第4話
・ ・ ・
「果歩ー、明日どっか行かない?」
数週間後の金曜日、放課後。教室。
果歩のクラスメイトが彼女に話しかけた。
「ごめん、朱莉。明日はお兄ちゃんとデートなの」
「またー? お兄さんとじゃなくて彼氏作って彼氏と行けっての」
「お兄ちゃんが彼氏です」
「やっば、こいつ……」
「というか今、中心街は危険じゃない? ほらまた新しいヴィランが暴れてたし」
「ああ、鳥人間みたいなヴィランだね。まぁ、大丈夫でしょ。何かあったらまたヒーローが助けてくれるし」
「……そうだね」
それから一言二言交わしてから解散した。果歩は家に帰る途中、図書館に立ち寄る。そして多元宇宙論や平行世界、超能力に関する本を読むがどの本も説を唱えているだけで別世界に行く方法については記載されていなかった。
「当たり前だよね」
果歩は肩をすくめると本を戻して図書館を後にした。
その足であの広場へ向かう。
つい最近立ち入り禁止が解かれたその場所の地面は新たに整備され、街灯や公衆トイレ、植木も元通りに修復されていた。まるで何事もなかったかのように。
目を閉じればあの時の恐怖や悲しみ、怒りが蘇る。
そんな彼女の火照った体を風が和らげた。
ふと猫の鳴き声が聞こえた。
それを頼りに歩けば猫が枝の上にいるのが見えた。
果歩は指先から淡く光る糸を伸ばすと糸は彼女の意思に従って動き、木に巻きつく。
すると木が動き出し、腰を曲げ、さらに猫が乗っている枝を伸ばした。それによって地上との距離が近くなり、猫は無事降りることができた。
糸を木から離せば木は動かなくなった。
遠くをとてとてと歩く猫を一瞥してから彼女は再び帰路につく。
家に着き、リビングに向かう。そしてベッドで横たわっている彼に話しかけた。
「ただいま、お兄ちゃん」
返事はない。
だが果歩があの糸を千裕の首に巻き付ければそれは立ち上がり、無言で彼女の頭を撫でた。
「えへへ、ありがとう。すぐに夜ご飯作るから待ってて」
そう言って果歩はキッチンへ。
そして千裕はテレビを点けた。
鼻歌を奏でながら彼女は事前に下味をつけていた鶏むね肉に衣をつけ、熱した油に入れていく。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。今日ね、明日お兄ちゃんとデートすることを友達に言ったら彼氏作れ! って言われたんだけどどう思う?」
「……」
「お兄ちゃんもそう思うの!? なんかショック。お兄ちゃんは私に彼氏作って欲しい?」
「……」
「妹の幸せを願うなら、か……。でも私にとっての幸せはお兄ちゃんといることだし、だから今は彼氏はいなくていいや」
「……」
「そうなったらその彼女さんと複数回面接をする」
「……」
「笑ってるけどそれほど私にとっては大事なことなの! ほら、唐揚げできたから運んで!」
果歩がそう言うと千裕は立ち上がり、キッチンからテーブルに唐揚げや白米など一人分を運ぶ。
「お兄ちゃん、今日も食べなくていいの?」
「……」
「ふーん、それも力に目覚めた影響なのかな。まぁ、一人分の食費が浮くからいいけどね。それじゃあ、お兄ちゃんには申し訳けど……いただきます!」
兄と食事をし、兄と風呂に入る。そして兄と寝て兄と起きる。
果歩は買ってもらったあの服を着て千裕と映画館へ。
その道中で――。
「きゃあああああっ!」
悲鳴。誰かの悲鳴。見れば四車線道路が交わる中心に両腕が異常に大きな猿のヴィラン。両腕の大きさは成人男性よりも大きく、それ故に足ではなく両腕で歩いている。立ち止まると左腕だけで器用に立ち、右手で横転しているバイクを掴むと歩道橋に投げつけた。
爆ぜるバイク。
黒煙と火が躍る。
ヴィランは雄叫びをあげる。
そんな敵の前に一人の人物が立ちふさがる。顔は深く被っているフードや黒のマスクで正確に把握することができない。
「来たっ! ブラックマスクだ!」
「今日も来てくれた!」
「頼むぜ! ブラックマスク!」
人々は現れたヒーローにエールを送る。
そして彼女も。
「……頑張れ、お兄ちゃん」
ブラックマスクはヴィランに向かって走り出した。
今日も彼は戦う。
彼女と共に。
あの願いを胸に秘めて。
いつか来るであろう別世界の彼らに備えて。
【短編読切】英雄誕生譚!~お兄ちゃんは私の死によって覚醒するようです~ 三七倉 春介 @kura_373
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