第2話


東京都、五浦市。


都内からは少し距離があるが、乗換なし直通の電車がありかつ通勤圏内であることからも、近年はベッドタウンとしての発展が著しい。


しかし、地理的には多摩市や青梅市に近く市の北には深い山地もあり、ほんの数十年前まで中心部を少し離れればのどかな田園風景が広がる土地であった。


市街地から少し離れた、国道沿いのファミリーレストラン。


チェーン店で、都内でもよく目にする看板だ。


時刻はまだ15時過ぎ。

さほど、混雑する時間帯ではない。


店内には、まばらに客の姿があった。


喫煙エリアの奥まったボックス席に、きいなと私服の阪崎、そしてデデン…いや、出田の三人がいた。


非番の阪崎は、ポロシャツにジーンズというラフな出で立ち。


出田は、季節外れの赤いダウンベストを羽織っていた。

どうやら、彼が動画配信をする時のトレードマークらしい。


革のジャケットに、短いデニム地のスカート。ピンクの柄ストッキングを履いたきいなが、二本目の煙草に火をつけた。



「先だっては、本当にありがとうございました!」



初対面の時よりいくらかやつれた印象の出田が、そう言って頭を下げた。


テーブルに、額を擦り付ける。



「いいってもう…」



髪の毛をいじりながら、きいなが答えた。


薄いサングラスで表情はよくわからないが、口調から困惑した雰囲気だけは感じられる。


二週間ほど前の祓いで、たまたま居合わせた出田を成り行き上ではあるが助けた。


そのことに間違いは無いが、この男のせいで予定が大幅に狂ったのも事実。


本当なら、礼よりも詫びをして欲しいところだ。



「いや、命を救っていただいたことは、この出田ハジメ、一生の恩に着ます!」


「だから、いきがかりだって」


「いきがかりでも偶然でも何でも、助けられたのは事実ですから!」



出田は頑として譲らず、真剣そのものの表情で言った。


きいなが、少しいらいらし始める。



「わかった。わかったって。じゃ、お礼も済んで満足っしょ?…ウチ帰るから」


「ちょちょ…ちょっと待って下さい!」



席を立とうとしたきいなを、出田がすがりつくように制止した。


意味もなく、よく響く声だ。


近くにいた他の客が、きいなたちに好奇の目を向ける。


きいなが、しぶしぶ席に座り直す。



「いちいち声がデケェの!…なに?忙しいんだけどウチ」


「それなんですが…」



仰々しく居住まいを正すと、出田が口を開いた。


眉を上げ、精一杯の真剣な表情をつくる。



「きいなさん。僕と動画配信やりませんか?」


「へぇ?」



真顔の出田と対象的に、きいなはぽかんと口を開いた。


呆気にとられる…とは、まさにこういう表情なのだろう。


それまで静観していた阪崎が、慌てて口を挟んだ。



「ち、ちょっと出田くん、いきなりなにを…」


「きいなさんの霊能力と、僕が組めば無敵ッスよ!十万…いや百万再生も狙えます!覇権とれますよ、マジで!」


「バカか!オマエは・バ・カ・な・ん・か!」



自分のこめかみを指し示しながら、きいなが言った。


テーブルの上に、厚底ブーツを履いた両足を投げ出す。


きいなのあまりな剣幕に、近くにいた幾人かの客が目を逸らせた。



「ウチは遊びでやってんじゃないし、マジ霊能者とか呼ぶな!」


「僕だって遊びじゃ無いですよ!自分の活動に社会的意義を感じてます!」


「なこと知るか!」



やたらと煙草をふかしながらそっぽを向いたきいなに、しかし出田は執拗に食い下がった。



「オカルト系の配信者も増えてきましたが、ほとんどみんなまがい物!僕は、視聴者に真実を伝えることに使命感を持ってます!そこに本物の霊能者であるきいなさんが加わってくれたら、間違いなくバズりますって!」


