後置
連続殺人事件の犯人が現役の美人モデルという事実は、国内のマスメディアを大いに沸かせた。テレビではドラマ仕立てや、ドキュメンタリー風に事件を再現する特別番組が次々に放映され、雑誌にも刺激的な見出しで事件を検証する記事が毎回載った。
そんな騒ぎも暑さが本番になる前に沈静化した。渚親子には落ち着いた環境で自己と向き合ってほしかったので、今回ばかりは飽きっぽい国民性に感謝した。
三つの季節が移り変わり、もうすぐ事件から一年が経とうとしている。私は相変わらずの平凡な主婦で、空き時間にポスティングの仕事をしている。
才も変わらない。就職活動は不発続きのようで、見かけた時はチラシを入れたショルダーバッグを担いでいる。
今日は久し振りに才に誘われて、あのカラオケ店を訪れていた。
「カナエさん、お変わりないですかー?」
気の抜けた声で、奴からは全くヤル気が感じられなかった。あの時の名探偵振りが噓のようだ。
「もっとシャンとしなさいな。髪の毛も整えなさい。そんなんじゃ美波さんに嫌われるよ?」
才と美波は事件の後に急接近した。とは言っても恋愛対象ではなく、同じ事件を乗り越えた戦友として美波は才を見ている。私に対してもそうなので、彼女に誘われる時は才と私のワンセットなのだ。
「美波さんには……もう脈が無いって判ったんで……」
覇気の無い声で才は弱音を吐いた。
「え、フラれちゃったの?」
私の知らない所で急展開が有ったのか?
「……振られたみたいなもんです。美波さんの理想の男、武藤さんだそうで」
意外な名前が出てきたな。
「武藤さんって、あの寝癖で第一発見者の武藤さん?」
彼と美波に面識が有ったとは知らなかった。
「いえ。プロレスラーの武藤K司さんです」
才は自分の携帯電話を操作して、スキンヘッドで筋骨隆々な男性の画像を私に見せた。
「うわぁ……」
「努力して美波さんの理想に近付けるなら、俺だってちゃんと頑張りますよ? でもそこまでは無理でしょう?」
「無理だろうねぇ、ここまでは」
弾丸でも跳ね返しそうな筋肉だ。モヤシっ子の才では鍛えても遠く及ばないだろう。
「あ! 美波さんのスマホの待ち受けってこの人!?」
才が重々しく頷いた。
「海児さんがプロレスファンで、その影響を受けた美波さんも、幼い頃からプロレス観戦していたそうです」
海児に繰り出した美波のチョップや肘鉄、それらは幼少期から培われた技術だったのか。
溜め息を連発して、気落ちしている才に私はフォローを入れた。鬱陶しかったので。
「初恋の人について話すなんて、美波さんたら、才くんにだいぶ気を許してきたんだね?」
才は頭を振った。
「偶然だったんです。前回会った時……、確かカナエさんがトイレで席を外している間に、美波さんのスマホにメール着信が有ったんです。たまたまその時にスマホ画面が俺にも見えて……」
たまたまじゃないよね。きっとあなたは狙って見たよね。
「武藤さんの画像に驚いた俺に気づいた美波さんが、照れながら初恋の人よって教えてくれたんです」
武藤K司さんか……。素敵な殿方だとは思うが、若い女性が所持している携帯電話の待ち受け画面に、この人が登場したら周囲の人間はビビるよね。
「でもさ、腕っぷしの強さだけが人間の価値じゃないよ? 聖良さんのトリックを見抜いた才くんの推理力だって、充分魅力的だって私は思うよ?」
才はチラリと私を見た後に、ひときわ大きな溜め息を吐いた。
「推理力なんて、発揮できる場所が限られるじゃないですか。俺に必要なのは現実的な強さです。先週の面接でも、大切な所でとちっちゃったし……」
「初対面の人と上手くやりたいなら、慣れるしかないよ!」
「どうやって?」
「普段から声を出すの。ポスティングでお家の人に会った時にはおはようございます、こんにちは。お店で店員さんに何かしてもらった時にはありがとう、お世話様でした」
「ええ……?」
才は及び腰だ。
「これからは会釈だけじゃなくて、声でも示してごらん?」
「そんなこと言われても、急にはできないし……」
だから基本中の基本、挨拶から始めようと言っているんじゃい。
「才くんだって、今の状況を変えたいんでしょう?」
「そうですけどぉ……」
煮え切らない才の態度にヤキモキした。親ではないからあまり強く出られない私を、コイツは舐めた上で甘えているな。
「あぁ~~~っ」
才はボサボサ頭を両手で掻き回した。
「サイカナ探偵団にスポンサーが付いたらいいのになぁ!」
