第11話 波音(番外編)

「ねえ、いつまで泣いているわけ先生たち困ってるでしょう。」


知らない場所に連れてこられ不安いっぱいで泣きまくる6歳の俺に声をかけてきたのは麗奈だった。


「いい加減に泣き止んでくれないと私この場所から離れられないんだから。」


児童養護施設ユーカリ園 通称コアラ園


家庭の複雑な事情で引き取られた子供たちが共同生活する場所。


ばあちゃんと二人暮らしをしていた俺は、ばあちゃんが死んで気づけばここにいた。


両親は俺を棄てた。


最初からいない存在だからなんとも思わない。


哀れみなんていらない。


ただ唯一無二だった、ばあちゃんが死んで一人放り出された俺にとって麗奈との出会いは救いだった。


麗奈はなんだかんだ言いながら俺の世話をやいた。


どうやら同じ年の女の子がコアラに引き取られると聞いて喜んでいた麗奈は実際に引き取られたのが俺で内心かなりがっかりしたけれど、それならば舎弟にしようと気持ちを切り替えてワクワクしたらしい。


泣きごとは言わない、正義感は強い(俺にはかなり理不尽だけど)麗奈はコアラの子供たちに絶大な人気があった。


まるで猿山に君臨するボスのように見えたから、褒めるつもりで麗奈に言ったらグーパンチがとんできたから二度と言わないでおこうと心に強く決めた。



中学生の時、麗奈が泣いているのを初めて見た。


その時、麗奈の両親が子供3人を道連れに一家心中をしたことを知った。


一命をとりとめた唯一の生き残りが麗奈だった。


日頃から麗奈を妬むクラスの一部の女子生徒にいじめを受けても毅然としていた麗奈がそいつらに一家心中をクラス中にばらされて初めて見せる涙は怒りの涙だった。


「おまえらいいかげんにしろよ。」


俺は人生で初めてぐらい大声でそいつらを怒鳴りつけた。


いつも麗奈に守られていた俺自身が変わろうと決心した瞬間だった。


俺は麗奈が好きだ。


好きで好きでたまらない。


あの日の帰り道、少し遠回りして二人で海を見た。


キラキラ輝く太陽が波に反射して二人だけの時間が流れているかのように錯覚してしまう。


「陸、今日はありがとう。」


俺はかるくうなずいて二人で静かに波音を聞いた。


それから俺は夜間高校に通いながらアルバイトとバンド活動に夢中になった。


無我夢中だった俺は人生こんなに時間が足りないものなのかと思うくらい全力で身体はしんどいけれど心は楽しくて楽しくてしょうがなかった。


金を稼ぐ。


たくさん稼いで麗奈と一緒に生きていくのだと友達以上で恋人ではない関係にふさわしい言葉は思いつかないけれど麗奈は俺が生きる証そのものだった。


自慢したくてバンドの打ち上げで初めてメンバーに麗奈を紹介したのが俺と麗奈の分かれ道だった。


麗奈は竜志に出会った。


二人が恋人関係になっていくのに時間はかからなかった。


俺には見せたことのない幸せいっぱいの麗奈が目の前にいる。


張り裂けそうな気持と麗奈の幸せを守るため俺は固く自分の心を閉じ込めた。


麗奈が幸せなら俺でなくてもいい、そう俺でなくてもいいのだと。


麗奈の妊娠。


竜志の両親からの猛反対。


そして竜志の急死。


なにもかもが一瞬の出来事のように降りかかってきて未だに記憶が曖昧なところがある。


泣きじゃくる麗奈に俺は嬉しい感情を押し殺して強く抱きしめた。


俺と麗奈は一緒にいるべき存在だと。


俺は最低な男だ。


最低でもいい、もう麗奈を離さない。


クソエゴのかたまりだ。

ソファーで目が覚める。


最悪の目覚めだ。


二日酔いで頭がグラグラする。


昨日、霊園で麗奈に再会して、そして成長した志音は竜志にそっくりだった。


俺を見る志音の目が竜志に重なり過去が吹き返してきて振り払った。


ただ何年も麗奈と離れていてもこれだけははっきりしている。


麗奈を愛している。


はっきりと麗奈に伝える。


愛しているのだと。




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