第10章 続・荒俣堂二郎の冒険 六 幽霊のような人物の正体

 第五章 幽霊のような人物の正体


参拾弐

「従兄の数が三十数名?まあ凄い一族ができるわね!」

「おばあさんは、孫の名前を覚え切れないだろうね……」

北村刑事から預かったトオルの従兄の一覧表をちゃぶ台の上に置いて、年齢が大学生らしい男に印をつける作業をすることにしたのだ。一覧表には、氏名と生年月日。それと、両親の名前が書かれている。職業や結婚の有無は書かれていないのだ。

「あっ!いたわ!こいつに間違いないわ!」

赤鉛筆を手にしていた、オトが、二十四番目の名前をチェックして言った。

「オト!何で断定できるんだ?」

「マサさん!この名前に覚えがあるはずよ!」

「山崎一男?こんな、ありふれた名前に覚えがあるの?」

オトの隣に座っているリョウが、鉛筆の先の名前を読み上げながら言った。

「リョウは知らないかもね、三年前のことだから……」

「あっ!『透明人間』の山崎カヅオ……」

 と、政雄が急に思い出したように言った。

「そうよ!一高のマサさんと同学年の男よ!みどりさんが、一高の屋上から、誰かが飛び降りた、と勘違いした事件で、期末テストを欠席した、と、こちらも勘違いされた、2年A組の三人の山崎君のひとりよ、ね……?」

「でも、同姓同名の別人、ってこともあるよ!山崎姓は、多いんだから……」

「確かに、普通の高校生だったら、リョウの言うとおりね!でも、こいつは、あだ名が『透明人間』なのよ!リズの透視能力をもってしても、ボヤけてしまう人物……。わたし、ずっと引っ掛かっていたのよ!『幽霊みたいな人物』とか、マサさんが『じゃあ!透明人間みたいだ』って言った言葉が、どこかの小説に出ていた、みたいな気がして……」

「あっ!『ミステリー同好会』の同人誌の『そして、誰も、居らん、なった?』っていう、ダサいタイトルの小説……」

「しかし、カヅオ君が『ミステリーマニア』なんて、訊いたことないよ!」

と、政雄が疑問な点を指摘した。

「じゃあ、カヅオがどんな趣味を持っていたか、マサさん知ってる?」

「いや、まったく、彼のことは、私生活も高校時代のエピソードも知らない……。ただ、成績は、上位だったようだね……」

「でしょう?彼が『ミステリーマニア』だったとしても、誰も気にしていないわ!それに、『ミステリーマニア』なら、ルミさんの『マーばあちゃんの事件簿』を読んでいる可能性が高いのよ!同人誌が出た時に在学しているし、ルミさんをライバル視していたくらいの成績だった、って訊いているわ!」

「そうだった!あのヒロ君のラブレター盗難事件の時、ケン君とユリさんが藤並公園で、三高の四人組を誘い出すためにカップルを演じたのは、カヅオ君の提案だったって、ケン君から訊いたよ!」

「ほらね!山崎カヅオには、そういう才能があるのよ!それは、ミステリー愛好家によくある、考えよ!」

「じゃあ!姉貴、山崎カヅオもフェリー『さん・ふらわぁ号』に乗船していて、従弟のトオルが仕出かした、殺人の死体を隠すために、ルミさんの『マーばあちゃんの事件簿』のトリックを使った、というんだね?」

「マサさん!北村刑事に連絡して、この山崎一男が、一高の卒業生で、N大生で、あの日、『さん・ふらわぁ号』に乗船していたか、を調べてもらってよ!それで、結論が出るはずだよ……」