何だかおかしなことを言い出した。
「そうだ、俊さんがいい。俊さんはお金持ちだし、彼がバックに付けば伊能さん達の力も借り放題だし!」
それはもはやゴッド☆探偵団だろう。
「今からでもハワイの俊さんに連絡取ろうかなぁ」
「才くん、就職活動が上手くいかなくて焦る気持ちは解るけれど、思考がどんどんクズ寄りになって来ているよ?」
俊の力さえ有れば成功すると思い込み、闇落ちした聖良を逮捕させたのはおまえちゃうんか。
「だって俺、何やっても上手くいく気がしなくて……」
そんなことは無いと思うな。才は数年に及ぶ就職活動の失敗で、自己評価がだいぶ低くなっている。
「才くんはさぁ、事件に遭った時はとても冷静だよね?」
「ええまぁ、慣れてますので。死体限定ですが」
「推理中は長い説明しても嚙まないよね?」
「そういえばそうですね。集中してるからかな?」
「調べものが得意だし、資料も解り易く
「全部探偵の才能じゃないですか。サイカナ探偵団が結成できないなら意味無いです」
「だからさ、素人探偵団じゃなくて、プロの探偵事務所に入ればいいじゃない」
「は」
「事務所って名称だけれど、あそこも会社でしょ? スタッフ募集の広告載せている所いっぱい有るよ? よく調べて、できるだけブラックの臭いが少ない会社へ応募してみたらいいのに。どうしてしないの?」
「ほ?」
探偵の仕事には危険に遭遇する場面も有るだろうが、こいつは素人の今でも進んで死体に向かって行く無鉄砲男だ。だったら本職にしてきちんと研修受けて、同僚とペアを組んだ方が危険を減らせるんじゃないかな。
「あ、もしかして親御さんに、特殊な職業は避けるように言われているのかな? だとしたらゴメン、おせっかいだった」
「……………………」
「才くん?」
才は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で固まっていた。
まさか。
「才くん、もしかして今まで、探偵事務所に入社するという発想が抜け落ちていた?」
才がコクリと頷き、私は脱力した。勉強ができる馬鹿がここに居るぞ。
「そっか、事務所に入れば本当の探偵になれるんだ……」
ブツブツ当たり前のことを呟く馬鹿を放って、私はカラオケセットのコントロールパネルで曲名を検索した。今日は歌うぞ。私が応援するヘヴィメタルバンド、
「あれ?」
私は端末の画面を二度見した。
「マングローブは原生林が復活している……!」
私の声に反応して才も覗き込んできた。
「本当だ。海児さんが熱唱した時は配信が中止されていたのに」
いったいどうしたんだろう。
「あ」
才が私に視線を戻した。
「美波さんが言ってました。最近お父さんが慎也さんと頻繫に会っているようだって」
「え、じゃあもしかして……」
二人が働きかけて曲を復活させたのだろうか。俊も一枚噛んでいるのかもしれない。だとしたら非常に喜ばしいことだ。
バンドが解散してただでさえ疎遠だったのに、聖良が起こした事件によって、慎也と海児の間には大きな壁が築かれてしまった。
海児は許すだろうが、慎也の方が合わせる顔が無いと行方をくらますんじゃないか、私はそう危惧していたのだ。その二人が手を取り合って、同じ目的の為に動いたのだとしたら。
俊が持ち込んだマングローブの歌詞は、良くも悪くもキリング・ノヴァの運命を変えた。一時のスターダムと引き換えに、メンバー二名の貴重な命が失われた。
それでも慎也と海児がマングローブを禁忌の曲として封印せず、世に残す選択をしてくれたことが嬉しかった。
才が人差し指を立てた。
「カナエさん、何を歌いますか?」
私も真似て指を立てて、ニカッと笑った。
「もちろん決まっているでしょ!」
私はマングローブは原生林を選曲し、才はマラカスを構えた。
今は祈ろう。慎也と海児の再起を。友樹と健也の冥福を。そして僅かでも、楽曲使用料が彼らの元へ無事届きますようにと。
《完》
■■■■■■
最後までお付き合い&応援をどうもありがとうございました!!
読んで下さった皆様に、笑いと、少しばかりの感動をお届けできていたら嬉しいです。
才は書いていてとても楽しいキャラクターでした!
ポスティング主婦は事件を素通りしたい ~しかし根暗青年がそれを許さない~ 水無月礼人 @minadukireito
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