第11章 続・荒俣堂二郎の冒険 七 事件の解明は、誰がする
第六章 事件の解明は、誰がする
参拾六
「あんたって、本体のほうは、実態感がないくせに、『息子』のほうは、凄い『実態感』が溢れているのね……」
ベッドの中で、やっと興奮と、下半身の痙攣から、息を整えた女性が、傍らで自分の乳房を柔らかく揉むように、撫でている、若い男性に言った。
「そうか?あんたが、男に飢えていたからだろう?あんたみたいな男の『あれ』をすぐに咥える女は見たことないよ!」
「まあ!童貞だったくせに!もうほかに女を作ったの?浮気したら、これをちぎってやるから……!」
「おまえ、『阿部定』かよ……?」
ベッドの中で、痴話噺を二人は続けている。
「何を言っているの?」
「リョウ!あんたの訊いていい会話じゃないわ!」
「い、いや!オトも耳をふさげよ!」
ベッドの二人の会話が、サファイアのテレパシーによって、村上家の近所の公園にいる、リョウとオトと政雄に、聞こえてくるのだ。
「無理よ!実況生放送だから、『放送禁止用語』まで聞こえてくるわ!サファイアには、その選別はできないわね……」
「まあ、『こと』の最中の実況放送でなかったから、まだマシか……。2ラウンド目を始めないことを祈るしかないね……」
「2ラウンド目が始まったら、実況放送は中止よ!」
「あっ!会話が始まったよ!今度はマトモな話のようだ……」
リョウの言葉に、オトと政雄も、テレパシーに集中する。
「雄大が死んだそうだね……」
と、男が言った。
「飛騨高山の山小屋で、大山巧の変名で働いていたらしい。保森祥一の妹が、その正体を掴んで、大山の荷物に毒入りのチョコレートを忍ばせて殺したようだ……。警察はまだ、大山の正体が嶋岡雄大だとは、知らないようだが、ね……」
「アカネに、大山と雄大が同一人物だ!と教えたのは、あんたでしょう?いったい、何の目的であんなことをしたの?雄大は、もう死んだことになっていたのよ!だから、こうして、わたしがどんな男とベッドインしようと、不倫ではないのよ!親子ほど年下の男と寝ることだって、批判される覚えはないわ!」
「別に、君との関係を邪魔されたくないから、とかの理由じゃないよ!君との関係は、男と女の恋愛関係さ!ただし、君は、僕のアレだけを愛しているようだけどね……。アスカに雄大の居場所を教えたのは、あの娘の覚悟、というか、どういう行動に出るのか、それを見たかったんだよ!女性の恨み、夜叉か、鬼女に変わる場面を、ね……」
「あんたって、本当に『変人』ね!単なる、ミステリー・マニアの域を越えているわ!」
「そうだな!ミステリーで、女性の殺人犯って設定がかなりあるんだよ!しかし、現実では、圧倒的に殺人犯は男なんだ!だから、アスカの復讐は、予想以上の結果だったよ!」
「あんたが、見かけと違って『悪党』だってことは、よくわかったわ!わたしの古い手紙を見つけて、それをトオルと真湖に偶然見つけたようにして、真湖が悩んでいた、父親のことを、焚き付けて……。母親のわたしが、誰のタネかわからないのに、あの娘にわかるわけがないでしょう!」
「真湖に現実の面白さ、ってやつを教えてやりたかったのさ!『事実は小説より奇なり』ってやつを、ね……」
「ウソばっかり!真湖に振られた、腹いせのくせに……」
「振られたのは、事実だけど、それを恨んではいないよ!おかげで、君という、セックス・フレンドが出来たんだからね!君は『最高の女』さ!真湖なんて、いらないよ!」
「でも、不思議よね?いったい何がよくって、あなたに『抱かれたい!』なんて思ったのかしら……?あなた、変な香りのする香水を持っていたのよね?あれの所為だわ、きっと……。まあ、パンツの中を見たら、夢中になったのは、わたしのほうだったわ……!」
「まあ、運命の出会いだったんだよ!」
「そんなことは、もうどうでもいいのよ!それより、雄大は死んだけど、守男は生きているんでしょう?アスカには、知らせたのかい?」
「ああ、匿名の手紙を書いて、守男の姉の美幸へ送ったよ!今頃は、アスカにも伝わっているはずさ。また、毒を使ってくれるといいんだが、どうも守男は助かりそうだ!アスカと美幸が、浩次の母親を介して、友人関係になっている。それと、アスカは、守男が兄の元に、謝りに来たことを知ったようだ!ミステリーなら、連続殺人が面白いんだがね……」
「まあ、守男なんて、どうでもいいわ!例え、真湖の本当の父親だとしても、男と女の関係には、戻れないから、ね……」
