第10話 5年後

 昼下がりの公園は平日ではあるが小さい子供連れをつれた親子で賑わっており、遊ぶ子供たちの元気な声が響いていた。


 そんな公園で、僕は4歳になる紗耶香が滑り台を滑る様子を見守っていた。

 公園にきて1時間以上たつが、滑り台を滑ったり、ブランコに乗ったりと楽しそうに遊ぶ紗耶香は飽きることと疲れることを知らない。

 他の母親の様にベンチに腰かけてスマホを見ていたいが、そんなことをして紗耶香にチクられたら、どんな目に遭わされるのか怖くて想像もできない。


「紗耶香、もういいかい?」

「え~、まだ遊ぶ」

「夕ご飯の支度があるから、帰ろうよ」

「奨吾、私に逆らうつもり。ママとお母さんに言うわよ」


 4歳ながらはっきりとした口調で僕を叱る彼女のセリフに、公園にいる母親たちは怪訝な視線を僕に向けた。

 ピンクのニットに黒のミニスカートを履いている僕にむけ、わざと他の母親に聞こえるように「奨吾」と男の名前を呼ぶ彼女は、いたずらが成功したことを喜んでいる。


 生物学的には僕の子供であることは間違いないが、彼女にとって親とは、ママと呼ぶ紗耶香とお母さんと呼ぶ高橋社長しかいない。

 

 5年前、恵梨香と結婚した僕は社長のマンションに3人で暮らし始めた。

 結婚して間もなく僕から精子提供をうけた恵梨香が妊娠した。それで産まれてのが紗耶香だが産まれてすぐに高橋社長と養子縁組をしたので、戸籍上でも僕はもう父親ではない。


 紗耶香の機嫌を損ねないよう繊細な注意を払い、公園から帰宅することに成功した僕は、紗耶香にアニメのネット配信を見せて急いで夕ご飯の支度にとりかかった。


  野菜を刻んでいると、玄関のドアが開く音がした。

 僕は包丁を置いて、玄関へと向かった。


「晴美様、恵梨香様、おかえりなさいませ」


 最敬礼のお辞儀で出迎えた僕に、社長と恵梨香はバックを放り投げるように渡した。


「奨吾、頼んでおいたクリーニングとってきてくれた?」


 その言葉を聞いた途端、血の気が引いた。

 公園の帰りに寄ろうと思っていたのを、すっかり忘れていた。


「忘れたの!このクズが。明日、あのワンピース着て行こうと思ってたのに」


 許しを請うため土下座した僕の頭を、社長は遠慮なく踏みつけた。フローリングの冷たさが頬に伝わってくる。


「この役立たず」


 紗耶香が僕のお尻を遠慮なく蹴とばしている。

 床に押し付けられた僕の視線の先には、僕のお尻を奇声を上げながら蹴とばし続ける紗耶香を温かい目で見守る恵梨香が見えた。


 夕飯の支度をすませると、僕は急いで部屋をでると、夕方の帰宅ラッシュを逆走するように駅前のクリーニング屋へと駆け足で向かった。

  閉店まであと5分、走ればギリギリで間に合うはず。


 ミニスカートを履いて全力疾走する僕の姿は、帰宅途中のサラリーマンや学生から冷ややかな視線を集めたが気にはしてられない。


 息を切らしながらクリーニング屋の前に着いたが、無情にも閉店してシャッターが下りていた。

 呆然と立ちすくんでいると、横の勝手口の方からお店のスタッフらしき女性が出てくるのが見えた。


「すみません、クリーニング受け取りに来たんですが」

「閉店したんで、明日にしてもらってもいいですか?」


 ミニスカートを履いた男性から声を掛けられた店員さんは、あきらかに警戒している様子だった。

 しかし、僕もひるんではいられない。


「そこを何とか?」


 両手を合わせて拝む僕を無視するように女性は立ち去ろうとした。僕は慌てて、女性の前に立つと素早く土下座した。


「どうにかお願いします」


 ごつごつとしたアスファルトにおでこを擦り付けながら懇願した。

 社長と恵梨香のおかげで、幸か不幸か土下座に対する抵抗感は全くなくなっていた。

 スマホのシャッター音が聞こえてくる。

 道すがりの人が土下座してお願いする僕をみて、面白がってスマホで写真を撮り始めたようだ。


「わかりました。ちょっと待っててください」


 通行人から変な注目を浴びて観念したのか、店員さんは土下座する僕を残してお店の中へと戻っていった。


 数分後社長のワンピースを手にした戻ってきた店員さんにお礼を言い、僕はマンションへと帰ることにした。


 部屋に戻ると、母娘は3人とも食後のひと時を楽しんでいた。

 

「ただいま、もどりました」


 帰ってきたことを報告する僕を無視して、恵梨香と紗耶香が社長の大きくなってきたお腹をさすっていた。

 恵梨香と同様僕の子種を使った人工授精で、社長も身籠っていた。


 僕は夕飯代わりに社長たちが残したご飯を口に押し込むようにして食べると、片づけを始めた。

 食器を洗いながらも、社長と恵梨香の会話が漏れ聞こえてくる。


「子供産まれるのは嬉しいけど、男の子だと楽しみが半減だわ」


 残念そうに社長はお腹をさすっている。


「男なんて汚れた生き物のために、痛い思いするなんて気が重いよ」

「まあ、いいじゃないですか、男の子で生まれても女の子として育てれば」

「それも、そうね。意外とそれも楽しいかも」

「紗耶香よかったね、妹ができるよ」

「わーい。たのしみ」


 生まれてくる男の子が不憫でならない会話が聞こえてくるのを無視して、僕は片づけをつづけた。

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僕の女装OL物語 葉っぱふみフミ @humihumi1234

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