあかりが少なからず差し込んでいる分、寝そべっているものや立てかけてあるもののいくつかが、ぼんやりと見えていた。
そして、ふたりの影が延びた先に、
鯖であることは、彼らの過去の食欲が知るところだった。
「まな板かな」
「いや、机かもしれない」
鯖の背景は、
後ろから差す光線に頼っても、サインも画題も
「縦向きで合っているのかな」
「横にしたら、ヘンな感じがするだろうけどね」
カンバスは縦の辺の方が長く、鯖の頭は上にあり尾は下にあった。もしこの絵を横向きにしたならば、なんの感興も起こらないかもしれない。それくらい、滝に逆らう魚のような恰好が似合う鯖なのである。
「この家には、だれが住んでいたんだっけ」
「あのときからだれも……という感じがする。覚えてないよ」
「この家がずっとあるのは間違いない。だけど、あんな絵はあったかなあ」
ふたりは寒さも
彼らの背後にある廃校は、沈黙を守りながら、いつか顔を出した月の光を窓に青白くうつしていた。
鯖の絵 紫鳥コウ @Smilitary
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