「なるほど、雄大は、夫だからな!彼の死亡認定が降りる前に、嶋岡の両親が相次いで亡くなった。嶋岡家の遺産は、ひとまず、雄大と洋史が半分ずつもらった。雄大の死亡が認定されて、その遺産はすべて君と真湖のものになった。だが、雄大が生きていたら、遺産相続もフリダシに戻る。離婚したら、真湖には、渡っても、君には、もらう権利がなくなる……。既に、相当使っているから、慰謝料はそれで、チャラだね!大臣夫人を取るか、遺産を取るか?雄大に死んで欲しかったのは、アスカより、君のほうだったね……」
参拾七
「山崎カヅオさんでしたね?」
真澄との第2ラウンドは、真湖が帰ってくる時間になって、行われないまま、カヅオは村上家をあとにした。坂道を下った交差点の公園の前で、声をかけられたのだ。
「そうだけど、君は……?」
声をかけてきたのは、カヅオにとって意外な人物だったのだ。見た目は外国人だ。ブロンドの髪にブルーの瞳。だが、流暢な日本語だった。女性から、声をかけられることなど、めったにない!街でビラやティッシュを配っている女性でさえ、カヅオは無視される。しかも、その女性は、若くて、美人だ!小悪魔的な不思議な雰囲気を持っている。
「初めまして、わたしは、こういう者ですわ……」
そう言って、右手を差し出す。その手には、いつの間にか、小さな紙片が摘ままれていた。
「犯罪研究家、私立探偵、荒俣堂二郎?えっ!これは、ミステリー同好会の同人誌の小説の主人公の名前じゃないか!君は女性だろう?」
「あら?やっぱり、同人誌を読んでいたのですね?『さん・ふらわぁ号』のデッキから、山内拓也を海に落とすトリックは、その同人誌からの『パクり』ってことですよね……?」
「パクり?いったい、何の話だ!『さん・ふらわぁ号』だの、山内拓也だの、僕と何の関係がある、というんだ!」
「あら?山内拓也は、ご存知のはずよ!従弟の嶋岡トオルを通じて……。死体となって、海から引き上げられたことも、ニュースになりましたよ……。そして、その拓也が乗船していた『さん・ふらわぁ号』に、遠藤浩次と嶋岡トオル、真湖と、あなたも乗船していたはずですわね?」
「お、お前は、いったい何者だ!?」
「探偵ですわ!その名刺は、所長のもの。わたしは、助手のリサといいます」
「マサが本格的に『探偵事務所』を設立したっていうのか?あいつは、地元の国立大に入学したはずだ!」
「あら?所長のこと、よくご存知ね?高校時代には、まったく交流は、なかったはずですわ?『透明人間』さんとは……」
「お、俺のあだ名まで知っているのか?いったい、何を調べているんだ!誰から頼まれた『探偵業』なんだ?」
「そうね!依頼人を特定されるような情報は、お教えできないんですけど、あなたは、ご存知のはずよ!だって、本当の依頼人は、山崎カヅオさん!あなたですもの!」
「な、何だって?そ、そこまで、わかるわけがないぞ!俺は、表には、出ていないんだ……!」
「荒俣探偵事務所をナメていらっしゃったのね?学生の素人が、趣味程度でやっているのだ、と……。あなたは『ミステリー・マニア』で、本当は、ルミさんやヒロさんが作った『ミステリー同好会』に入りたかった。でも、プライドがあって、ルミさんが会長で、ヒロさんが副会長のクラブに入る勇気がなかったのよね?勝手にルミさんをライバル視していたそうだから……。しかも、あなたには、ミステリーを執筆する才能は持ってなかった。そこは、マサと同じね!そのマサがある事件で『名探偵』ぶりを発揮したことを知ったのよ!あなたは、嫉妬深い性格だから、マサを事件に巻き込んで、今度は、失敗させて、ハジをかかせるつもりだった。小説は書けないけど、アイデアだけは持っていた。だから、トオルを使って、犯罪を計画したのよね?愛人の真澄を依頼人に仕立てて……。なかなか面白い筋書きだったわ!でも、下手くそよ!人間の心理がまったく考えられていないわ!トリックはパクりだし……。何より、名探偵の設定が間違っているわ!荒俣堂二郎は、世界一の名探偵なのよ!シャーロック・ホームズ以上の、ね……!」
参拾八
「どうも、結末が、僕らの考えたシナリオとは、ずいぶん違った気がするんだけど……」
「そうね!リズが直接、カヅオに会って、やっと、正面から眼と眼を合わせられたのよ!それで、カヅオの心の中が覗けたのよ……。そうしたら、マサさんへの嫉妬心とか、ルミさんに対するライバル視とか、小説を書く才能がない、劣等感とかが、バァーと流れ込んできたのよ!リズは、探偵気取りというか、探偵に成りきっているから、その場で『事件の解明』を始めちゃったのよ……」
「結局、カヅオは名探偵荒俣堂二郎のマサさんの鼻をあかしてやりたかったんだね?同じ、『小説が書けない、ミステリー・マニア』として、ライバル心を燃やしていたんだ……」
