ゾンビはハロウィン・パーティに出掛けたい!
トモユキ
第1話 ゾンビはハロウィン・パーティに出掛けたい!
ふぁーっ、らぁーっ♪
気の抜けたサイダーのような、物足りないファンファーレが鳴り響くと――、
私の目の前に、汚らしい男が現れた。
ズタボロのジャケットとシャツには、乾いた
石灰岩のように白くヒビ割れた顔には生気がなく、こめかみに浮き出た血管にも、熱い血潮が全く感じられない。
血まみれでぐったりと、椅子にもたれかかっているその姿は……どう見ても死霊の化身。
典型的な、古風ゆかしき、まごうことなき――ゾンビ・オブ・ザ・デッド。
「あ、あのー」
「……」
へんじがない。ただの しかばね のようだ。
でもゾンビが、なぜここに?
ここは異世界転生案内所。私は転生者の案内をする女神。
選ばれし者の魂を、輪廻をもって異世界に転生させるカンタンなお仕事……のはずなのに、ゾンビが来ちゃったのは初めてだ。
普通は直前の死から巻き戻った姿でこの場に現れるのに、彼は巻き戻るどころか、なんならちょっと早送りしちゃってる。
あ、それとも元がゾンビで、死んで生前のゾンビ姿で来てるって事?
……生前のゾンビ姿ってなに。自分で言っといて、わけがわからない。
「ううっ……」
私が思考のラビリンスに陥っている間に、ゾンビは目を覚ました。ゾンビだけに、やっぱり死んではいなかった。
べろんと皮膚のめくれた赤い手を添え頭を振ると、目の前にいる私をギョロリと睨みつける。
愉悦に光る狂気の目。女神たる私でさえ、背中が震えあがる。
「お……お、お……」
ゾンビは口をひらき、呻き声を上げ始めた。口腔内の
「お……お姉さんっ‼」
「ひいいっっ!」
ゾンビは突然立ち上がると、勢いよく私に詰め寄ってきた!
「お姉さんっ! その羽衣ワンピース、マジ似合ってるぜっ! なんかぼわーっと光ってるしオーラ出てるし! ヤバイマジヤバイ、これぞ慈愛の女神って感じ!」
「え、え? そう? ありが……と」
ゾンビは私の手を取ると、握手で感激を伝えてくる。死霊にあるまじき、スマイル&フレンドリー。
「あ、あの――」
「お姉さん、今一人?」
「ええ、まあ」
「なら一緒に行こうっ!」
「え? 行くって、どこへ?」
「そんなん決まってんじゃーん! ハロウィン・パーティにっ、だよっ!」
「はい?」
「とぼけんなって。恥ずかしいのか? 大丈夫、その仮装すっげー似合ってるから! 俺のダチはいいヤツばっかだからさ、初めましてでも全っ然、楽しめると思うぜっ!」
「ちょっ、ちょっとまって下さい!」
歌舞伎町キャッチなみの押しの強さに負けないよう、私は大きな声で制止した。
そうだ。今日は十月三十一日。ハロウィンの日。という事は……?
「もしかしてその恰好……ゾンビの仮装って事っ⁉」
「へへっ、すげーリアルだろっ!? ハリウッドで特殊メイクやってる友達に、手伝ってもらったんだ」
キレのあるスリラーダンスを披露するゾンビ。パリピか。いやパリゾンか。
とにかくこれで、ようやく合点がいった。踊り狂うパーリィ・ゾンビに、私は努めて冷静な声で、真実を伝える。
「残念ですが、あなたはハロウィン・パーティには行けません。何故ならあなたはもう……死んでしまったのですからっ!」
「グヘヘェ、そうだぜぇ~、俺っちは死んで、ゾンビになっちまったんだぜ~っ!?」
苦悶の表情を演出し、ノリノリでゾンビダンスを披露する。
ダメだこのゾンビ……私の言う事、全然信じてない!
