銀の旅団②

「礼……ですか?」

「……ああ」


 ガモウは頷きながら角砂糖が入った容器に手を伸ばす。

 すると、一個、二個、三個とホットココアに角砂糖を入れ始めた。


 マジか、この男。既に甘い物を更に甘くするなんて……。

 と、驚きたい所だったが既に色んな意味で驚いていたため、私はすんなりとアイスコーヒーのグラスに口を付ける事が出来た。


「……儂みたいな爺さんがひとりで入るのにはちと勇気がいるからな」

「ブ――――!」


 私は口に含んだアイスコーヒーを外に吐き出す。

 ガモウは少し驚いた様子で、マドラーを動かしていた手を止めた。


「……そのままだと苦いだろ。ガムシロップならそこにある」

「ゲホッゲホッ! ――そ、そ、そうでふね……。ププッ……、し、失礼しまふた……」


 いや、コーヒーが苦いとかガムシロップを入れていないとかはどうでもいい。

 このガモウという男、口では「いやらしかームッチムチプリン」とか言っておきながら店に入るのは恥ずかしいと言うのか。


 寧ろ逆じゃないのかとツッコミたくなるが、本人は表情ひとつ変えずに再度マドラーを持った手をクルクルと回すため、何とも言えない空気が私の笑いのツボをキュッっと締め付ける。

 あれ? 私、間違ってないよね?


「ガモウさん、今までこの店にはどうやって入ってたんですか⁉ 私は流れのまま一緒に入店しちゃいましたけど、こういうお店って結構人を選ぶっていうか……」


 と、質問する私に対し、ガモウはひと口ココアを飲み、カップを置いた。


「……馬車でも話したが、儂は放浪の僧侶。固定メンバーや地元仲間との交流もほとんどない。そんな奴が人を連れるなど、方法はひとつだけ。奢ってやると言えば反応は悪くない。それに結構楽しんでいる奴もいるしな」

 

 と、ガモウは淡々と語る。要は奢る事をダシに使って、ひとりで入らない口実を作っている。

 決してその行為がダサいとか、男らしくないとか全く思っていない。ひとつの常套手段であり、自分なりのコミュニケーションのひとつなのだと語る姿に、どこか勇ましさを感じざる得ないのだった。


 じゃあ、私もそのために使われたわけか。


(それなら男であるロジャーにすればいいのに)


 そう思ったが、今ロジャーは宿舎で寝ている。町中にいるわけがないのだ。

 やれやれと大きくため息をつく私。こんな事ならもっと本を読んでいたかった。


「……それに礼はもうひとつある」


 まだあるのか。

 プリンが美味しかったとか。いや、それはまだ来てないから違うか。


「……アイサイトの事だ」

「アイサイト?」


 そうだ。何か違和感を感じると思ったが、ここにはアイサイトがいないのだ。

 知り合いということでしばらくは一緒にいるとばかり思っていたのだが。


 それなら私じゃなくてアイサイトと一緒に来ればよかったのに、と私は思う。


「彼と……、アイサイトと一緒にカフェへ来るのが良かったのでは?」

「……奴はあの後すぐにこの町を出たよ。何でもやらないといけない事が出来たとか」


「ふーん」


 それは少しだけ朗報だった。

 別に苦手というわけではないが、あの一件以来、私は馬車の中でもアイサイトと会話すらしなかった。まぁ出来る状況でもないか。


 おかげで宿舎では念入りに自分の顔を鏡で確認してしまう羽目になった。あんな顔されたら流石にちょっと不安だったから。


「お待たせしましたー!」


 遂に来た。

 通常のプリンの何倍もありそうな大きさに、ブリンブリンッと揺れる姿はとても張りがありそうだ。確かにムッチムチである。


 ただ、普通のプリンと違うのは形が半円という事だ。定番の円錐台ではない。

 大量のカラメルソースとホイップクリームやチェリーで誤魔化しているが、それは立派な女性の胸部をイメージしたプリンだということはハッキリと分かった。


 確かにいやらしい。いやらしかーである。

 でも、そんな事は気にしていないように「いただきます」と言い、普通にプリンを食べだすガモウ。


 いつもの顔で、無表情で、プリンにスプーンを入れる。

 持って来た店員が「美味しくなる魔法をかけましょうか?」と言っていたが、丁重に断っていた。本当にプリンだけが食べたかったのか。


 ちなみに美味しくなる魔法というのはガセだ。新聞に騙された奴の記事が書いてあったのを思い出す。

 そんな魔法があったら、今頃騒ぎとなっている。風邪の特効薬を見つけるぐらいの大騒ぎとなるだろう。


 ……。

 …………。


(ん? え? これってどういう状況?)


 冷静に考える。

 私は今、目の前で胸部型のプリンを目の当たりにしているわけだが、これは何かのメッセージなのだろうか。


 セクハラ。これは新たなセクハラなのだろうか。

 アステリアで知り合いの女性講師が男性から言葉責めを受けた言っていたが、これが噂に聞く直接型セクハラではなく、間接型セクハラではないだろうか。


 と仮定すると、ガモウは私の胸部に興味がある、という事なのだろうか。

 この食べているプリン同様、お前の胸部を食べさせろと言っているのだろうか。


 だとしたら、もの凄い観察眼だ。

 私はこう見えて、自分で言うのもなんだが着痩するタイプである。


 見た目は普通、大体女性の平均と思われる事が多いのだが、脱ぐとまぁまぁ、本当に自分で言うのなんだが結構大きい部類なのだ。

 それを分かっていながらわざわざセクハラまがいのプリンを私の前で食べているのか。


 コイツ、見た目によらず大した男だ。ただのセクハラオヤジではない。

 儂はお前の正体(胸部)を見破っているぞ、と伝えたいのだろう。


 ふぅー、危ない危ない。

 ガモウという男を口数の少ない、ただの僧侶で終わらせる所だった。


 よくよく考えたらそうだ。こんな所に女である私を連れて来た時点でそういう目的があるのは明確じゃないか。

 それにこんな卑猥なプリンを私の前で頼むなんて。意図が丸わかりだ。


(フフフ、残念だったなガモウ。私にはそのような低俗の辱めは通用しないぞ)


 などと思っていると、ガモウは巨大なプリンを食べ終えてしまった。

 ナプキンで綺麗に口元を拭き、「ごちそうさま」と軽く呟く。


(もう食べ終わった……)


 いやらしいプリンを使った低俗の辱めだと思っていたのに随分とあっさり、そして本人は満足そうに終わってしまった。

 そして……。


「……あーすまない、アイサイトの件だったな」


 と、話をあっさり戻した。まるで私の考えが無意味だったかのように。

 そして、頭を下げる。何に詫びを入れているのかわからないが、深々と頭を下げるガモウ。


(やめてくれ……)

 

 頭を下げたいのは私のほうだ。ガモウをセクハラオヤジと一方的に決めつけていた私が本来頭を下げるべきなのだ。

 私は形では示さなかったが、心の中でガモウへ必死に謝った。


「ハハハ……。やだなぁ、頭なんか下げて。どうしたんですか?」


 罪悪感で胃がキリキリする。私は半分真っ青になりながらガモウに頭を下げる理由を問う。


「……知らなかったとはいえ、あまりにも無礼すぎた。黒髪のカインのメンバーにして最強の魔導士。『断滅ノ賢者』よ」

「――――っ!」

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