第十話 銀の旅団①

 私達は半日かけてパトロラに帰還すると、さっそく集会所へ出向き、報酬金を受け取った。

 結局行方不明者全員とはいかなかったが、事が事だっただけに追加報酬としてかなりのお金を優遇して貰えた。おかげで路銀にはしばらく困らないだろう。本も沢山買えそうだ。


「じゃーな」

「うん、世話になったよ。ふたり共ありがとう」


 集会所の入り口でアイサイトとガモウに別れの挨拶を交わす。

 短かったとはいえ、即席パーティーとはここで解散だ。


「それにルフラン……。すまなかった、疑ってしまって……」

「ハハッ、まだ言っているのか。私は気にしてないから大丈夫だよ」


「いや、それじゃあ僕の気が済まない。何でも言ってくれ! このお金だってキミに全部上げたっていいよ!」


 馬車に戻ってからずっとこんな感じなのだ。どうやら私から嫌な臭いが消えたらしい。

 断っておくが、別に私の身体が臭いわけではない。悪魔の臭いの話だ。


「おっ気前が良いじゃねーか。貰っておけよ」

「鬼かお前は! わかったよ。今度会った時美味しいスイーツでも奢ってくれ。それで良いよ」


 ロジャーの血も涙もないセリフにツッコミながら、アイサイトにそう提案する私。彼もそれで納得してくれた。


 私達は最後の挨拶を済ませると、その場で解散し、エルク達の待つ宿舎へ戻った。


 ――――――――――


 宿舎に戻るなり風呂に入り、新しい服に着替え、念入りに鏡で自分の顔を確認し、出かける準備をする。

 というのも、今エルクとハルは出かけているようだ。


 置手紙の内容だと、どうやら依頼を一緒に受けた人達と友達になったようで、今から町を一緒に回るそうだ。


「友達……か。アステリアじゃまともな友達が出来なかったからな、エルクは」


 学院一の落ちこぼれ。

 純血でもない、混血でもない、遠い国から連れて来られた少年。よそ者というレッテルはエルクに友人すら与える事を許さなかったのだ。酷い話である。


 アステリアはああ見えて他国からの移民に対してかなり厳しい。いや、厳しくなったが正しいのか。


 アステリアは今、純血派と混血派との間で揉めていて内政がボロボロなのだ。

 純血による本来あるべきの国を造りたい側と、異国の才を交える事でより高みを目指す側の混合政治。それが今のアステリアだ。


 国内がそんな感じにごちゃごちゃしているため、エルクのようなアステリアと縁もゆかりもない人間に対しての対応はお粗末なのだ。


 だが、そんなエルクに友達が出来たとは非常に喜ばしい事だ。どんな友達なのだろう、やっぱり歳が近い男の子だろうか。

 そんな想像をしながら、私は寝ているロジャーを残して町に繰り出す。


 ――――――――――


「ほー、これはこれは……」


 などと老人が呟きそうなセリフを吐きながら、ペラリッと本のページ一枚、更に一枚と捲る。

 横には大量の本を山積みにし、新たな本に手を伸ばす。


 私が今立ち寄っているのは露店の本屋だ。この町にも本屋は存在するのだが、魔導書となると別。町民に聞いたところ、ここに行き付いた。

 最低限ホコリは取ってあるが、管理は雑である。所々汚れているし、店主のマグカップの下敷きになっている本もある。可哀そうだ。


 そんな誰も立ち寄らなさそうなみすぼらしい店なのだが、これが中々私の心に刺さる物ばかりだった。

 騎士の国であるエルゴエハール領内では大した本など見つからないと思っていたが、ところがどっこいそんな事はない。


 寧ろアステリアでは中々お目にかかれない本が多く、私にとっては天国でしかなかった。


「本に国境など存在しない。素晴らしいじゃないか、エヘヘ……」


 と、周りがドン引きするような気持ち悪い笑顔になっていた所に誰かが私の肩をトントンッと叩く。

 ん? と振り向く私。


「……何をしている?」


 ガモウだ。

 これから出発するつもりなのか、背中には旅の荷物を積んでいる。


「あれ、ガモウさん? どうしたんですかこんな所で」

「……ただの買い出しだ。お前こそ、ここで何をしているんだ?」


「えっと……、ちょっと買う本を吟味中でして。ここの古本が中々曲者揃いでしてね――」


 ちょっと? と、聞き直すガモウ。

 私は店主の顔を見るようにガモウに言われた。


 そこには腕を組み、人差し指で腕をトントンッと叩き、いかにも困った表情をしている店主がいた。

 私は何故店主の表情がこんなになっているのかわからなかった。


「……ルフラン、お前いつからここにいるんだ?」

「え? ついさっきですけど」


 頭から転げる店主。そして少し怒った口調で「嘘つけ!」と。

 店主曰く、私は三時間前からここで本を読んでいるらしい。確かに太陽の位置が大分変っている。


 冷やかしなら帰れと言ったらしいが、私は「多分買うから」とそんな冷ややかな言葉を受け流し、ここに留まり続けている……らしいのだ。


 そんな事言った記憶など全然ない。

 いやぁ本の魅力とは恐ろしいものだ。


「……まぁいい。暇なら休憩がてら付き合ってくれんか?奢るぞ」

「?」


 いったい何だろう。それに奢るとは?

 別段これといった用事があるわけではないので、私はガモウの休憩に付き合う事とした。


 連れて行かれたのは『カフェ ア・ラ・モード』というお店。鉱山の町中にしては小洒落た外観に、若い女性の店員が多い。

 更に特徴的なのが、皆メイド服を着ているという点だ。スカートの長さは太もも付近まで短くなっており、私の中のメイドとは一見変わった雰囲気を演出している。オーナーの趣味なのだろうか。


 何でこんなお店をチョイスしたのかは置いといて、私達は空席に座る。

 すると直ぐに店員が来てオーダーを取り始めた。


 私は間食をするタイプではないため、メイドの店員にアイスコーヒーだけを注文する。ガモウも既に決まっているらしく、私の次に注文するのだった。


「……儂はホットココアと、このパトロラ限定『特注鉄バケツで作った、いやらしかームッチムチプリン』を頼む」


 ネーミングにも驚いたが、ガモウが言うと不思議といやらしい感じなかった。

 何というか手慣れている感じ。そう、迷いがない分逞しく見える。


 これをエルクが注文したらどうだろう。

 なんだかんだスケベな所はあるが、きっと赤面しながらまともに注文出来なさそうだ。


 ロジャーは……考えるまでなさそうだ。


「……コーヒーだけで本当に良かったのか?」

「ええ、まぁ……」


 注文を終えると、ガモウはメニュー表をテーブルの端に戻す。


「……儂はな、甘党なんだ」

「そう……なんですね……」


 分かっている。ココアとプリンを同時に頼むなんて甘党ぐらいだ。

 問題はそこではない。


 このガモウという男、全く店員を見ていなかった。

 ミニスカートでメイド服の店員を見ずに注文していたのだ。


 こんな特殊な店に入るぐらいだ、てっきり若い可愛い女の子が好きなのだと思っていたのだが。

 もしかして恥ずかしくて目を合わせられなかった、とかだろうか。そうだとしたら意外と可愛い所があるじゃないか。お爺さんだけど。


「でもカフェなら他にもありましたよ」

「……ここのホットココアとプリンが好物でな」


 そ、そうなんだ。そんなに美味しいのか、ここのホットココアとプリンは。

 未だにガモウの意図が分からずにいると、店員がアイスコーヒーとホットココアを先に持って来た。


「……先ずは礼を言わんとな」


 と、ガモウが言った。

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