「あのっ! あの~、あのあのっ! とっても言いにくいんですけど、あなた本当に死んでいるんです! 現世にはもう戻れないんですよっ!」
「そりゃあ普通はそうさ。だ・け・ど! 今夜は~、泣く子も黙る~、ハロウィンナイッ! 渋谷のセンター街は今頃お化けで溢れかえってるぜ? 我こそはパンプキングと、名乗りを上げるためになっ!」
「だから、そうじゃなくって」
「それともあれか? 女神のコスプレじゃホラー感でないからイマイチってか? いいんだよ、仮装なんてなんでも。俺のダチはノリが良くていいヤツばっかだからさ、ゾンビ浄化ごっこして遊べるし!」
「そんな心配もしてなくて……」
「仲間にタクってヤツがいてさ、カボチャ農家やってんだよ。今年マジでっかいのできたっつって、メット代わりにカボチャ被ってバイク乗ってくるっつってっから! 頭パープリンならぬ頭パンプキンってヤツ!? ギャハハ、マジやべーよなアイツ」
「あの……」
「だからお姉さんも、今夜は朝までパーリー・ナイッ! スリラーダンスとかマジ超カンタンだしすぐ覚えられる――」
「聞いて下さいっ!」
私の怒鳴り声に、ようやくパリピゾンビは口をつぐんだ。
「あなたは渋谷のハロウィン・パーティに行く途中、トラックに撥ねられて死んでしまったのです。すぐに救急車を呼べば助かったのかもしれないけど、不運にもあなたはゾンビの仮装をしていた。地べたで蠢くゾンビを見て運転手は恐怖に慄き、あなたを置き去りに逃げてしまった。だからあなたは死ぬ直前――ゾンビの恰好のまま、ここに現れたのよ!」
「おいおいお姉さん! どんなトリックオアトリート言い出すかと思えば……ハッ!」
「思い出したようね……自分がトラックに撥ねられた瞬間を」
「俺……あの時死んで……ダチのハロウィン・パーティまで台無しに……なんてこった……」
「大丈夫。パーティは続行中よ。あなたはゾンビの恰好のまま、道端で倒れて死んでいる。そういうパフォーマンスだと思って、誰もあなたに近づかない。死体発見は朝になるかもね……」
自らの死を自覚したゾンビは、崩れ落ちるように背後の椅子に座った。
俯いた頬に、涙が伝っていく。
「そんなに悲しまないで。私は本物の女神。そんなあなたを、異世界転生して差し上げるのだからっ!」
不運があれば幸運もある。
早すぎる死を迎えた若者の中には、慈悲深き神の思し召しを賜る人もいる。
それが異世界転生、ゾンビも丸ごとデトックス、人生やり直しの一発逆転ホームラン。
「さぁ! なんでもひとつだけ、新しい人生を切り拓く才を言ってごらんなさい! これから異世界に産まれ落ちるあなたは、天才的な頭脳を持つ魔法使いがお望みか! はたまた屈強な身体能力を誇る最強の戦士か! 誰もが羨む名家の子息となって、努力でそれらを勝ち取るでもいい! 全てはあなたの、望むままなのです!」
ゾンビは動かない。臓物に見立てたソーセージの連なりを首にかけ、打ちひしがれたままだ。
おかしいでしょ、なんでテンション低いのよ!? 転生特典授与が、この仕事一番の盛り上がりどころなのにっ!
「……ハロウィン」
「え?」
「俺……ハロウィンのある世界に、転生したい」
「え~っと……異世界にハロウィンは~……ありませんね」
「ふざっ……けるなっ!」
ゾンビは立ち上がり、凄い勢いで私に喚きたてる。
「どうせ異世界なんて、中世ヨーロッパがベースになってんだろっ!? なら古代ケルト人の文化だってあるはずだ。それがハロウィンの起源なんだよ! なぁ、頼むよ。俺をハロウィンのある世界に転生させてくれよっ! ハロウィンがあるなら、才能も家柄もいらねえ、何もいらねえからさぁっ‼」
「ホントにハロウィン、ありませんからっ! ……あ、似たようなお祭りならあります」
「どんな祭りだ!?」
「スイカをくり抜いて顔を作る……」
「ふざけんなっ! スイカアートなんてインスタ映えだけの、ノートリック・ノートリートじゃねーかっ!」
「知りませんよ異世界なんだからっ! スイカがあるだけまだましです!」
ゾンビは後ずさって椅子に座り直すと、クソデカ溜息をつく。
何これ、私が悪いの??