「リョウ!その『小説が書けない』ってところは、いらないだろう?単なる、同窓生で、ミステリー愛好家だ!ってだけで、さ!」
「でも、カヅオの嫉妬心は、それだけじゃないようよ!」
「おや?スターシャにも、カヅオの心が読めたのかい?」
「リズが、カヅオとのやり取りをみんなに、テレパシーで『実況生放送』したでしょう?サファイアにも……。だから、サファイアにも、カヅオの心の中が覗けたのよ!カヅオは、受験に失敗しているのよ!彼の志望校はW大と、K大。現役の受験で、前日にインフルエンザにかかって、発熱!無理して受験したけど、失敗したのよ!それで、一浪して、受験したけど、受験当日、お腹を壊して、また失敗!滑り止めのN大に行くしかなかったのよ!マサは、現役で国立大に合格して、探偵なんて、気楽な趣味をまっとうしている……と、勝手に思い込んでいるみたいね!マサが地元の大学にしたのは、オトと、離れるのが嫌だっただけなのに、ね……」
「あら?マサさん!そんな理由で地元の大学を選んだの?」
「まあ、僕にとってオトは大事な存在だから……」
「でも、カヅオにしたら、現役で、国立大に合格しているマサに嫉妬する気持ちもわかるわ!ヒロ君は、M大だし、ルミさんは、C大だから、国立大は、マサだけだからね!まあ、レベルはどうかわからないけど、ね……」
「そうか!マサさん、頑張ったんだね!愛の力って凄いんだ!」
「ケッ!ゾロ、何が愛の力だよ!俺の活躍の場面が少な過ぎるぜ!あっち、こっちに『狐の秘術』で飛ばされて、よぅ!本当は、アスカが、カヅオを殺す場面で、俺がまた、手首に噛みついて、毒殺を防ぐ!ってシナリオじゃあねぇのか?」
猫用の皿でミルクを飲んでいた、トラ猫が、愚痴っぽく、会話に参加した。
「フーテン、仕方ないだろう!リズさんが大活躍で、本来、荒俣堂二郎が解決するはずの事件を、助手のリサって美貌の女性が解決しちまったんだから……」
「そうよ!我々の目的は、脅迫の元になった、手紙を取り戻すこと……!リズがカヅオのポケットから取り上げたから、それで解決!ただ、脅迫自体が茶番劇だったから、真澄に返しても無駄ね!だから、大森のおばあちゃんに渡したわ!」
「まったく、脅迫したほうが、されたほうに操られていたんだぜ!犯人が被害者だったんだ!」
「でも、誰も、警察に捕まることはないんだよね?カヅオもアスカさんも……」
「カヅオが、リサさんの解明に、唖然となって、負けを認めたんだ!リョウが言ってたとおり、カヅオにとって、今回の事件は、ミステリー・ゲームだったのさ!『透明人間対名探偵』って構図の、ね……」
「実際は、『透明人間対エスパー・キャット』だったけど、ね……」
「まあ、それで、リサがアスカに会って、カヅオはもう、ゲーム・オーバーになった。アスカを告発することはない!これ以上、毒薬は、使わないで欲しい!と言ったのよ!アスカは、まさか、カヅオを毒殺しようとしていることまで知られているとは思ってもいなかったから、もう、驚いて、『わかったわ!』と、一言。毒薬をリサに渡したそうよ……」
「それよ!姉御は、自分の鮮やかな事件解明に満足しちまって、『名探偵リサ』を続けるつもりだぜ!名刺まで作って、大森の婆さんに手紙を渡すついでに、売り込みをしていた……。『次のご依頼を、お待ちしています!』って、ね……」
「それで、カヅオと真澄の関係は、どうなるの?」
「ゲーム・オーバー!真澄に近づいたのは、アルバイトで『麻布探偵社』で働いていたカヅオが、真澄の夫の雄大が生きていることを知ったことが、そもそものスタートなんだ!真澄が真湖の母親と知って、もともと、高校時代にふたつ下の学年で、可愛いと思っていた真湖に近づいたけど、あっさりと振られた!そこで、彼は、禁断の魔法の香水を使ったのさ!ほら、丸山リョウマが持っていた香水は、ハゲタカ先生に取られただろう?ハゲタカ先生、それを『キャバクラ』で使ったけど、まったく効果なし!そこで、カヅオがもらい受けたんだよ!透明人間には、ハゲタカ先生も効果なし!と思ったんだろうけど、効果バツグン!真澄を一発でメロメロにしたらしい、ね!」
「まあ!カヅオって、外と中がまるで、別人だったのね!マサさん、それより、茂雄叔父さんを初め、北村刑事さんたちには、なんて説明するの?リサさんの正体を知ったら、腰を抜かすわよ!」
「まあ、事件はうやむや……、手紙は犯人が自主的に返却したことになるかな……」
「名探偵、『荒俣堂二郎の冒険』には、ふさわしい『幕切れ』ね……!」
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