「わかった!すぐに連絡するよ!」

と、政雄は言って、電話に向かった。

「スターシャ!どうだい?この山崎一男って男の未来予知は、できないかい?」

政雄の背中を見送りながら、リョウが白い子猫に訊いた。

「無理ね!こいつは、先天的に実在感がない人間なのよ!ある意味、宇宙人か、アンドロイドね……」

「えっ?じゃあ、やっぱり、この山崎一男は、一高の卒業生の『透明人間』と、同一人物ってことか……?」


参拾参

「元、夫の富太郎に言って、浩次のアルバムを借りてきたわ!」

アスカの住む鎌倉の狭いアパートの一室を訪ねて来たのは、青柳美幸だ。

「あなたが探している、トオルの従兄って奴が写っているかもしれないでしょう?大学の夏休みに、トオルたちと帰省先の海水浴場で写した写真とかがあるのよ……」

美幸の持参したアルバムは、三冊。中学校時代から、今年の新年までのスナップ写真だった。

アスカの記憶にある、トオルの従兄は、眼鏡をかけているイメージだけだ。だから、かえって、海水浴の写真からは、その人物を特定できなかった。

「トオル君とは、中学校からの知り合いなのね?」

アスカが、一番古いアルバムを開いて、尋ねた。中学校のクラス写真に名前が添付されてあり、遠藤浩次の横に、恵美トオルの名前があったのだ。

「そうなの?もう、その頃は、離婚していたから、浩次の友人なんて知らないわ!エンドウとエミなら、出席番号順も隣り合わせでしょうね……」

「高校は、別のようね?高校時代に山内拓也と知り合ったのかしら?何枚か、修学旅行の写真で一緒に写っているわ!」

高校時代にも、クラス写真に名前が添付されていて、浩次と拓也はクラスメートだったことがわかる。修学旅行のスナップにも数多くふたりが肩を並べて写っているから、親友だったようだ。

「あら?高校時代は、別の高校に通っていたはずのトオル君が、一緒に写っているわね?これは……、文化祭かな?何人かの集合写真があるわ!制服が違う生徒がいるから、きっと他校の生徒と交流している場面ね……」

そう言いながら、次のページに移る。

「あら?この眼鏡の高校生は、トオル君と同じ制服だわ……。あっ!こいつよ!やっと見つけたわ!何か写真の横にメモがあるわ……。ええっと……、トオルの従兄『透明人間』?どういう意味かしら……?」

アスカが見つけた数名の集合写真には、浩次、トオル、拓也と眼鏡の生徒、ほかに、女子高生が三人写っている。そのひとりが『嶋岡真湖』なのだが、アスカたちは知らない。美幸がその写真を覗き込んだ。

「これは、浩次の字だわ!ほら、ほかにも写真の横にメモ書きがあるわよ!先生らしい男性の横に『カバゴン』とか、女性の先生の横には、『タカ姫』とか……。きっと、あだ名ね!」

「じゃあ、この眼鏡の子は『透明人間』ってあだ名なの?本当に、このあと、消えてしまうような雰囲気ね……?間違いないわ!この子が成長したら、あの不思議な気配の大学生になってもおかしくないわ!」

と、アスカは確信して言った。そして、

「でも、名前がわからないわ……。今、何処にいるのかしら……?」

と、困惑した言葉を繋げたのだ。

「ここまでわかれば、簡単よ!一高の卒業生でN大生。例の『麻布探偵事務所』に頼めば、すぐよ!写真があるからね……」

「美幸さん、お願いできる……?」

「ええ、いいわよ!あんたには、弟の仇を討ってもらったんだから……。でも、仇じゃあなかったかもしれないの……」

「ええっ?どういう意味?」

「こんな手紙が届いたのよ」

そう言って、美幸はハンドバッグから白い封筒を取り出し、中の便箋を広げてアスカに差し出した。

定規で引いたような直線の文字が並んでいる。

『アオヤギモリオは生きている、タテヤマ◯◯ロッジにいる』

「青柳守男は生きている?あなたの弟が生きている、っていうこと?」

「そう言っているみたいね!住んでいる場所も書いてあるし……」

「あっ!そうだわ!」

「えっ!急にどうしたの?」

「先日、兄の療養所に、兄に面会をしにきた男がいたのよ!わたしがいなかった日のことで、後から、担当者に訊いたんだけど……。ふたりの男で、たぶん、同い年くらいの男よ!ひとりはヒゲヅラだったそうだから、雄大だと思う……」

