第3話


 オルゴニア皇帝の他に、誰がいただろうか? ──自国の魔術師を殺しもせず、去勢もせず、開頭手術も施さない。そんな君主が、オルゴニア皇帝の他に、誰がいただろうか?

 魔術師たちに保護を与えるオルゴニア皇帝が、魔術師に求めるのは、たった三つの戒めだけだった。

『魔術師は、政に関わってはならない』

『魔術師は、戦に関わってはならない』

『魔術師は、二人につき一人より多く子を作ってはならない』

 オルゴニア帝国の魔術師たちにとって、もしもほかの国に生まれていたら、などというのは、考えるだに恐ろしい仮定だった。彼らにとって、オルゴニア皇帝こそがこの上なく寛大で慈悲深い君主なのである。……ただし、カタギの連中にとっては、必ずしもそうではなかったらしい。

 いまや、そのオルゴニア皇帝は存在しない。

 重税や徴兵、外地への侵攻、政治弾圧によって臣民のみならず帝国政府内部での支持をも失っていたオルゴニア皇帝は、ついには政治的に敗北したのだ。

 混乱に乗じて帝都を制圧した共和派は、あの伝え聞くもおぞましい残酷な方法でオルゴニア皇帝を処刑してみせた。皇帝の退位を目論んでいた帝国諸侯たちでさえも、この共和派の所業には恐れをなし、手勢を帝都から自領へと引き上げていった。

 かくして、皇帝が存在しなくなったこのオルゴニア帝国は、帝都を含む西側を手中に収めた共和派と、東側に領邦を持つ諸侯たちからなる貴族派によって二分された。現時点では両派の間に表立った戦闘は発生しておらず、緊張状態を保っているが、それぞれは着々と支配体制の強化と、きたるべき決戦の準備を進めていった。

 皇帝直轄地である極北大公領の総督府も、地理的関係から、帝都の共和派に恭順せざるを得ず、その勢力圏に組み入れられることになった。

 さて、問題となるのは、オルゴニア皇帝との協約が失われた領内の魔術師の扱いである。

 共和派は、彼らが説く一種独特の政治理論により、この大陸で公然と行われている魔術師への迫害を批難する立場にあった。──ただしそれは、協約によって保護を与えていたオルゴニア皇帝の方針とは異なっていた。

 共和派にとっては、人民は皆等しく権利と義務を持つ存在であり、そしてそれは、魔術師についても同様とされていた。

 革命推進のため、魔術師たちはその魔術を政と戦に転用することを求められたのである。

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