夜の涙は知ってもらえない

土蛇 尚

同じ朝まで連れていって

私は彼の隣にいたい。


 夜の道路を静かに走る車内には私と彼しかいない。でも彼は前で運転していて私は一人後ろの席で暗い夜を眺めてる。若い男女が二人きりで夜をドライブしているのに変な構図。でもそれは当然で彼の仕事は私の運転手だから。彼は今仕事をしてるだけ。


 彼を見たくなって窓から視線を移す。私の席からは夜の暗さのせいで彼の表情を見ることはできない。今どんな顔をしているんだろう。

 きっと私が今してる緊張も抱えてる高揚もなく、いつもの仕事みたいにしてる。それでも、私は彼の隣からハンドルを握るその手を見れたらどんなに良いだろうと想像する。手の甲から伸びる、握る事で際立つ付け根の角張りを見れらたらとスカートの裾をぎゅっと握る。


 見えないからよくないんだ。見えないから想像してしまう。真夜中2人きりでドライブをしているのに何も見えない。


 対向車線から若いカップルの車が走ってくる。もちろん2人は隣あっていて、走り抜けるその一瞬だけ見えた表情は幸せそうだった。2人はこれから何処に行くんだろう。

 それが羨ましくてたまらない。私はこんな黒い高級車じゃなくて、ヘッドライトが可愛くて四角い小さい黄色の車が良い。それで私が運転してあげる。


 絶対叶わない願いだけど。


「お嬢様、もう帰らなくてはなりません」


 2人きりなのに一瞬私に言ったのだと気がつかなった。少しくらいよそ見して私に振り向いてくれたらいいのに。そんな事絶対しないだろうけど。

 彼の仕事は私の運転手で、その役目は私を安全に目的地まで送り届る事だから。


 帰るなんて嫌よ。私の行きたい場所に何処へでも連れて行ってくれるって言ったじゃない。だったら同じ朝まで連れて行ってよ。何処へでもって嘘だったの?


「お嬢様、また明日にしましょう。今日は帰らなくてはいけません。明日であれば何処へでもお連れします。お約束します」


 違う、分かってない。嘘ばっかり。


 何が怖いわけ?お父さんもお母さんもずっと家にいない。お金だけ与えて私を1人にする。私が夜をドライブしたいと言った時、それは自分の仕事ではないとキッパリ言えばよかったじゃない。


「承知いたしました」


 そう言ったのは自分でしょ。


 私がどれだけ勇気を振り絞ったかも知らないで、いつもと同じ様に後ろのドアを開けるものだからやっぱり彼は何も分かってなかった。彼が開けてくれるそのドアを無視して、前の席あなたの隣にいたいからって言う勇気まではなかった。ひどい人。


 私はあと少しだけ続く夜の道の中で静かに泣いた。


終わり

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夜の涙は知ってもらえない 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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