「ええっ!じゃあ、もうひとりが守男だった、っていうの?」

「わからないわ!兄は、あんな状態だから、面会しても、ふたりが誰なのか覚えていないと思う……」

「でも、雄大と一緒に面会に来るなんて、守男以外考えられないわ!守男は生きている……!アスカ!あなた、守男も雄大と同じように、復讐の対象なの?」

「わたしの兄をあんな目にあわせたのが、守男だったらね……」


参拾四

「フーテン!守男って男はどうしてる?警察に行く気になっているのかい?」

テレパシーによる通信をリズは立山にいるはずのトラ猫に送っている。

「姉御!それが、雄大って男が殺されたことを知って、気が変わったようで……。どうも住処(やさ)を変えるようですぜ!」

リズの頭にフーテンの声が届いた。

「なるほど!雄大が殺されたのは、療養所で保森と面会した所為だと思っているんだね?バカだね!毒を仕込む時間を考えたら、その前に、雄大が生きていて、あの集会所にいることを知っていたに決まっているじゃないか……」

リズはなかなか名探偵ぶりを発揮している。彼女は、リサという『探偵助手』の役が『お気に召した』ようだ。

「それで、そっちは、どうなんで?アスカって女は、『透明人間』と守男のどっちを殺(や)るつもりなんです?」

と、フーテンがリズのほうの状況を確認する。

「守男を殺る気はないようだよ!美幸の弟だしね!それに守男が保森に謝りに来たことを知ったらしいからね……。守男が殺り損ねたのは、保森じゃあなくて、雄大だったんだ!だから、雄大ももう少し早く、謝りに来ていたら、死なずに済んだかもしれない、ね……」

リズは、美幸がアスカのアパートから帰った後も、アスカを監視続けていた。そして、時々、アスカの心の中を覗いていたのだ。覗かれている、と気づかれない程度にだが、それでも、アスカの心の揺れ動きははっきりとわかった。雄大を殺したことを後悔し始めていることも……。

「それじゃあ、『透明人間』を殺るつもりですかい?」

「ああ、その男は『山崎カヅオ』というそうだよ!探偵を雇って、すぐにわかったらしい。仕事を休んで、どうやら、リョウたちの住む街まで出張される様子なのさ」

雄大を殺したことは、後悔しているが、その犯行がバレることは、恐れているのだ。身勝手な考えだが、アスカは、兄を守らねばならない、使命感が溢れているのだ。自分が警察に捕まることは、兄の命も終わることだと思っている。守男を殺すことを諦めたのは、守男を殺せば、美幸が自分を告発することになるとわかっているからだ。犯行は『完全犯罪』でなければならないのだ……。

「へえ、そいつは、ゾロたちの街に居るんですかい?じゃあ、オイラも帰らないといけないので……?」

関係者が、同じ場所に集まることに、フーテンは驚く。

「そうだね!また、おまえの『牙』が必要になるかもしれないね!あたしは、悪党の手首なんかに、噛みつきたくないからね!穢れてしまいそうだからね!」

「まったく、人(猫)使いの激しい『探偵団』だぜ……!」


参拾五

「リズからの連絡で、アスカがこの街にやって来るそうね!『透明人間』の口封じのためらしいけど……、我々はどう対応するの?」

いつもの『ちゃぶ台』を囲んで、オトが政雄とリョウに尋ねた。

「探偵団の役目としたら、真澄さんの手紙を取り返すことが、依頼されたことだからね……。山崎カヅオは、山内拓也を殺した犯人だし、アスカは雄大を殺した犯人だ!どっちがどうなっても、我々には関係ない、気もするけど……」

