第12章 エピローグ 『名・探偵助手リサの活躍』のプロローグ?

     1

『リン・リン・リン』

と、三度の鈴の音(ね)が聞こえた。

「あら、もう『探偵の依頼』かしら?」

と、碧い眼のシャム猫が呟いた。その鈴の音は、シャム猫の首輪に着けてある、鈴の形のメダルのペンダントから聞こえるのだ。ペンダント自体が鳴っているのではない。本物の銀製の鈴を鳴らすと、その波動が、ペンダントに共鳴するようになっているのだ。ペンダントは特殊な金属で造られている。つまり、地球上には存在しない、性質を持っているのだ。

銀製の鈴──と言っても、正式には、銀によく似た地球外製のものだ──を鳴らしているのは、大森清子のはずだ。嶋岡真澄から依頼された事件を解決して、手紙を回収し、大森清子に届けた。その際に、鈴を渡して、探偵の用がある場合は、その鈴を鳴らせば、参上すると約束したのだ。それから、まだ一週間も経っていない。

大森清子は、シャム猫のリズが変身した、ブロンドの髪とブルーの瞳の少女?リサに、ただただ、驚いた。何故なら、孫のルナの、十年後の姿としか思えなかったのだ。顎の右下にある、ホクロの位置も同じだったし、微笑むとできる『エクボ』まで、同様だった。ただ、違っているのは、十年の歳月が生み出すであろう、女性の魅力だった。美少女感と妖艶さを同時に醸し出しているのだった。

「あなたが、タイムマシンで、十年後の未来から来た、ルナだと言っても疑わないわ!」

「奥さま!この容姿は、探偵としての変装のひとつですわ!わたしの実際の容姿はまったく、別人のように見えると思いますよ!」

「ええっ!変装なの?」

「ええ、目立つでしょう?普段は存在感を出しているんです!尾行とか、秘密の行動をする時に、逆に目立たなくなるためなんですよ!次回、お目にかかる時は、その目立たない、女になって、現れますわ……」

清子は、それは楽しみだわ!と笑って、白い封筒を差し出した。

「あら!いけませんわ!荒俣探偵事務所は、報酬無料ですから……。事件というより、謎の解明を目的にしていますのよ!ですから、依頼人に満足な結果が出るとは、限らないのです。今回も、依頼人の真澄さまには、満足いただけない、と思いますよ!」

リサはそう言って、「次のご依頼を、お待ちしています!」と、席を立った。そして、銀の鈴を清子に渡して、大森家をあとにしたのだった。

リズは、シャム猫からリサに変身すると、大森家へと向かった。

「あら?本当に、銀の鈴を鳴らしたら、登場するのね?どういった仕掛けなの?」

「奥さま!それは、企業秘密ですわ!まあ、一種の無線機のようなもの、と思ってください……。ところで、また、事件ですか?」

「そうね?新たな事件ではないわ!先日の真澄さんの事件の続きかしら……?依頼人は、娘の真湖さんだけど……」

「おや!真湖さんは、まだ、自分の本当の父親を知りたいのですか?その所為で、義理の従兄が亡くなった、というのに……」

「あらまあ!あなた、真湖さんの依頼の内容をご存知だったの?」

「ははは、簡単な推理ですわ!先日の事件解明で、残された謎は、そこだけですもの!それで、真湖さんは、今、どちらに?」

「お家よ!村上の、ね……」

「村上家……。では、この近所の喫茶店で、お話を伺いますわ!その時、お母さまの高校時代からご結婚前のアルバムを持ってくるように、お願いしてください!」

「あら?ご自宅はマズいのね?わかったわ!じゃあ、『オリンピック』って喫茶店に、三十分後に……」


「リサさんでしたね?立山のロッジでわたしをトオルのナイフから救ってくださった、お礼もまだだったですね?」

と、ほぼ同年代の女性に真湖は話しかけて、礼をした。

「あれは、探偵として、当然の行動ですわ!依頼人の娘さんの危機を救う、ドラマではよくある場面よね……」

フランス女性と見間違いそうなリサは、喫茶店のテーブルで、カップに入った『ソフトクリーム』を美味しそうに口に運んでいる。真湖はホットコーヒーだ。

「ここの『ソフトクリーム』は有名だそうよ!オトがイチオシだ!って言ってたわ!本当に、ミルクたっぷりで、大満足!あっ!それで、お母さまのアルバムは、持ってきていただけたかしら?」

「オト?」

「あら、ごめんなさい!荒俣堂二郎の従妹の中学生よ!美少女で才女でアイドルで、ラヴレターが下駄箱から溢れている!っていう娘なの!美少女というところが、わたしと共通しているところかしら……」

