第4話 戦闘

プシュー!


シュージに受け止められた巨漢の腕から音と共にオイルが噴き出す。シュージが手を放すと巨漢の腕が力無くダラリと落ちる。


「うぉー!?俺の腕が!?」


予想外の事態に腕をぶら下げたまま唖然とする巨漢。その隙を見逃すほどシュージは甘くなかった。シュージは地面を蹴り一気に巨漢の懐に飛び込む。それを見た巨漢は、


「くぉっ!?この野郎!?」


残った左腕でシュージに殴り掛かろうとするが、シュージはあっさりと伸びてきた巨漢の左腕を掴むと、巨漢の軸足を蹴り飛ばしながら腕を引いた。テコの原理を利用したシュージの攻撃によって、でっぷりと太った巨漢の体があっさり宙を舞う。一秒に満たない刹那の空中遊泳の後、


ドッ!


鈍い音を立てて巨漢の体が地面に叩きつけられた。


「カハッ!?」


まともに受け身を取る事すら出来ずにコンクリートの地面に叩きつけられた衝撃で、巨漢の口から空気が強制的に漏れる。そして次にやって来た激痛に、


「グッグッグッ……!?ガッガッガッ……!?」


言葉を発する余裕すら無く悶絶する巨漢。その姿を見て、


「よくも兄貴を!」


逆上した小柄がシュージに殴りかかって来る。しかし単純な力任せの拳が当たるはずも無く、シュージは最小の動きで小柄の一撃を躱すと小柄の顎の先端を掠めるように裏拳を放った。


「コッ、ヒュッ……」


妙な声を上げて倒れる小柄。シュージの一撃によって脳が激しく揺さぶられた結果、脳震盪を起こした為である。


「うっ……えっ、えっ……!?


あっという間に仲間が二人倒され、残された中肉中背は少女を羽交い絞めにしたままシュージに恐怖の目を向ける。顔面蒼白の中肉中背にシュージは尋ねる。


「それで、お前はどうする?」


中肉中背は怯えながら俺の姿を見る。すると、そこで初めて何かに気付いた様子でシュージの顔をジッと見つめると、


「その腕っぷしにその格好……あんた、まさかあのシュージ・クロウか!?」


震える指でシュージを指差した。中肉中背の質問にシュージは曖昧な顔を浮かべる。


「誰の事を言っているのかは分からないが、俺がシュージ・クロウという名前である事は確かだな。」


シュージの答えに中肉中背は青い顔を増々青く染め、


「ヒッ、ヒィィッ!?すっ、すみません!知らなかったんです!あんたがあの『聖女の息子』だったなんて……!どうか、どうか命だけはお助けを!」


少女を手放したかと思うとその場に土下座して必死に命乞いを始める。シュージは中肉中背が口にしたある言葉に内心で身を固くしながらも倒れた二人を指差して、


「こいつらを連れてとっとと行け。今回は見逃してやる……この先、お前達に残された道は三つだ。これを機に真人間になるか。タワーから二度と出てこないか。それとも外で再び悪事をして俺に完全に潰されるかだ。選択権はお前達にある。」


中肉中背はシュージの言葉に首をカクカクと動かして何度も頷くと、


「はっ、はい!約束します。俺達、明日から改心して真面目に働きます。」


「明日じゃない。今からだ。」


「はい!今から改心します。二度と悪いことはしません!」


「よし。ならもういい。さっさと行け。」


「はい!失礼します!」


中肉中背は立ち上がりシュージに敬礼をすると、脳震盪を起こしていた小柄を起こして二人掛かりで巨漢を支えて去っていった。男達がいなくなったと同時に、


「さすがシューだな!あんな奴ら屁でもねぇ!」


軽口を叩きながら威勢よく出て来たのはスティーブである。シュージはスティーブに呆れた目を向ける。


「遅い登場だな。少しは手伝うべきだったと思うが……?」


シュージの言葉にスティーブはバツが悪そうな笑みを浮かべる。


「そう言うなよ。俺にあんな奴らと戦えって言うのか?第一、手助けなんて必要なかったじゃねぇか。今度一杯奢るからそれでいいだろ?なっ?」


ぎこちないウインクをするスティーブにシュージは小さく笑みを返し、


「仕方ない。それで手を打つとするか。それで、この子だが……」


シュージは改めて少女に視線を向ける。少女の顔に注目した事で彼女が整った顔立ちをしており、それが男達に誘拐されそうになった原因だという事をシュージは理解した。しかし、それ以上にシュージは少女の顔に見覚えがあった。


「この顔……まさか……」


思案に耽るシュージ。その横で、


「しかし、この子……全く反応が無いな。それにずぶ濡れだぜ。」


いつの間にかシュージの隣に来ていたスティーブが少女を見て不思議そうに呟く。スティーブの言葉通り少女はまるで水に落ちたかの様に全身ずぶ濡れだった。それに放心状態にあるのか。傍で話す二人の会話にも全く反応を見せない。

何とも無しに顔を見合わせるシュージとスティーブ。やがて埒が明かないと感じたスティーブが、


「仕方ねぇな。こんな格好で放っておいたら風邪を引いちまう……おい、お嬢ちゃん。もう大丈夫だぞ。大丈夫か?」


少女の肩を揺すりながら声を掛けた。すると、


「あっ……」


少女の目に光が戻り、


グラッ、


次の瞬間には少女の体から力が抜けて地面に倒れ込むが、それに気付いたシュージが少女を支えた。


「うぉっ!?おい、嬢ちゃん!大丈夫か!?」


少女の様子にスティーブが慌てて声を掛けて頬を軽く叩くが、少女は完全に気を失ったようで意識が戻る気配が無い。それを見てシュージは少女の腕に指を当てると脈などの反応を見る。少しして、


「……多分だが、過度のストレスか緊張によるものだろう。体も冷えている事だ。暖かい所で休ませれば意識も取り戻すはずだ。店で休ませよう。」


シュージの提案にスティーブは頷き、


「――おぉ、そうだな!そうしよう!じゃ~、シュー、この子運ぶのは任せるぜ。力仕事は俺よりもお前さん向きだからな。大丈夫だ。今度、二回奢ってやるからよ。」


少し意地が悪い笑みを浮かべたスティーブは一方的に捲し立てるとシュージを無視して店へと帰っていく。その背中を見ながら、


「――まったく……」


 シュージは少女の体を抱き上げると大人しくスティーブの後を追うのだった。

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