第3話 これはダンジョン?これはダンジョン

 懸崖の途中にある洞穴に入った。


 身長が低く筋肉質ではあっても身軽だった事もあってか、崖崩れが起きる事も無く洞穴には到達出来た。

 身軽とは言ってもこの七日間で身長は10センチメートル以上伸びたが、それでもまだ子供のの体躯だ。

 指一本、それも第一関節までの指先を引っ掛けただけで軽々と全体重を支えられるのは、少し異常な程の力だと思う。

 崖下が目視出来ない程の高さだったが、怖いとはあまり感じなかった。


 洞穴の入口は高さ三メートル、幅二メートルほどの大きなもの。

 中は崖の岩肌と同じく玄武岩の様な見た目で、不自然な程に綺麗なアーチ型をしている。

 薄暗くて奥が見えないので、洞窟の奥行きはかなりあるのだろうと想像出来た。


「人の手が加わっているのか?」


 疑問に思いながらも足を進める。

 ひんやりとした岩の感触を足の裏に感じながら進むと、唐突に視界が開けて目の前に森が現れた。


「森から崖を下りて洞穴に入ったらまた森がある?森林の二階建て建築なんてありえるのか?いや、太陽の位置が違うな。これはもしかすると」


 さっきまでいた地上から洞穴に入るのに、少なくとも十数メートルは下りている。

 洞穴の中が急な上り坂であったならまだしも、上った気配は全くない。

 そもそも、まだ朝で低い位置にあった太陽が、今は真上にあるのは時間経過的にもおかしい。

 この不可思議な現象には心当たりがあった。


「ここはまさか、異世界物の小説によく登場するダンジョンではないだろうか?」


 俺には前世の記憶があった。

 但し、前世を生きた全ての記憶を覚えている訳ではなく、所々が欠けていたりすっぽりと抜け落ちてしまっている事も多い。


 例えば前世の自分に関連する情報。

 見た目や名前、家族については全く記憶が無いし、友人なんかも顔が半分欠けていたり、靄が掛かっていたりして非常に見辛い。

 生まれた国や街の名前、人名も全くと言ってほどに思い出せない。

 逆に自分とは直接関係の無い街並みや風景、車が走っていて、ビルが建っていて、舗装されたアスファルトがあって...といった内容は思い出せた。

 グラビアアイドルと呼ばれる水着で写真に納まる女性の事や、アニメや漫画などの記憶、スポーツや格闘技などの娯楽についてはそれなりに思い出されるのだから、残った記憶がかなり偏っていると言って間違いないだろう。


 そんな前世の記憶の中に異世界を舞台にした小説があり、そう言った物語の多くに登場するのが外の世界とは全く違った景色を作り出す不可思議な場所。

 ダンジョンと呼ばれるそれは、魔物を倒すと何故だか魔物の姿が消えて魔石やアイテムを落とすと言う。不可思議な現象が起こったりする。

 魔物以外にも罠が設置されていたり、宝箱が置いてあったり。

 大抵は階層を下っていった先にボスがいて、倒すとお宝が手に入るとかそんな仕様が多かった気がする。


「ここが本当にダンジョンなのか、魔物を倒してみればわかるか」


 物語だとダンジョンは進めば進むほどに強い魔物が現れる様になっていた。

 入って直ぐにとんでもなく強い魔物がいる可能性も考慮しなければならないだろうが、恐怖心は感じない。

 そもそも、そんな慎重な性格だったら何が出るかもわからない森の中を闇雲に走り続けたりなどしない。


 クソ親父の様な怪物の存在を認識していながら慎重さに欠けるのは、俺に魔物の血が混ざっているからかもしれない。

 常に危機を想定する人間と違って野生の獣に近い本能を持っているのだろう。

 有り体に言えば頭が足りてないんだろうな多分。


「お、ウサギ発見。よっと」


 ここの森は上よりも木々の間隔が広いので見晴らしが良い。

 上は正しく鬱蒼とした森だったからな。

 特に懸崖の辺りは樹齢何年だよって古木らしき木が立ち並んでいて、間伐もしないでよくこれだけ成長したなと感心した程だった。


 それに比べるとここは幹の太くない、前世で言うとブナらしき木が一から三メートル程度の間隔を開けて生えている。

 故に魔物も簡単に発見する事が出来た。

 地上でも何度か捕獲した角の生えたウサギが二十メートル先で土の上をひょこひょこと飛んでいる。

 それから一秒もしない内にウサギの方も俺に気付き、こちら目掛けて突進して来た。


 野生の動物であったならば真っ先に逃げるのだろうが、魔物は血気盛んと言うか、まずは逃げずに立ち向かってくる。

 それが魔物の本能なのだろう。

 俺がクソ親父に無謀にも立ち向かって行かなかったのは、前世の記憶と母さんの血がそうさせたのだろう。


 そんな事を考えている間に、ウサギは五メートル手前から飛び上がって俺の腹目掛けて鋭い角を向けた。

 もしも俺が普通の人間だったら、まともに入れば致命傷になりかねない攻撃だ。

 しかしクソ親父譲りと思われる動体視力と腕力でウサギの角を掴み、軽々と突進の勢いを殺した。


「く~ん」


 前世の記憶ではウサギは声帯が無いから鳴かない筈なのだが、この世界の角の生えたウサギは普通に鳴く。

 しかも勝ち目が無いとわかって命乞いをする時に、あれ?私何かやっちゃいました?みたいな顔をして可愛らしく鳴いてくるのだから質が悪い。

 因みに、絆されて逃がしてやると即座に背後から襲ってくるので、質の悪さは何倍にも膨れ上がる。

 情けは掛けずに殺すのが正しいと自らの経験則から結論付けた。


 ゴキッ


 角を掴んだままウサギの首を捻って絞める。

 するとウサギは手の中から姿を消して、地面に黒い石と肉が落ちた。

 やはりここはダンジョンなのかと確信した所で、驚くべき事態が起こる。


『ツノウサギを倒した。

 名も無きゴブリンプリンスのレベルが3に上がった。

 ツノウサギの魔石とツノウサギの腿肉を手に入れた』


 誰の声ともわからない女の声が俺の頭に直接響いた。

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