第2話 来店
「今朝も冷えるな。」
外に出たシュージの体を冷気が包みこむ。
地熱を利用した公共のスチームヒーティング設備によって常時温められている室内と違い、一歩出た外は凍える様な寒さをしていた。季節に準えれば今の季節は秋であっただ、ホワイトアウトによる気候変動によってこの辺りの今の時期は大雪が降る事も珍しくは無い。現に道端には除雪された雪が積み上げられ、建物のあちらこちらからは建物から排気された蒸気が噴き出してその下には氷筍が作り上げられていた。
外に出たシュージは道に微かに残る溶けかけの雪を踏みしめながら事務所前の通りを横切っていく。歩くシュージの横を様々な人が通り過ぎるのを横目で見ながら、彼は無意識の内に軽い笑みを浮かべていた。
この街、レインボーシティはホワイトアウトから逃げてきた難民出身者がメインとなって作られた街である。通常、この様な街には街全体に暗い影が残っている物が多い。それはグレイヒルやエボニータウンなどの同経緯で作られた街を見ても顕著である。しかし、レインボーシティを歩く人々の顔には不思議と悲壮感は無い。彼らの顔は一様に驚くほどに活気に満ちている。そして、シュージは活気に溢れた街の姿を見る事が好きだった。
「フッ……」
街の活気に自然と笑みをこぼしながらシュージは少し歩くと、『スティーブンの美味しい料理屋』と書かれた店のドアを開けた。
カランカラン、
来客を知らせるベルが軽やかな音を立てるとカウンターの中に居た女性がシュージに気付いて笑みを浮かべたかと思うと次の瞬間には口を尖らせる。
「いらっしゃ~い!って、シュージさんじゃない。今日は遅いよ~!もうちょっとしたら心配でそっち行こうと思っていたくらいなんだから!」
「すまないな、ジェシカ。」
シュージはカウンターの席に座りながら女性に向かって軽く謝罪の言葉を述べる。
女性の名前はジェシカ。この店唯一のシェフであり、店主であるスティーブの娘である。キャップの中に無造作に束ねた髪を押し込み、女性らしいメリハリの利いた肢体を覆うのは外の寒さなど関係無いと言わんばかりのTシャツとホットパンツ。そして上から纏ったエプロンだけである。しかしながら彼女から放たれる気配は決して色っぽい雰囲気では無く、どちらかと言えば見る者に元気を与える快活な物だった。
椅子に腰掛けたシュージは店内を軽く見渡す。中途半端な時間帯の店内にはいつもの常連が数人いるだけだったが、シュージは見知った顔が足りていない事に気付いた。
「今日は一人か?スティーブの奴はどうした?」
「父さん?父さんならそこまでデリバリーに行っているよ。もうちょいしたら帰って来るんじゃない?はい、コーヒーでいいよね?」
シュージにコーヒーを出しながらジェシカは答えを返す。
「あぁ。すまないな。」
シュージは出されたコーヒーを一口含む。
「いつもの事だが、ここのコーヒーは上手い。」
シュージの感想にジェシカは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「でしょ~?父さん自慢のコーヒーだからね。今日もいつものでいい?」
「……そうだな、頼めるか?」
「オッケー。ちゃっちゃと作るから、ゆっくりしていてね。」
そう言うと背を向けて、ジェシカは調理を始めた。何とも無しにその光景を見ながら、シュージはゆっくりと一杯のコーヒーを味わう。そのまま朝の穏やかな時間を過ごす事しばらく、
「はい!いつものモーニングセッ……」
ジェシカがシュージの前に出来上がった朝食を置こうとした。その瞬間、
バタンッ!
「おい、ジェシカ!大変だ~!」
店の裏口を勢いよく開けて恰幅のいい男が慌てた様子で飛び込んできたかと思うとカウンターにもたれ掛かった。その顔を見たシュージとジェシカが男に声を掛ける。
「――父さん!?そんなに慌ててどうしたの!?」
「何があった、スティーブ?」
二人の言葉通り、飛び込んできた男はジェシカの父でこの店のオーナーであり、シュージの事務所の家主でもあるスティーブだった。
スティーブは慌てた様子だったが、シュージの姿を見るなり一息吐き、
「――おぉー!シュー、ちょうどいいところに!ちょっ、ちょっとこっち来てくれ!女の子が大変なんだ!」
スティーブはそう言うとカウンターの向こうからシュージの腕を強引に引っ張ってどこかに連れて行こうとする。スティーブの行動に、シュージはカウンターを飛び越えるとジェシカに声を掛ける。
「ジェシカ、悪いがそいつは少し置いといてくれ。すぐに用事を済ませてくる。」
「はいはい、いつも通りね。冷めないうちに早くしてね。」
慣れた様子でジェシカは答えると、シュージに向かって手を軽く振る。
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