「……俺さ、実を言うと去年まで、ハロウィンの事バカにしてたんだ」
なんか、ゾンビが語りだした。
「日本人のくせに何がハロウィンだって。正月やクリスマスならまだしも、ぽっと出のハロウィンに、どいつもこいつも大騒ぎしてバカじゃねーかって。仮装だお菓子だDJポリスだ、ただ騒ぎたいだけじゃねーかって」
「まぁ日本人、全然関係ないですしね」
「タクにそう言ったらさ……喧嘩になっちまって」
「カボチャ農家に、そんな事言っちゃダメですよ」
「あいつそん時、こう言ったんだ……。カボチャは中をくり抜くと一週間ももたねえ、祭りが終わったら腐って捨てられる。だからこそジャックオーランタンは、その生涯をかけて、俺達の心に光を灯してくれる。その一瞬の美しさに惚れて、俺はカボチャを育てているんだって。でも今のおまえはどうだ? ぼんやり輝く事すらできてねえ、腐ったカボチャ野郎じゃねーかって」
食材としてのカボチャの方にも、情熱傾けてほしいところだけど。
「俺、今までカボチャの気持ちなんて考えた事もなかった。バカ騒ぎしてる連中だけを見て、くだらないって見下してたんだ。でもさ、心の底では羨ましかった。毎年毎年ハロウィンの仮装してパーティに行く友達が、羨ましかったんだ。斜に構えて大人のフリして、ずっと一人で家に閉じこもって……。だから今年は、今年のハロウィンこそは、つまらないプライド全部捨てて思いっきりハロウィンを楽しもう、仲間と仮装してジャックオーランタンに囲まれて、キラキラしたハロウィンを迎えようって、そう思ったんだ!」
「じゃ、そろそろ時間なんで」
淡い光がゾンビを包み込む。もう面倒だからテキトーに転生させちゃおう。
「ちょっ! ちょっと待ってくれ! 異世界じゃなく、ハロウィンのある世界……現世に、生き返る事ってできないのか!?」
「できない、と言いたいところだけど……ひとつだけ方法があるわ。あなたの遺体が、燃やされる前ならば」
「なんだよあるんじゃねーかっ! じゃあ迷う事はねえ。俺は現世に蘇って、ハロウィン・パーティに行くぜ」
「でもあなた、きっと後悔するわよ」
「ノーパンプキン・ノーライフだ。ハロウィン・パーティに行くためなら、俺はなんだってする。その心意気は、あんたにも十分伝わってるはずだぜ」
「ふふっ……ホントあなた、頭パンプキンなのね」
ふぁーっ、らぁーっ♪
いつもの気の抜けたサイダーの音も、どこか楽しげに彼を地上へと送る。
一人になった私は、ひとつ溜息を吐いた。
「さてと。私はお買い物、してこなくっちゃ」
* * *
「タク、やっぱおめえの言う通りだ……最高だったぜ、ハロウィン・パーティ」
「だっろ~!? 来年もぜってーやろうぜっ! そんときゃおめえのゾンビに負けねえくらい、気合入った仮装してやんぜ」
「ははは、そりゃいいな」
「ところでおまえ、いつまでゾンビのままでいるんだよ。もう朝になっちまったぞ」
「ああ、もうそんな時間か」
ゾンビは立ち上がると、ふらふらした足取りで友達の部屋のカーテンを開けた。
東向きの窓から、朝の強い陽射しが差し込んでくる。
「ありがとなタク……ハロウィン・パーティ誘ってくれて。でもすまねえ。来年は一緒にできなくなっちまった。俺というジャックオーランタンは、どうやらここまでみたいだ」
「おいおまえ、何言って……おい! どうしたんだおまえ! 身体が……崩れてっ!?」
「これが俺の、最後の
「おまえ、何言って……おいっ! しっかりしろおいっ!」
* * *
ふぁーっ、らぁーっ♪
ゾンビの男が現れる。まさか自ら、ゾンビを呼び寄せる事になるなんて。
「おい、なんでまたここに来たんだ? ゾンビになったら転生もクソもないんじゃないのか?」
「あなたが再びここに来る事は、必然なのです。ゾンビとして現世に復活したあなたには特典として、
「そういう事か……まぁ、最後にハロウィン・パーティを楽しめたし……それもよしかな」
「代わりにこれを、持っていきなさい」
買っておいた小袋を、彼に渡す。
袋に書いてある文言を読んだゾンビは、驚愕の声を上げる。
「これって……カボチャの種!?」
「さあ、時間です! 異世界でゾンビなんて珍しくもありません! あとは仲間を見つけ、立派なカボチャを育て、あなたがパーティを開く番ですっ!」
ゾンビは異世界に旅立った。大事そうに、カボチャの種を臓物にしまって。
いつか異世界でハロウィン・パーティが開かれたら――私も誘ってくれるのかしら?
その時は、一緒に浄化ごっこで戯れるのも悪くない。
だって私、今とっても、
ハロウィン・パーティに出掛けたい気分なんだから!
ゾンビはハロウィン・パーティに出掛けたい! トモユキ @tomoyuki2019
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