第2話 人任せの救出劇
「浅黒い肌の...子供?おい君、何処へ行く!この森は危険だ!待ちなさい!」
森を走る、走る。
白金色の鎧を着た騎士との距離が離れすぎないように、付かず離れず一定の距離を保って走る。
走る、走る、走る。
そして速度を上げて一気に騎士を振り切った。
「これでどうにかなったか?騎士が警戒せずに追ってきてくれて良かった。
やっぱり母さんは良い所のお嬢様だったんだな。もしかしたらお姫様かもしれない。
とにかく今の俺では戦力不足だから、あんたらで助けてやってくれ。頼む」
俺は...何と言ったら良いのだろうな。
名前は無いし、出生も定かでは無い。
只一つ分かっているのは俺に意識が芽生えたのは岩をくりぬいた洞窟の中で、緑っぽい色をしたドデカイ人型の生物が、人形の様に美しくて人形みたいに動かない女性に激しく腰を打ち付けている所だった。
俺は直感的に一体と一人が自分の親だと感じ取った。
実際の所は不明だが、そうなのだろうと確信はしている。
周辺には女性だったのだろうと思われる死体が幾つも転がっていた。
だから母親は別かもしれないし、あの生物がどこかで俺を拾ったのかもしれない。
ただ直感として、そう感じただけだ。
そう、直感として俺はあの人を母親であると理解した筈なんだ。
それなのに、既に目が死んでいて無表情で呻き声を上げる事すらなく、あの生物に犯され続ける白く濁った体液塗れの女性に、俺は思わず見惚れてしまった。
長い髪は所々抜け落ちていたが、体液に晒されていない場所は明るい金色。
目が死んでいて濁ってはいるが、美しい黄金の瞳。
顔は体液塗れでも整っているのが明らかだ。
腕や足はあらぬ方向に曲がっていて、胸が握り潰され、膣が巨大なモノで大きく拡張されているのにも関わらず、見惚れてしまった。
そんな俺に向かってとんでもない速度で拳大の石が飛んで来たのは、それから直ぐの事だった。
ゴシャっという鈍い音と強烈な衝撃を受けて身体が吹き飛ばされた。
石が飛んで来たのは目視出来なかった。
只、俺が吹き飛ばされた先で地面に転がっていたのが拳大の石だったので、それがぶつかって吹き飛んだのだろうと考えただけだ。
右の鎖骨の辺りを襲った衝撃は、俺の鎖骨を完全に粉砕して肩にまでその衝撃を伝えた。
だらりと腕が垂れ下がり、あまりの痛みに呻き声さえも出ない。
そのまま地面に蹲って痛みに悶えたまま、どれくらいの時間が経っただろうか。
体感は数時間にも感じられたが、実際は数十分だったのかもしれない。
ぐちゃぐちゃに粉砕された骨は元通りに戻り、あれほど苦しかった痛みも何事も無かったように消え失せた。
その時、ああ、俺はやっぱりあの怪物の子供なんだと明確に認識した。
それから俺は洞窟を出た。
洞窟を出て周囲の探索をすると、近くに湖を発見した。
その時は夜だったのだが、月明かりに照らされた湖の反射で初めて自分の姿を確認した。
浅黒い肌で、無骨だが整った顔立ち。
髪は無く、耳は少し尖っている。
そして違和感しか感じられない黄金の瞳。
背は一メートル程しかないが、人間の子供にしては明らかに筋肉質過ぎる肉体。
転がっていた死体を見ても金色の瞳はいなかった。
俺はあの美しい女性を母親と確信して、あの人を母さんと呼ぶ事に決めた。
森で角のあるウサギを捕まえて肉を確保し、湖では浅い場所を見つけて素手で魚を獲った。
俺は母さんをあの場所から救いたいと考えたが、どう考えてもあの化物に勝てる展望が浮かばなかった。
あのクソ親父は強い上に用意周到だ。
生物は食料と水が無ければ死んでしまうが、いつの獲ったものかは分からないがウサギや狼は大量に積まれているし、水は洞窟の岩から染み出していてクソ親父一体分なら困らないだけの水を確保出来ているらしい。
それを理解しているのか、お気に入りらしい母さんにも無理矢理口の中に肉を捻じ込んで食べさせ、何とは言わないがクソ親父の出した水分を飲ませているのを見た。
クソ親父が何処かに行っている隙に母さんを救出するのでは何時になるのかわからない。
どう甘く見積もっても勝ち目の無い戦いを挑むしかないのか?