「あっ!オトさんって、ミステリーも好きな女の子でしょう?わたしが中学校三年の時、一高のミステリー同好会の同人誌に『古典ミステリーベストテン』ってコラムを寄稿していた娘ですよね?じゃあ、荒俣堂二郎さんって、あの伝説のミステリー漫才のマサさんの変名なんですね……?」

真湖は、中学生の時に、義理の従兄になったトオルに誘われて、あの文化部の『一高五十周年、講堂落成記念祭』を見に行ったのだ。マサとヒロのミステリー漫才に感動して、ミステリー同好会の同人誌を買ってしまった。

「まあ、『荒俣堂二郎』は、高校時代のクラブ活動から生まれたキャラクターのようですわ!教師の言った『クダラナイ、ギャグ』から思いついた名前だそうです。わたしは、その大元のギャグは、知らないのですけど……」

そう言いながら、リサは、真湖の持参したアルバムのページを捲り始めた。

「真湖さん!あなた、自分の出生を確かめて、どうなさるの?あなたのお父様は、嶋岡雄大よ!戸籍上は、ね……。血縁関係からしたら、他人であっても、よ……」

と、リサは真湖のほうには視線を向けずに尋ねた。

「わたし、もともと、父親はいないんです!雄大が行方不明になったのは、わたしが生後六カ月の時です。だから、別に誰が本当の父親か?なんて、興味なかったんです!でも、偶然、ママと、青柳守男という男のラヴレターを見つけて、雄大という男が自分の父親じゃない、と思い始めたんです!ほら、そのページに、ママと雄大と守男が並んで写っている写真があるでしょう?雄大って男は、まったくわたしに似たところがないんです!」

「そうね!あなたは、お母様そっくりね!この写真は、ちょうど、今のあなたの年齢の頃だから、特に瓜二つだわ!だから、守男にも似ていないわね……」

「そうなんです!それで、トオルが、『本当の父親を探してみないか?俺の知り合いが、探偵事務所でバイトしているんだ!新しい親父の洋史が、兄貴を雪崩にあわせて、殺したのは、青柳守男だ!あいつは、生きている!って言い出したから、その探偵を雇って、青柳守男を探してもらうことになっている!』って言って、その探偵事務所の調査で、雄大も生きていることがわかったんです!それで、トオルと雄大が暮らしている飛騨高山に行くことになって、トオルが四輪駆動のパジェロを叔父の洋史に借りて、フェリーに乗って出かけたのです……」

 リサは、それがほとんど、山崎カヅオの陰謀だった、とわかっているのだが、そのことは、真湖には教えなかった。

「トオルは、手紙を材料にして、ママからお金を巻き上げていたんですね?その仲間と揉めて、ナイフで刺して、結局、自滅したみたいに、崖から転落して、死んじゃいましたね……」

「まあ、相手が悪かったわね!なんせ、世界一の名探偵が相手だったんだから……」

「本当に……、たった二日で、事件解決ですよね?わたしたちをつけてきたようですけど、フェリー埠頭から、尾行してきた車なんてなかったのに、どうやって、立山のロッジに我々が向かったことがわかって、ヘリコプターを調達できたんですか?そもそも、何で、トオルが犯人だと特定できたのですか?」

「それは、『企業秘密』よ!ところで、あなたの本当に血が繋がった父親の調査をしてあげるけど、報酬をいただくわよ!この『ソフトクリーム』の代金を支払って、ね……」


     3

「それで、リズ、いや、リサさんは、真湖さんの本当の父親を特定できたのかい?」

 と、リョウが、我が家の座敷で鰹節をたっぷりと乗せた『猫マンマ』を美味そうに食べ終えた、大きなトラ猫に尋ねた。

「それよ!姉御が言うには、真澄のアルバムを眺めていたら、その父親らしい男が写っている写真があったのヨ!」

「じゃあ、守男だったのかい?」

「バカ言ってんじゃないぜ!雄大も守男も外れさ!」

「じゃあ、同時期に、もうひとりと関係していたって言うの?」

 と、オトが驚きの声をあげる。

「姉貴!声が大きいよ!ばあちゃんが不審に思うよ!今は、マサさんもいないんだから、誰と喋っているのか、って、ね……」

「はい、はい、静かに、ね……。フーテン、小声でお願いします!」

「けっ!俺は何時も注意しているぜ!あの婆さんは、いい人間だから、心臓が止まっちゃあ可哀想だからな!ところで、スペード・クインの推理は、外れだ!ひとりじゃなくてふたりだよ!」

