銀の旅団③

 断滅ノ賢者……か。そのあだ名を聞くのは随分と久しぶりだ。

 黒髪のカインの後期メンバーである幼い少女の二つ名であり、不名誉の醜名しゅうめい


 と、思っているのはごく僅かで、ガモウ達はそういう意味で言っているわけではないだろう。

 彼女が魔法を使った時、その場には雑草ひとつ残らない。恐ろしくもありながら、黒髪のカインを伝説に押し上げた最強の魔導士であり、伝説の賢者。そういう事だろう。


 だけど、どうしてそれを知っている。

 いや、何故それが――。


「私だと分かったんです?」


 そう。断滅ノ賢者とは私の事だ。

 約十年前、黒髪の勇者カインと共に魔王軍と戦った幼い賢者とは……私の事なのだ。


 別に隠していたわけではない。どちらにせよ、皆気付かないと思っていた。

 私に全盛期の力はない。いや、出せないのだから。


 それにしても驚いた。どこで気付いたのだろう。

 私はそれをガモウに聞いた。


「……『滅竜魔法』。儂の知る中でこの魔法を使える人間はひとりしかいない」


 滅竜魔法。私が蛮竜の力を使って死人騎士を吹き飛ばした時か。


(そうか……、見られていたのか)


 てっきりあの場にはロジャーだけだったので大丈夫かなと思ったのだが、まさか見られていたなんて。迂闊だった。


「……世界を救った英雄に無知とはいえ、弓を引いたのだ。アイサイトの代わりに謝らせてほしい」

「い、いや、別に謝らなくても――⁉」


 本当に謝る事ではない。私はアイサイトに弓を引かれた事なんてこれぽっちも気にしていないのだ。

 

 ただ、狂気を嗅ぎ分けた鼻と私を見た時の眼。あれが気になってしょうがなかった。

 私の秘密が。約十年間隠し通してきた私の禁秘を覗かれたと思っただけなのだ。


「――本当に気にしていないので! っね、ガモウさん!」

「……そうか。それなら助かる」


 ガモウに気を使わせたくないため、私は今出来る精一杯の笑顔を作る。これ以上何も悟られないように、偽りの笑顔で。


 ――――――――――


 それから少しの間ガモウとお喋りをして、とんでもカフェを後にした。

 内容はお互いの昔話。どんな所に行ったか、どんな宝を拾ったか、どんな魔物と出会ったか。そんな話で少しだけ盛り上がった。


 こんな話をお互い理解出来る人間は中々いない。冒険者であるガモウだから、長年世界を周っている彼だからこそ会話になる。

 ここまでコアな話が出来るのはロイド、アステリアのバーのマスターぐらいしかいなかったので久しぶりに楽しかった。


 それでもガモウは何で私のような人間がここにいるのか、そんな野暮な事は一切聞かなかった。

 有難い。彼なりの気遣いなのか、興味がなかったのかは知らないけれど。


 時間があればもっと話したかったのだが、そろそろ町を出る時間らしいのでここでお別れである。

 私は町の出入り口付近までガモウを見送る事にした。


「……ではな」

「はい。ガモウさんもお元気で」


 本来口数が少ないガモウらしい別れの言葉。

 彼はそう言うと荷物も持ち、後ろを向いて歩きだした。


「……生きづらい世の中になったな」


 ガモウは振り向く事なく首を人差し指でトントンッと叩く。


「あっ……」


 何でもお見通しってわけか。

 ガモウは結局最後の最後まで私がここにいる事、いつから気付いていたのかこの首輪の事を聞かなかった。


 あくまで自分は冒険者。他人の過去には触れない。

 まるでそう語るかのように、ガモウはあっさりと町から出て行ってしまった。


「あら? もしかして……先生?」


 面白い爺さんだったな、と思ったのも束の間。私は誰かから声を掛けられた。

 先生イコール私。だとちょっと買いかぶりな気がするが、この場において先生なんて私ぐらいだろう。そう思い、声の聞こえた方へ私は振り向いた。


「ウソォ! そんなわけないかなぁーって思ってたけど、本当にルフラン先生じゃない!」


 編み込みの入った銀髪のポニーテール。宝石のような深紅の瞳。凛々しく整った、育ちの良さそうな顔立ち。そして彼女を象徴する大きな白いコートは、シンプルながらも存在感を感じさせる。

 そして一番の特徴が、頭に生えた獣のような角だ。正確には後頭部付近に生えている二本の角。あれは角だ、と言わなければ初見で髪飾りか何かと勘違いしそうな、そんな中途半端な所に生えているのだ。


 その角の理由は、彼女が獣人の血を引いているに他ならない。

 しかし、それこそが私が知っている彼女であり、私の元教え子の姿なのだ。


「お久しぶりね、先生」

「シュウ⁉ ……驚いたな。いや、今は『銀の旅団』団長・司銀しぎんのシュウさん……だっけ」


「フフッ。シュウさんなんて……、今まで通りシュウって呼んでちょうだい。私と先生の仲じゃない」

「そうだね。ありがとう」


 彼女の名前はシュウ・アラガネ。二年前にアステリア魔法学院を首席で卒業した、混血派の中でも超エリートなアラガネ家の一人娘である。

 教え子……というには教えた日数が一年ぐらいのため、表現としては些かオーバーなのかもしれない。彼女は学院内で優秀な成績を修めていたものの、その熱誠の性格から予備校にまで通う努力家だったのだ。


 何でこんな優秀な子が……、と当時疑問に思ったが、彼女は他の生徒とは違う底知れぬ熱意というものを持って臨んでいた。

 炎というか、マグマというか。触ったら火傷しそうな、稀に見る外見からは想像できない熱血女子、と表現するのが正しいのかもしれない。


 そんな熱い彼女は、私から積極的に魔法を学んだ。

 

 エコヒイキ。

 と、言うと語弊が生まれそうだが、それぐらい私は彼女の熱意にやられていたのだ。いや、答えないといけないと思っていた。だって、私は教師なのだ。教えてと言ったら教えてあげるのが務めである。


 考えてもみてほしい。私の配属された勤務場所は予備校だ。アステリア魔法学院の予備の学校なのだ。

 そんな所に来る学生といったら、学院内で成績があまり良くない生徒か、あらかた授業中に居眠りばかりしている愚か者ぐらいなのだ。


 勿論、真面目の子だっている。だけど、多くはない。

 予備校にまでお金を使える裕福な家庭の人間は、家柄というだけで結果的に卒業出来るのが分かっているからだ。


 彼女は卒業と共に自分の旅団を結成した。それが銀の旅団である。

 本来優秀な卒業生はエリート集団のパーティーに入るのが通例なのだが、彼女は自分でイチから組織を作ったのだ。


 異例だった。世界の右左も分からない、ちょっと前まで生徒だった女の子が自分の旅団を結成したのだ。優秀な生徒を取り込みたい他のグループからしてみれば喧嘩を売られているようなものだったのだ。


 しかし、彼女は持ち前の熱血根性とセンスでここまでのし上がった。生き残った。

 銀の旅団。結成から僅か二年しか経たないルーキー集団ではあるが、その名前は世界に新たな一ページを刻んだ。

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断滅ノ賢者 髭猫Lv.1 @higeneko-lv1

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