第7話


 帝都には、この大陸で有数の歴史と権威をもつ帝都大学がある。

 共和派の中心である共和主義者たちは、もとはこの大学に通う学生であり、皇帝による苛烈な弾圧によって四散するまではこの大学の図書館で政治理論を練り上げており、巡り巡ってそれが此度の革命へとつながったのだ。

 ある意味で共和派にとって最も重要な場所であるこの帝都大学を間借りして、共和政府立魔術大学は併設された。これは共和主義者たちによる魔術師政策へ期待の大きさの表れといえよう。

 しかし、当初は共和派の内外においてこの魔術大学への懐疑論も大きかった。

 この大陸における伝統的な理解としては、魔術師というのは惰弱でいかがわしい精神異常者とみなされていた。そしてその魔術師が抱える精神異常を現実に投影する外法こそが魔術なのである。この認識は、魔術師に対して比較的寛容なこのオルゴニア帝国においても同じだった。

 そんな怪しい連中をわざわざ集めて魔術の研究を行い、それを革命の推進に利用しようとするのは、風変りで突飛な構想──もっといえば、いかにも理論先行の原理主義的共和主義者がひりだした非現実的な施策として人々に受け入れられていた。

 招聘に応じた魔術師たちもまた、この偏見に負けず劣らずの奇人変人揃いであった。各地の呪い師一門の多くは、共和派を信用していない上に、そもそも現在の共和派による支配体制は一時的なものでありいずれ崩壊すると予測していた。それぞれの一門の長老たちとしては、一門の優秀な若者をみすみす帝都に送ってやる義理などなかった。帝都に送られた魔術師の中には、半ば厄介払いとして送り込まれた変わり者も少なくはなかった。

 帝都の人民の好奇と嘲笑を向けられる中で始動した魔術大学であるが──結果的に言えば、この魔術大学の研究は共和派に多くの恩恵をもたらすことになる。

 特に、極北大公領からやってきたペールという若者は卓越した働きを見せた。彼はなにやら高邁で複雑な精神魔術の研究を本分として熱心に取り組む一方で、その副産物として、非殺傷性の対人制圧魔術を生み出し、次々と改良してみせた。この魔術はその効率性から、政情不安定な帝都の治安戦のみならず、きたるべきオルゴニア帝国統一戦争の戦術兵器としても採用されることになる。

 無論、ペールは精神魔術師としての腕前も一級であり、共和派の特務魔術師として、皇帝派残党の政治犯に対する取り調べを始めとした種々の活躍をみせる。


 ペールは魔術研究および魔術特務の功績を梃子として、政治的地位の獲得にも成功した。彼は大陸で迫害を受けている魔術師たちの代弁者となろうとし、また大陸中の魔術師を啓蒙しようと努めた。その意味で言えば、彼は共和派の喧伝する風変りで奇矯な政治思想──人々は生まれながらに権利を持つという思想──の擁護者であり、体現者だった。

 後年では、ペールの出身地である極北大公領を含めた各地の分離独立問題が持ち上がった。共和派は共和主義を実現するために各地で民選の地方議会を設けたが、その地方議会が帝都の共和派に対して自治権を要求するに至ったのだ。

 諸外国の介入工作もあり、新たな内戦は勃発寸前となったが、ペールはこれを回避するために尽力した。彼の活動は共和派と極北大公領の双方から疎まれもしたが、結果的には双方からの譲歩を引き出し、連邦制という妥協案を実現するにいたった。(なお、ペールはこの譲歩を引き出すためにあろうことか精神魔術を使ったのではないかという嫌疑をかけられたが、精神魔術の性質上、立証は不可能だった)


 連邦制の成立後、ペールは帝都を離れて極北大公領へと戻った。故郷での彼は本分である精神魔術の研究に耽溺したが、これはあまりにも高度で難解であり、周囲の人間はその研究を全く理解することができず、彼を変人として扱ったという。

 とはいえ、ペール自身は、再び愛慕する姉弟子とともに暮らせることに大いに満足し、それで十分だった……と伝えられている。

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