第1話 起床
『ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……』
薄暗い事務所の中、時計が起床時間を告げるアラームを鳴らす。
バンッ!
ソファーから伸びた手が時計のアラームを叩き止める。続けてソファーから男の上半身が現れる。男は強張った体を軽く解す様に動かしながら、止めた時計の針を確認する。
「朝か……」
小さく呟くと、覚醒を始めた頭に動かされる様に立ち上がり、事務所のカーテンを開けた。
「――ッ!」
差し込んできた太陽の白い光に目が眩む。少しして、外の明るさに慣れた目に映ったのはよく晴れた空。男は空を見上げて呟いた。
「あぁ……今日も綺麗に灰色の空だ……」
ここで少し昔話をしなければならない。
約三十年前、三回目の世界大戦が始まった。争ったのは西の強国と東の新興国。戦争の経緯や過程は省かせてもらうが、双方の戦いは大小様々な国を巻き込んで五年ほど続いた。そして戦争終盤、戦いは軍事力、経済力に勝る西の強国の勝利に終わる……はずだった。今となっては詳細な記録も無く詳しい事は分からないが、追い詰められた東の国は触れてはいけない物に触れてしまった。その日、世界から突如として全ての色が消えた。世界は突然、旧時代のモノクロ映画みたいに白と黒の二色だけの世界になってしまった。後にこの現象はカラーレス現象と呼ばれる事となるが、問題はそれだけでは無かった。カラーレス現象と同時に東の国の国土全体が白い何かに包まれたのだ。多くの人が調査の為に濃い靄の様なそれに入っていったが、中から出て来た者は誰もいなかった。
白い霧、後にホワイトアウトと呼称される事になるそれは、その後拡大の一途を辿った。結果、最終的には世界の約半分がホワイトアウトに飲み込まれてしまう事になる。そして当然の事ながらホワイトアウトは世界に大混乱を引き起こした。戦争相手の突然の消滅。ホワイトアウトから逃げて来た膨大な数の難民。そしてそれらに付随された経済・軍事・外交などあらゆる分野の問題がホワイトアウトに巻き込まれなかった各国に押し寄せたからである。多くの国が問題の解決と紛争や内乱などを繰り返し、結果として幾多の国が離合集散の憂き目に遭う事となった……しかし人は逞しい。残された者達は残された者達なりの新しいルールを作るものである。そして、物事の変化とは無くなる事だけでは無い。変化は何かを生み出す物でもあるのだ……
キュッ……ガチャッ、
日課のシャワーを浴びた男が先ほどよりも幾分かスッキリとした様子で出て来る。起き抜けの独特の野暮ったい雰囲気が取れた状態で見ると、男は均整の取れた体に整った顔立ちをした美男子であったが、まるで抜き身の刃物の様にも見えた。見る者に自然と緊張感を持たせるのは男の目つきが鋭い故か、それとも身に纏った気配からか……
バスローブ姿で男は入り口の扉から郵便の束を引き抜く。そこに書かれた幾つかには宛名にシュージ・クロウと書かれている。
シュージは郵便の束を一旦テーブルの上に置くとテーブルのすぐ横に置かれたコーヒーメーカーを使い、慣れた手つきでコーヒーを入れ始める。
少しして部屋の中に香しいコーヒーの香りが広がると、シュージはコーヒーをマグカップに注いでイスに座り、郵便の束に目を通し始めた。
「広告、広告、セールス……相変わらず紙の無駄が好きだな。」
シュージは送られたきた郵便物が価値の無いものの集まりである事を確認すると嘆息して朝刊に目を通し始めた。
――こんな時代になっても新聞は未だに情報媒体としては現役である。むしろ、ホワイトアウトによって情報通信網が戦前のレベルまで回復していない現代にとって、新聞の価値は相対的に上がったと言えるだろう。
シュージは紙面に目を通していく。その大半はさして興味も湧かない情報の羅列だったが、一つ気になるニュースを見つけた。
「『昨夜未明、ニューミルウォーキーに住むホワイトアウト研究の権威、ハロルド・コーウェンの家が火事に見舞われ全焼。現在、ハロルド氏と娘のリアナ氏の姿は確認されておらず、二人とも昨日の夕方に目撃されて以降の消息は不明。』か……」
シュージが目線を下げると記事には件の二人の写真が載っていた。如何にも研究者然とした男性と整った顔立ちの少女が仲睦まじく並ぶ平和な写真を見ながらコーヒーを飲む。
「何とも臭う話だが……ん?」
シュージは独り言を呟きながら何気なく目線を動かす。すると、彼の視界に時計の針が映り込んだ。時計の針は間もなく9時を指そうとしていた。
「こんな時間か……早く行かないとまたジェシカに怒られてしまうな……」
シュージは飲みかけのコーヒーを一気に飲み干すと身だしなみを整え始める。無駄の無い動きであっという間に身だしなみを整えて衣服を着ると、その上から愛用のコートと帽子を身につけた。そして最後に、大事な『相棒』を懐に仕舞うと事務所を後にした。
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