●愉快な帽子屋さん

さくらみお

●愉快な帽子屋さん


 いらっしゃいませ。お初にお目にかかります。わたくし、この帽子屋の主人をしていますマルコと申します。以後お見知りおきを。さあ、ご覧ください。当店のラインナップはいかがでしょうか。ほら、見渡す限り店内は帽子、帽子、帽子ばかり。このわたくしが世界を飛び回り目利きし厳選し、ありとあらゆる帽子を取り揃えたお店でございます。きっと、お客様がお気に召す帽子もある事でしょう。さて、どのような帽子をお求めでしょうか? お客様が今付けていらっしゃる焦げ茶の帽子も――ええ、ゴツゴツしていて、頑丈そうで、お客様にとてもお似合いでございます。――はい、黒いシックな帽子ですか? ええ、ええ、ございますよ。こちらの……シックゥで落ち着いた黒の毛皮の帽子はいかがでしょうか。一点ものですよ。お客様の素敵な黒いお召し物にぴったりでございます。――はい、気に入って頂けましたか。はい、お買い上げありがとうございます。お包み致しますね。ご自宅用で? ――ああ、プレゼント用でしたか。大変失礼いたしました。お客様にお似合いだったもので早合点してしまいました。よく見ればこちらの帽子は女性物でしたね。殿方のお客様には少々小さめでした。ラッピングはどのように? お任せですか? 承知致しました。では包装紙はこの汚れ一つない純白の包装紙を。リボンは情熱的な赤のサテンで。さっそくお包み致します。――お客様、当店のプレゼントボックスは少々大きめサイズ展開でのご提供となります。帽子との間に隙間が空いてしまいます。隙間に緩衝材を入れてもよろしいでしょうか? 当店は帽子を作る時に出る屑の部分を緩衝材にしています。とてもエコロジーでしょう?――ああ、それとお客様。当店の緩衝材はとても活きが良いのですが、よろしいでしょうか?――ええ、活きがいいのです。なんと、まだピチピチしてます。面白いでしょう? ああ、なにやら緩衝材が暴れていますが、なんとか押さえておきますね。静かになりました。臭いもきつくなりそうなので、消臭効果のあるハーブコロンを三振りしておきますね。さっさっさ。ああ、良い匂い。鼻がひん曲がりそうです。――さて、ラッピングも終了しました。お会計をさせて頂きます。本日は開店記念としまして無料プレゼントでございます。今後もこちらの……来店スタンプカードを30点集めればお好きな帽子を一つプレゼントです。どこかの国でやっていたお皿のプレゼントの真似でございます。――あ、お客様、大変申し訳ありません。ラッピングが不十分で、緩衝材の腕が一つはみ出してしまいました。只今お直ししますので、少々お待ちください。大丈夫。お客様のお時間を一分一秒無駄にする訳にはいきません。ちょうど此処に……切れ味の良いのこぎりが無造作に転がっていますので、これでちょちょいと切ってしまいます。ちょちょいっと。ほら、あっという間に切れました。危ない危ない。せっかくのプレゼントが台無しになる所でした。まさにヒヤリ・ハットでしたね。ぷっ……くくくくく。――あっ、切った所が赤く滲んでしまいました。大変申し訳ありません。純白の包装紙が一部分だけ赤く染まってしまいました。どうしましょう。いっそのこと、純白の包装紙を赤く塗り潰しても大丈夫でしょうか? ええ、此処にちょうど、熟れたトマトっぽいものがありまして。ええ、ええ、ご心配なく。新鮮ですよ。お待ち頂く間に召し上がります? え、お腹いっぱい? 胸もいっぱい? では、私が頂きます。美味でございます。――あっ、しまった。包装紙を塗りつぶすのに少しだけトマトの量が足りません。わたくしが食べてしまったからですね。え? このままで良いと? そうはいきません。貴方様は当店初めてのお客様。最善のおもてなしをお約束致します。そうだ。隣に住むゼン婆さんにお手伝い頂きましょう。ゼン婆さんは、一昨日呼吸をしなくなりましたが、今でも帽子を叩くと穴という穴からトマトジュースが出たりするんですよっ。……ぶっ……。ぶぷふーっ。 ぶへ、あへ、ふひ、ぶへへへ、ぐひゃぐひゃ、ひーっひっひ……。面白いですねぇ。え、面白くない? 大変失礼致しました。帽子屋だけが笑える帽子ジョークでしたね。――本当にこのままで良いのですか? ゼン婆さんが気に入らないのであれば、他の物で二、三見繕って来ますが?――――はい? 怖い? わたくしが怖いと? 何故です? わたくし、こーんなに可愛らしいのに? ほら、私の帽子の奥、見てください。このぱっちりくりくりのお目々。以前に被っていた帽子に付いていたお目々なんですよ。とても気に入っていて、一日に147回は水洗いしています。乾燥すると、ほら、カピカピになってしまうでしょう? 