「ええっ!じゃあ、全部で四人?」

「姉貴!声、声!」

「まあ、これは、姉御の……直感だけど、な……」

「でも、アルバムを見て、真澄と関係を持った男を雄大と守男以外にふたり見つけた、ってことでしょう?つまり、透視能力よ、ね!リズの透視能力なら……」

「間違いない!ね……」

と、オトとリョウが顔を見合せていると、土間につむじ風のような空気の渦が起こって、その中から、シャム猫が、座敷に飛び上がってきた。

「何が、『間違いない!』って?あたしの透視なら、間違いないわ!」

と、リズが小声で言った。

「姉御!今日は、リサの仕事をするんじゃなかったんで……?」

フーテンは、アルバムの中の透視したふたりの男性をリズが調査に向かう、と訊いていたのだ。

「まあ、そのつもりだったんだけどね!あっさり、結論が出たのさ!」

「結論?」

と、オトが尋ねる。

「ああ、アルバムに写っていたのは、高校時代の同級生で、同じ『写真部』の男さ!一番目に真澄と関係を持った奴だよ!あっさりわかったのは、真湖の耳の形と、足の指の特徴が、その男と一致しているんだよ!海水浴の時の、海パン姿で、足の指が写っていたんだからよ!血液型もぴったりだったよ!なんせ?真澄は、A型、雄大も守男もA型なんだ!真湖は、B型なんだよ。だから、父親は、B型か、AB型の人間なのさ!真澄とあの時期に関係した四人の内、B型はその男だけ。もうひとりは、O型だった……」

「それで、真湖さんは納得したの?だって、その『あとのふたりと関係があった』って結論は、リサの透視でしょう?」

「簡単よ!真澄に写真を見せて、訊いたらいいのよ!『Hをした』か、どうか、ね!真湖が訊いたら、『あら?初体験で、あなたを妊娠してたのね!』だってさ!真澄は、その男と相思相愛だったんだよ!だから、『卒業記念に……』ってことだったらしい……」

「で?あとの三人は?」

「リョウには、話し難いけど、その初体験が最高だったのね!でも、相手は、受験や何かで、できる状況じゃなかったのよ!そこで、言い寄られた、同級生と関係をして、翌日、守男として、その翌日、雄大には、無理やり……って、五日の間に四人と関係をしたってことね……」

「わたしは、絶対しないわ!」

「まあ、真澄は、ウブだったから、かえって、男とのアレに夢中になったのよ!未亡人になってから、男遊びがひどくなって、ホストクラブに、だいぶお金を使ったみたいよ!雄大の生命保険金も、嶋岡家の遺産相続のお金も使って、東京のマンションも売って、実家に帰ってきたんだから……再婚するのも、お金のためみたいよ……!」

「それで、再婚話は?」

「たぶん、ご破算ね!勝一郎が雇った探偵社が、未亡人時代の男漁りを報告しているわ!」

リズが、事件の最終的な結論を出した時、政雄が現れた。

「ねえ、オト、この『プリンス』からもらった『携帯電話』って通信機器だけど、電池切れで使えなくなったんだよな……」

と、手に携帯電話を取り出した。

「そうね!充電式だそうだけど、今の時代には、充電器がないから、もう使えないわね……」

「まあ、それは仕方ないよ!未来の道具なんだから……。それより、プリンスが言っていた、料金って、いくらになるんだろう?最初の三分間は『タダ』だったそうだけど、そのあとも使ったから、きっと、料金を請求されるぜ!一分、千円になるそうだよ!」

「請求されるのは、三十年後だそうよ!プリンスが言ってたわ!」

「ふたりとも、バカだね!」

「バカ?確かに、いらない会話もしたかもしれないけど……」

「マサ!プリンスが『料金がかかる!』って言ったのは、無料だったら、マサとオトは、一日中、それを使って会話をしてしまうよ!そんなところを周りに見られたら、歴史が変わる可能性があるんだよ!」

「そうだぜ!マサは、用もねぇのに、毎日、この家に来やがる!そんな便利な物があったら……」

「フーテン!それは、おまえもだよ!用もないのに、ここで、飯を喰らっているんだから!まあ、この家は、居心地がいいから、ねぇ……」

「ありがとう、リズ!リズもちょくちょく、おいでよ!」

「嬉しいけど、遠慮しとくよ!あたしは、『鰹節かけご飯』なんて、口に合わないのさ!それに、探偵業が忙しくなりそうだからね……」

「探偵か……。あっ!そうだ!リズに頼まれていた、村上家のシャム猫を調べる件が、まだ、手つかずだったよ!」

「まあ、それも、だいたいは、わかったよ!リョウの女友達のレイコって、女王さまみたいな金持ちの娘がいるだろう?」

「うん!そのレイコさんが飼っている、シャム猫がリズの姪なんだろう?」

「そうさ!それで、どうして、レイコの家に、姪がいるか、が、わかったんだよ!」

「レイコさん家(ち)と村上家に何か繋がりがあるの?」

「ああ、真湖の本当の父親、血液型がB型の真澄の同級生が、レイコの父親さ……。きっと、卒業記念に、猫をプレゼントしたのよ!初体験の前にね……」

   了

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荒俣堂二郎の冒険――オッド・アイ外伝―― @AKIRA54

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