そう考えだした頃、森の中で白金色の全身鎧を身に着けた人間を目にする様になった。
あれは母さんを捜索しに来た者達では無いのか?
そう考えた俺は騎士の前に姿を現して、洞窟まで釣る事にした。
他人任せで格好悪いとしても、俺が単独で戦うよりもクソ親父を倒せる可能性は高いだろう。
狙い通りに洞窟を発見した騎士は中の様子を窺ってから、慌てた様子で来た道を戻って行った。
あの慌てた様子はクソ親父と言う怪物がいたからと言うよりも、探していた人が見付かったからなのだろうと予想して跡をつけると、今までは気付かなかった街道があって、そこで同じ鎧を着た騎士達と相談を始めた。
どうやら救出に向かう者と伝令役に分かれたらしく、十人いた騎士の内一人が馬に乗って駆けて行き、九人の騎士が森の中へと入っていった。
そしてこの九人の内の八人はクソ親父に殺され、洞窟の入口で様子を窺っていた騎士は剣を身軽になり、どうにか街道に待たせていた馬に乗って逃げ延びた。
クソ親父が洞窟から離れる気がなかったからこそ逃げ切れたのだろう。
それから三日。
伝令役と逃げ延びた騎士が七十名の騎士と三十名のローブを羽織った魔導士と思われる集団を率いて森へ戻って来た。
結論から言うと、その集団によってクソ親父は討伐され、母さんは生きた状態で救出された。
母さんは姫様と呼ばれていたので、どうやら本当に一国の姫君だったらしい。
因みにクソ親父はゴブリンキングと呼ばれていた。
計百名の内、四十二名の騎士と十一名の魔導士が死亡する壮絶な戦いだった。
母さんが救出されるのを見届けた俺は、森を走った。
街道とは逆の方向に向かって、走って、走って、走る。
母さんや洞窟に転がっていた死体、騎士達や魔導士達を見た限り、俺の見た目はあまりにも不自然過ぎる。
浅黒い肌も尖った耳もいなかったし、黄金の瞳も母さん以外にはいなかった。
人間で言うと五歳ぐらいの身長に不似合いの筋肉質な肉体。
洞窟に落ちていた破れた布を腰に巻いているだけで、服は着ていない。
そんな子供が森の中で生きているのは怪し過ぎる。
幸い俺の姿を見たのは洞窟まで釣って来た騎士一人であり、その騎士もクソ親父との最初の戦いで死んでいる。
俺の存在を怪しんで追ってくる者は、まず存在しないだろう。
森を走って、走って、走り、七度目の朝を迎えた。
七日の間に水場が発見出来なかったが、そこらで見つけた生き物を仕留めて、血を飲んで水分補給をしていた。
この身体は味覚がおかしいみたいで、血液が不味いとも鉄臭いとも感じなかった。
クソ親父の馬鹿力は俺にも引き継がれているらしく、角のあるウサギや狼なら殴って首を引き千切れば簡単に水分補給は出来た。
そうして走り続けた結果、俺は懸崖に辿り着いた。
斜面を登って来た訳でも無いのに急に現れた崖を上から覗いてみると、崖の途中に洞穴を発見した。
明らかに危険でしかない場所にある洞穴で、まともな人間なら興味を抱いても直ぐに関心を逸らす所なのだろうが、何故だか俺はその洞穴に入らなければならない使命感に駆られた。
崖は急だったが、岩質はゴツゴツとしていて指を引っ掛ける程度の遊びはある。
「あの洞穴に行かなきゃいけない気がする。俺の直感がそう言っている」
何を言っているんだ?と言われそうだが、そうしなければならない気がしたのだ。
俺は崖に指先だけを引っ掛けながら、クソ親父譲りの馬鹿力でどうにか洞穴まで下りた。
この判断が俺の人生を決める事になるのだから、俺の直感も捨てた物ではないと考える。
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