と、政雄が曖昧な答えを言った。

「でも、カヅオは自分が拓也を殺した、って意識はないわよ!死体を始末しただけ……。しかも、あのトリックが、成功するかどうかは、やってみないとわからない、不確定要素があるのよ……。彼の仕業だとは、到底証明できないわ!」

政雄が北村刑事に依頼して、調査をした結果、トオルの従兄で、N大生、しかも、あの『さん・ふらわぁ号』の乗船名簿に『山崎一男』の名前があったのだ。だからオトたちは、山内拓也のナイフが刺さった死に至っていない身体を、微妙なバランスで船のデッキに乗せたのは、山崎カヅオだと断定している。だが、それを証明する、証拠も目撃者もいないのだ。警察には、知らせることもできない。

「アスカさんが雄大を殺したのは、兄の復讐……。こちらも犯行の証明は、まず不可能だろうね……。だから、これ以上の犯罪はヤメにしたほうが、ふたりのためだ、と思うんだけど……」

と、リョウが意見を述べた。

「ひとつ疑問なのは、美幸に守男が生きているって手紙を書いたのは、誰?ってことなのよ!」

「あれ?姉貴にそれがわからないの?」

「ええっ!リョウは知っているの?」

「簡単な推理さ!手紙を書いたのは、『山崎カヅオ』だよ!だって、リズがその手紙を書いた人物を、特定できないんだもの……。そんな人間は『透明人間』の彼だけだろ?」

「まあ!それは飛躍し過ぎる推理よ!手紙を書いたのが、今までの関係者の中にいる場合、という前提なら、正解だけど、例えば、『麻布探偵社』の誰か、とか……、N大の山岳部の誰かとか……」

「あり得ないね!それなら、筆跡を誤魔化す必要はないはずさ!」

「なるほど、リョウの言うとおりだ!手紙は山崎カヅオが書いたものだよ!」

と、政雄もリョウの推理に賛同する。

「でも、何のために、カヅオが美幸にそんな手紙を書くの?意味ないじゃない!」

「そこが、この事件を複雑にした原因なんだよ!彼の頭の中がどうなっているのか?わからないけど……、彼が『ミステリー・マニア』だってことが、関係しているような気がするな……」

「なるほど、オトと同じで、『ミステリーなら、こうなったほうが面白い!』って発想か……?」

「誰がそんな発想をするって!?わたしは『仮説』を推理する時にそう考えるだけで、実際に犯行には及ばないわよ!」

「ま、まあ、そうだけど……」

「姉貴!マサさんの推理は、的を得てるよ!カヅオは例のルミさんの『マーばあちゃんの事件簿』のトリックを使っている。自分とは関係ない、アスカさんに、雄大の居場所を教えている……。そして、今度は、美幸さんに守男の居場所を……。これは、あいつにとって、ゲームなんだよ!推理ゲームをしているんだよ!」

「じゃあ、アスカや美幸は、単なる、ゲームの駒なの?」

「アスカさんや美幸さんだけじゃなくて、真湖さんや、死んだ、拓也、浩次、トオルも、彼にとっては、ゲームの駒だったかもしれない、ね……」

「恐ろしい発想だわ……。でも、そんなゲームを考えて、何になるの?誰にも、ゲームをしていることなんて、わからないのよ!勝つか、負けるか、も、ないゲームなんてあるの?」

「わかる人間がいるのさ!自分の周りで、事件の渦が回っていることに……」

「それは、誰?」

「事件の依頼人!」

「ええっ!嶋岡真澄……?」

オトが驚きの声をあげた時、傍らの座布団に丸くなっていた白い子猫が、急に顔をあげ、耳を動かした。

「リョウ!サファイアから、テレパシーよ!その真澄のところに誰か来ているらしいの。ただ、距離が遠いのか、その人間が『男か女か?』さえ、わからないそうよ!」

「サファイアがわからない?それって、まさか……」

「透明人間……?」

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