1-3)半端な完璧
「使用中」
それは、村山の言うのろいやまじないに基づいているのだろうか。推察を確認するため繰り返した鬼塚に、村山は頷いた。
「簡単に言うと、ご遺体が何故作られてしまったのか探る感じです。とはいえいわゆる凶器の特定とかそういうのとは違いますけど――まあ、場合によってはそれが分かることもありますが副産物ですね。たとえばなんですけど、
確かに、事件が終わりなのか始まりなのか変わってくる。鬼塚が頷くのを後ろから確認した村山は、私の仕事はそこなんです、と続けた。
「とにかく終わってしまっていればあとは皆さんの調査に任せられますが、むしろこれから広まるためなら危険なので確認して場合によっては対応するのがこちらの仕事でして。そうすると儀式をまず推察する必要も出るんですよね。だいたいこの儀式って手順があることが多いです。あちら側からの一方通行みたいなものなら別ですが、その場合はだいたい人に結果が出ている時点で終わっていますし、そうじゃないなら手順がありますから――そして人間があちら側を求めた結果だったら、求めるための手順を追うことが出来る」
村山の発言は抽象的で、今の鬼塚にはやや理解はしきれないところがある。とはいえ、想像が出来ないわけでもない。
鬼塚が特捜室に配属された時、簡単な話は天道から聞いている。オカルトと言っても完全に法則がないようなものは単純に災害で、いくら警察でも対応が難しい。天道たちの部署は、あくまで人を対象とした特別捜査室である。そういう話から推察するに、特視研のほうでもやはり人の手順を確認するという意味があるのだろう。
「今回の件は正直人体に影響が出すぎていて、解剖立ち合いでまた情報が変わるかもしれませんが……とりあえず、先ほど見た時点でわかるのは、被害者の体は芽吹くために使われたという結果です」
芽吹くため。その強烈な単語に、先ほどの事件現場が鮮明に浮かぶ。まるで芽吹いたというような眼球は確かにその言葉が似合っていて、しかしだからこそ異質だった。
「瞼が折りたたまれていましたが、固定した跡は見えませんでした。ここは解剖の結果待ちですが、多分そんなに見当違いでも無いでしょう。現場でも言ったとおり視神経が露出していましたが、それがまるで木の枝のように伸び固まっていました。その先のものも、被害者の体の部位を使ってあの眼球を芽吹かせた、としか見えないものです。あれは、半端な完璧でしたね」
「ふぅん」
天道の相槌は納得したともしていないともとれるような曖昧さだった。単純に、話を促す相槌以上の意味を持たせないだけだったのかもしれない。ええ、と頷いた村山に、鬼塚はぽかりと浮かんだ言葉を転がす。
「半端な完璧、とはなんでしょうか」
馴染まない言葉は、純然とした疑問でもあった。村山は鬼塚の所作が運転から外れ切っていないのを確認すると、軽く口元に指をあてた。曲げた人差し指を唇の下あたりに宛てる所作は伏せた視線も相まって、村山が思考に沈んだのを見せる。
とはいえ後ろを向かない鬼塚はそれを確認することはできないが、しかし村山の思考を遮るような言葉を続けることはなかった。
「ううんと、今はあんまり鮮明に思い出そうとしないでほしいんですけれど」
口元から手を離して、村山は顔を上げた。思い出すものについての言及はないが、今はという言葉は運転に集中することを促すためにあるのだろう。「はい」と短く答える鬼塚に、村山は浅く頷く。
「あのご遺体の中で、眼球はあまりにそのままの形で有りました。視神経とか、支えているものはねじ曲がっていますし、瞼もああでしたが――眼球自体はそのままそこにあった。倒れたご遺体も仰向けで、かつ自分で引っ掻いたような跡がない。殺された形跡はないけれども、眼球が飛び出る時に生きていたにしてはあまりにも、そうですね……土壌でしかなかったかのように、体全てが眼球を支えるために有りました。被害者の方に配慮ない言葉を敢えて選ぶなら、美しすぎるくらい完成されていた、と言えます。まるでその形が正しいとでもいうように、すべて、眼球を芽吹かせるためだけに完成していた」
非道な話だ。人というものがあの悍ましい光景を作るためだけにあったような現場、ともいえるような発言に、鬼塚の表情が険しくなる。村山の少し長い呼気が車内に響いた。
「まるでオブジェクトのように作られたあのご遺体の中、眼球に感じた印象は熟した果実です。故に完璧で、半端でした。果実はなんのために実るのか、という話ですよ」
「収穫者がいない、そのくせクロじゃなくシロって話か」
なるほどね、と天道が言葉を続ける。村山は考えるようにつま先で三度床を叩いた。
「人が行う儀式ってのは目的があるものです。なにかを鎮めるためでも、自分の願いを叶えるものでも、どんなものでも意図がある。だから当然、儀式によってなされる結果を得ようとする人間もいるんです。殺すためだとか、愉快犯だとかそういうケースもあるので一概に言えませんが……儀式が中途半端なら、流石に私もそう見れるはずなんですけどね。終わっていた完璧。それでいて、儀式の結果を得たような跡がないから半端なんです」
手を組みなおした村山が、その手をぐいと伸ばした。膝上で止まったそれは、そのままの流れで彼女の膝を掴む。
「
家の中じゃないんですよ、と村山が言葉を続ける。なるほどね、と先ほどと同じような調子で同じ言葉を繰り返した天道は、しかし先ほどとは違い腕を組んだ。
「可能性で見るなら、完璧な状態を見てもらいたがった布教者か。熟れた果実は副産物。……とはいえ勿体ないとは思うな。俺が犯人なら一石二鳥でそれもとる。ただただ見てもらいたがった結果の、半端な完璧か」
「今回のは、ここから
書類出たら改めてお喋りしましょーね、と言う村山の声は明るい。最初に言った話半分、という考え方からだろう。鬼塚へのフォローも含まれた言葉に、鬼塚は素直に頷いた。
「よろしくお願いします」
「お願いされまぁす。いやあいいですねぇ、新人の方は一等真面目で」
からからと村山が笑う。一度話題に出た幸福の芽についてあっさり流れたのは、それで十分だったのかそれとも鬼塚を気遣ったものかはわからない。ただ、聞くならその検案書の時だろうと考え、鬼塚は心内でメモを取った。
「その言い方だと俺が真面目じゃないみたいだな」
にや、と笑う物言いはからかうためだけだろう。険のない天道の言葉に、そんなことないですよおと返す村山の語調は軽い。
「天道さんたちが真面目なのは知っていますが、ちょっと話しただけでもすごく丁寧な方だな思っちゃっただけです。ああ、そうすると新人関係ないですね。鬼塚さんが一等真面目で丁寧な方ってだけか」
純然とした称賛は有難いが、しかしどう答えればいいかわからず鬼塚は黙すしかなかった。先ほどの会話よりも落ち着かない。一応二十七であるしまったくの新人ではないのだが、それは当然わかっているだろうし言う事でもないだろう。という程度の判断しかできない。六つ年上である天道よりも年上にみられやすい、新入り扱いをされづらい鬼塚にとって村山の言葉は少し未知でもあった。同じ部署ならまだしも、そうでない女性からの真っすぐな言葉にうまく返せるような機転も、鬼塚には難しい。
「……有難うございます」
結局静かに返すしかできなかった鬼塚に、どういたしまして、と村山は明るく返した。
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