第46話

7. そして、世界の終わり


 とても長い時間が過ぎました。たくさんの塵が元の姿を取り戻し、空へと帰って行きました。テーブルの世界は、空っぽになり、南北に一本の筋の入った、丸い平らな姿を現していました。


 空は輝く星で埋め尽くされて、あと一つ星が戻れば夜の闇は消え失せるでしょう。

 五つ窪みは、最後のカップの塵の前に立っていました。


「目覚める時が来ました。元の姿に戻ってください」

 五つ窪みの言葉にカップの塵は、凝って形を成しました。

 初めて見るカップでした。白い磁気の体に銀箔で丸い円が描いてあります。


「あなたは誰ですか。名前を教えてください」

 いつものように五つ窪みが聞きました。


「『我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか』その答えを知る者だ。私達から生まれて、私達に帰る者よ」

 五つ窪み驚きました。その言葉は白様から聞いた、中程さんと豆蔵さん――生き直しの萩さんが、前の時代の冬に聞いた、大きなカップが言った言葉だったのです。


「あなたは誰です? 本当の名前を教えてください」

「夜を退けるのを望むもの、お前たちが“月”と呼ぶ者の分身だ」


「月ですって! 僕を作ってくれた命の陶器師さんではなく?」


「夜を退けることを望んだのは、私を作った父なのだよ。父が全ての被造物を光に変えるよう命じ、命の作り主たる私達――月と太陽が命を作る。それを入れる器を命の陶器師が作った。兄の光の命と私の夜の命のcafeを注ぎ、新たに生まれた光を集めて夜をなくすことにした。父の作った被造物の世界が消える時、夜も消えることになっていた。


 ――兄はかわいそうに光を取りすぎて、時々気が抜けると私の影に負けて、暗い日蝕を起こす様になってしまったよ。ところがテーブルに並べた命の器達に、私の命であるcafeを注ごうとした時、『そんな黒いものを入れるのは嫌だ』と逃げ出した。何しろ生きていて自由な心を持っていたからな。


 しかし世界の始まりの時、闇は混沌をかき混ぜて光を産んだ。本当の光は闇の力なしでは生まれないのだ。それで冬を送って死を与え、戻ってきた命を新しい器に入れて、テーブルに戻す事にしたが、いくら待ってもだれもcafeカップになりたがらない。


 そこで造物主である、命の陶器師と相談して『我々を作った人の名前』と言う謎を作り、解いたものには願いを叶えることにした。

 陶器師に、作りながらいろんなヒントをしゃべってもらってね。


 本当は、豆蔵と中程さんに謎を解かせるつもりで、分身の私がテーブル世界に行ったのだが、なぜか次の年の白ちゃんと黒ちゃんが解いてしまい、願いは違ってしまった。

 ついに『生き直し』までさせて、やっと闇の力であるcafeを注げたわけだ」



「そんな理由で、あんな酷い生き直しをさせたんですか?」


「生き直しはいけないかね。無念に死んでいった者に、もう一度チャンスを与えるのが?」


「全てが悪いとは思わない。でも、なぜあんなにも不幸にならなければならないんです。歌ちゃんや十六夜さんのように」


「あの者たちは、何かを成し遂げて、満足して帰ってきた、輝く金色の心でな。

 苦しみ悩むと言う闇を通らねば、真の心は育たない。それがなければ、あの者たちは輝くことができなかった。それに、最後に愛する者に再会もできた。悪くはなかったと思うよ。

 お前はあのまま生き直しをせずにいたら、幸せだったかな? 黒い暴れん坊よ」


「僕が黒い暴れん坊!」


「そうだ。お前は珍しく素直にcafeを入れさせてくれるカップだった。

 だが、言葉がうまくなかったから、テーブルの世界におろすのはやめたかったのだが、どうしてもcafeをみんなに届けたいと言い張ってな。案の定失敗して帰ってきた。

 だが、その後いくら待ってもcafeを入れられる者は現れない。


 カップはますます薄くなり、作れる材料も限界に達して、あきらめるしかないかと思った時、黒ちゃんが戻ってきて、黒い暴れん坊と呼ばれたお前に、もう一度チャンスを与えて欲しいと言った。


 言葉を滑らかにし、cafeは入れずに行けば上手くいくと。『この者の武器は涙です。人は泣き虫を恐れたりはしないからです』と言ってね。正直、賭けだったがなんとかなった。私だって、ヒヤヒヤものだったのだぞ」


 月の分身は大きなため息をついた。


「さて、そろそろ天に帰ろう。輝きになった仲間と最後の夜の穴が、お前が来るのを待っている。行ってくれるな五つ窪み、決して冷えない最後のcafeカップよ」


「はい」


 二つの輝く心が天に向かって流れました。一つは最後の夜の穴に、もう一つは月に。


 そして夜は消え去り、輝く星々は一つに固まり、月は姿を変えて新しい太陽が生まれました。目的をなし終えたテーブルは二つに畳まれ消えていきます。




 世界は終わり、そしてこの物語も終わるのです。



【後書き】

 1990年突然降りてきた物語を、ミスター・ドーナッツのコーヒーを飲みながら、二時間粘って、あらすじを書いたのが始まり。初のフロー感覚を味わいました。

 2019年にもう一度執筆を試みるも、「祭り・終わりなき冬」の描写ができず断念。直後の台風で、実家の屋根が壊れ引越し。その後のコロナ禍で、パソコン教室に通えず、書くに書けない宿題となっていました。

 2023年7月のエブリスタ掲載(未完のまま)を気に入り、一人で72個ものスターをつけてくれたJinさんのために、雪が降ると同時に書き出し、何とか20日で35〜46話を仕上げました。ほぼ奇跡でした。

ファンタジーとしては変わり種で、読む人を選ぶ物ですが、長年の宿題を終わらせて、私的には大満足の作品です。







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命の器の物語 源公子 @kim-heki13

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