今もほら、水槽でじゃぶじゃぶしていますでしょ? ほらほら、お魚さん達もお目々をツンツンしていますね〜。とっても可愛いですね〜。ツンツーン、ツンツーンって♪……ってえ、気安くわたくしのお目々ツンツンするんじゃねえっっ!!!!!!……え? 今の帽子のお目々ですか? そこのポチが頭のてっぺんに付けていますよ。ふふふ、くまさんみたいで可愛いでしょう? ポチは自慢のヘッドです。――さあ、ラッピングのお直しも完了しました。お受け取りください! え? その必要はない?――実は任務として、わたくしの仕事内容を見に来ただけ……ですって?! ま゛ああああああああああああああああああああああああああ゛っ!!!! あ、貴方、この国の憲兵ですって?! だから、そんなカッチカチ、ゴッテゴテの帽子だったのですか!…………まさか、わたくしを捕まえに来たとでも? 冗談は帽子だけになさい。わたくしのどこが罪を犯しています?? このお店? 緩衝材? 鋸? トマト? 隣のゼン婆さん? ポチ? ハッキリと言いなさい! わたくし、帽子屋になる前はチョイとばかしヤンチャをしていたのは認めましょう。腐っていた時期もありました。しかし、今は更生し、全うに働いているんですよ?! 同胞のポチと出会って、共に全うに生きようと決めたのです! わたくし、ずっと自分の体に違和感がありました。スラッとした手と足が二本ずつ、メリハリのある壷型ボディ。そして、ボディのてっぺんにある大きな吸盤っ!! なぜ、わたくしの体のてっぺんには吸盤がついているのかって? そんなこと、わたくしだって知りゃしませんよ!! でもずっとずっと! コンプレックスでしたぁああああ!! だって、みっともないじゃないですかぁああああ! 体の先端にこんなあられもない吸盤が赤裸々についているなんて! ひぃいいいいいぃ!! しかも15センチ大のが一つ。いやぁぁあああ、もうっ、大きいっ、大きいったらありゃしない! だから吸盤にくっつく帽子があったらいいのになあ〜って、わたくし思っていたんですよ。帽子があったら、この吸盤にくっつけてみたいなあ〜〜って! 飽くなき知的好奇心! 尽きることない探求心、ですよ! 憲兵さんだって、吸盤が恥ずかしいから帽子を被っているのでしょう!?――――ええっ、憲兵さんは体の先端に吸盤ないんですか??……本当ですか? でも憲兵さん、その帽子……え、オリジナル?――そうでしたか。取り外し不可ですか。この星の人々はわたくしと同じだと、同胞だと思っていましたが……違うのですね。この星の人々前の方々と同じですか。……取り乱してしまい大変申し訳ありませんでした。ええ、ええ、もう話を湾曲させて罪を先延ばすのは止めましょう。それで憲兵さん、わたくしの罪とは一体なんなのでしょうか?――――え? なんと? ああっ、そうでしたか!! いやあ、わたくしってば、早とちりしていました。わたくし、英雄ですか! 勲章モノですか! なるほど、わたくしが集めた帽子達、貴方たちにとっても要らないモノだったのですね。わたくし、その星に在るありとあらゆる「帽子」を取ってきましたからね。きっとあの青い星にはもう一つも帽子なんて残っていませんよ。えへん。なんと、国王様は当店の帽子をご所望なんですか。もうてっぺんに帽子がくっついているのに、帽子をくっつけるなんて、この星の国王様もとても酔狂……いえ、ユニークですね! 気が狂うほど気が合いそうです。はい、それでは、明日までに国王様に見合う最高の帽子をいくつか取り揃えておきます! では、本日はご来店頂き、ありがとうございました!





















 ――ああ、ポチ、またしても良い星に辿り着きましたね。前の青い星よりも、もっともっと能天気で馬鹿ばかりの様です。楽しみですね。この赤い星でもたくさん、たくさん、たぁくさん、帽子を作りましょう。そして、早くわたくしにしっくりくる帽子とポチのお洋服を見つけましょうね。……もし、それらが見つかれば、わたくしたちは異端じゃない。わたくしたちはずっとずっと憧れていた「人間」になれるのですよ。もう欠けているとか、不完全な奴だなんて言わせない。頭がないのに頭がおかしい奴だなんて言わせない。遠く、もう名も忘れた故郷でわたくしを狂った帽子屋と罵った者たち、見ていなさい。わたくしは自分にぴったりの帽子が見つかれば、完璧な人間になれる。欠けていたモノが見つかればわたくしは心から満たされて、全うになれる。優しく慈愛に満ちた人間になれる。誰よりも! 貴方達よりも!! ああ、成りたい、成りたい、成りたいっ。わたくしは完全な人間に成りたい。

――ただ、それだけなんですよ。

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