「成人式」なんていくもんか

碧月 葉

成人式なんていくもんか

「葉ちゃんの時の成人式ってどんなだったの?」


「あ、ごめん。行ってないから分かんない」


 そう答えると大抵驚かれる。

 そして「何で?」の問いに「着物が高くてもったいなかったから」と答えると若干引かれる。


 私も小学生の頃は思っていた。

 20歳になったら綺麗にお化粧して、煌びやかな着物を纏って成人式に出るんだろうなって。


 でも、いざ20歳になり、成人式の振袖にかかるお値段を知ってしまうと……こりゃもう出なくてもいいんじゃないか、と思ってしまったのだ。


 だって、かなり幅はあるものの着物を用意するにはレンタルで20万円以上、購入なら30万円以上はしてしまう。

 実際はそこに着付けやヘアセット、記念写真などの費用が加わると考えると……ひぇぇぇぇ。


 そんなに稼ぐって大変だよ……私のバイト代の何ヶ月分? 

 たった一日、たかだか数時間にかけるに値する金額なんだろうか?

 それだけのお金があれば何ができる?


 ……何冊の本、漫画が買えるだろう。

 ……パソコンを新しくできるし。

 ……憧れの地へ海外旅行にも行けちゃう。


  うん、やはりもったいない。

 

 それに、山のようにダイレクトメールが送られて来るのにも辟易しまった。

 もう、どこから漏れてんだ私の個人情報! って怒りたくなるくらいワンサカくるんだもの。

 

 だから次第に振袖が華やかで素敵というより、ギラギラした野暮ったいものに見えてきて……。


 ある時、遂に「成人式どうする?」と訊く母に


「成人式には行かない。着物も着ない」


 と答えた。理由はもちろん「もったいないから」と。


 私に姉妹はいない。

 おそらく母は、ひとり娘の振袖姿を楽しみにしていたに違いない。

 私より何十倍も熱心に、毎回ニコニコと広告を眺めていたのだから。

 

 

 さて「成人式に行かない」と決めると、想像以上に心が軽くなった。


—— 行きたくなかったんだな……本当に。



『学生時代にオリジナルの謎ポエムを書いていた』


 それが黒歴史というならば、私の中学生時代は真っ黒だ。

 

 授業中、先生の話なんて上の空で窓の外を眺め、ノートの後ろにページに『詩』と呼べるかどうか分からない言葉を連ねていた。


 教科書や資料集でピンとくる言葉や写真、絵、データなんかがあると意識はその場所に飛んでいって脳内で物語が流れていく。

(古文、漢文は特にトリップしやすかった……)


 家でも勉強をしている時間より、思いついた物語の設定を書いている事が多かった。

 すっごく下手なイラストと共に、ノート何冊、スケッチブック何冊書いただろう……設定だけ……。

(ちなみに当時の密かな夢は、時代劇か戦隊モノの制作に関わることだった)


 その頃の私は中性的なイケメンで頭脳明晰……ちょい腹黒な某少年漫画のキャラクターにハマっており、同級生がとても子どもに見えた。

 だから当然「恋」もしなかった。


 恋にも、お洒落にも全くと言って良いほど興味がなく……空想癖がある。

 そんな私がキャピキャピした女子中学生達と話が合う訳もなく、学校では教室の片隅でひっそりと過ごしていた。

 何十匹という猫を被りながら。


 息苦しかった……正直、戻りたい場所じゃない。


 そう。

 「成人式には行かない」は振袖のせいだけじゃない。

 行きたければ、スーツやワンピースで出席すれば良いだけの話なのだ。

 

 20歳になった私は漸く自分のカラーを出して、のびのびと過ごせるようになっていた。

 そして、成人式でかつての同級生たちと会うことで、昔のような息の詰まる思いをするのが嫌で怖かった。

 

 だから私は黒い歴史には封をして、ケチな面倒くさがり屋を強調して逃げたのだ。



 成人式に行かなかったこと、振袖を着ないでしまったことに関して自分としては後悔など無いし、もう一度選択出来るとしても同じ事をするだろう。

 ただ唯一、母に対しては悪いことしたな……という思いが残っている。

 

 まあ、ひょっとしたら母は全部お見通しで「まだまだ子どもっぽい対応だねぇ」と思っていたかも知れないけれど。


 

 

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「成人式」なんていくもんか 碧月 葉 @momobeko

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