「使命感じゃねぇし!ちょいちょい再生数のこと言ってる!」



きいなは席を立つと、煙草を灰皿でもみ消した。


グラスに残っていた炭酸飲料を一息にあおる。



「ウチは、これを本業にする気も見世物になる気もないから!帰る!」


「あ、ちょ…」



呼び止めようとした阪崎に、きいなが食って掛かった。



「そもそもなぁ!あぁ…もういい!」



一度だけ会って、礼を聞くだけでいい。


阪崎にそう頼みこまれて、ライブ翌日の疲れた体で出向いてきたのだ。



「結果的に、人助けにもなるんですよ!」



席を立った出田が、胸ポケットから数枚の紙を取り出した。


折りたたんでいたそれを、慌てて広げる。


それは、何か文章をプリントアウトしたもののようだ。



「僕のチャンネルに来た相談者のメールです。みんな困ってて、助けを求めてるんです!」



差し出されたその紙を、きいなは払いのけた。


数枚の紙が、ひらひらと舞って床に落ちる。



「ウチはボランティアじゃない!」


「そこで僕ですよ!きいなさんが困った人を助ける。それを僕が動画配信して収益を得る。ウィンウィンじゃないですか!」


「蹴る!おま、ガチで蹴る!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」



散らばった紙を拾い集めていた阪崎が、きいなの前に一枚の紙を突きつけた。



「なんだよ!」


「これ…今度の案件です」



阪崎の言葉に、きいなが言葉をつまらせる。



「はぁ?」


「あのぅ…」



そんな三人に、ファミリーレストランの男性店員が、背後から声をかけてきた。


にこやかな表情だけは崩さず、それでも恐る恐るといった雰囲気だ。



「他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かに願えますか?」


「す、すいません…」



ふてくされたようなきいなを尻目に、阪崎と出田が慌てて頭を下げた。





ボックス席に座り直した三人は、極端な小声で話し始めた。


きいなが、さも当然のように座っている出田を睨みつける。



「なんで、こいつがまだいんだよ?」


「僕のチャンネルの視聴者なんですから、当たり前ですよ」


「なにが当たり前だ」



きいなが、腰を浮かしかける。



「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて」



慌てて制止する阪崎に、きいなは不承不承といった様子で腰を下ろした。


出田の持ってきた紙を、阪崎がテーブルに広げる。



「五浦市の、下園亜由美さん…間違いない、この女性です」


「どういったことですか?」


「失踪事件です」



出田の質問に、阪崎が答える。



「失踪…つまり…」


「簡単に言えば、行方不明ですね」


「人捜しはそっちが本職だろ」



グラスに入った炭酸飲料の氷をストローでかき混ぜながら、きいなが言った。


カラカラと、氷が鳴る。


新たに注文したものだ。



「それはまぁ、そうなんですけど…令和4年に、警視庁に失踪届が出された人数だけでも八万人を越えてるんです。正直言って、事件性の高いものを優先しないととてもじゃないですが…」


「手が回らないってことですか」



神妙な顔つきで、出田が言った。



「警察官としてそれを口にするのは、忸怩たるものがありますが…ある面で、事実ではあります」


「それで、行方不明になったのがこの下園さん…?」


「そうです。一週間ほど前です」



出田の言葉に、阪崎がうなづく。



「下園さんは、出田さんにどんな相談を?」


「このメールによると…クラスメイトと三人でコックリさんを行った日から、怪異な現象が続いていて不安…だと」


「コックリさん…?」



あまり聞き慣れない言葉だったのか、阪崎が怪訝な表情で答えた。


阪崎は二十代の半ば。


コックリさんが日本で流行した時代には、まだ生まれてもいないだろう。


そういったことに興味でも無ければ、知識がないのも仕方がない。



「占い遊び」


「遊びなんですか?」


「口寄せとか、降霊術の類ではあるけど…大半は潜在意識によるイタズラとか、勘違いとか」



きいなのその言葉に、出田が乗り出した。



「いや、勘違いで怪奇現象はおきませんよ!よくコックリさんには動物霊とか低級霊が降りて来るって…」


「だから、低級霊なんていやしない」



ため息をつきながら、きいなが言った。


ストローから一口、グラスの炭酸飲料をすする。



「穢は人間がもたらすもの。本能で生きてる動物が人間に障ることはない」


「そうなんですか?」


「ウチじゃない。死んだ母さんが言ってたの」



興味津々で尋ねる出田に、きいなが素っ気なく言った。



「でも、だとしたら行方不明って…」


「高校生っしょ?…彼氏と遊び歩いてんじゃないの」


「交友関係もあたりましたし、スマホを置いて失踪したので通話記録なども一通り調べたんですが、そんな形跡が無いんですよ」


「なんでもかんでも振られても、ウチは占い師じゃないから失せ物、人捜しはやってないよ?」



阪崎の表情が険しくなった。


やや声をひそめると、阪崎が口を開く。



「二人目なんです」


「二人目?」


「下園さんの交友関係で行方不明になった一人目は、クラスメイトの織田さんという方で」



出田がまた身を乗り出した。



「織田さんて…メールにありますよ、下園さんとコックリさんをした三人のうちの一人!」


「本当に?」



出田の告げた事実に、阪崎は驚いたようだ。



「これ、偶然じゃ無いでしょう!コックリさんをした三人のうち二人が行方不明って…ありえないですよ!」


「声がデケェ」



興奮して大声になっていた出田のあたまを、きいながはたいた。


口を押さえて、出田が何度も頭を下げる。



「す、すいません」



きいなが、何本目かの煙草に火をつけた。



「仲良しの二人が、一緒に家出したって珍しくも無い」


「…なんか、きいなさんて懐疑主義者みたいッスよね?」


「なんでもかんでも、オカルトで片付けようとする奴らが嫌いなんだよ」



きいなと出田の会話を聞いていた阪崎が、口を開いた。



「とりあえず、これは警察からの正式な依頼なんでお願いしますよ」


「マジで人捜しさせる気?」



きいなが、訝しげに尋ねる。



「原因ですよ。失踪の原因をつきとめて欲しいんです」


「あんたまで、コックリさんが関係してるとか言わないよね?」


「考慮には入れて下さい」



ため息をついたきいなが、天井を見上げて煙草の煙を吐き出した。



「バイトのわりにムチャ言うんだから…」



…つづく。



※ この小説は筆者の創作であり、特定の団体、事件、個人とは一切関係ありません ※


※ 本作品の無断転載は、かたくお断りいたします ※

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