盗みの技、実演します

平成03

「なあおいアンタ、そうそうアンタだよ。今パ◯ドラしてたよな。昼休憩に公園で1人パ◯ドラ、いい時間の使い方だねえ〜。同僚と優雅にランチってわけにゃいかないか。ああ、そういうのは女子の特権か?




 おいおい待て待て、まあ待てって。俺は別に怪しいもんじゃない。闇バイトの誘いとかマルチの勧誘とか、そんなんじゃあねえよ。……まあ、アウトロー寄りなのは合ってんだけどな。アンタそういう漫画好きか? 極道とかヤンキーとかそういう感じの。好きだよな〜、なんかそういう顔してるもん。




 だから立ちあがろうとすんなって。分かった分かった、本題に入ろう。




 ……実は俺、指名手配犯なんだよ。盗みのな。待て、別にお前から何か盗もうってんじゃない。そして110番通報も待て。もし通報するなら俺の話を聞いてからでも遅くない、そうだろ? わざわざ俺からアンタに話し掛けてんだ、用事が済むまで逃げるわきゃない。だからもう少しだけ、俺の話を聞いてくれ。





 オーケー、分かってくれたみたいで何よりだ。俺の用事ってのはだな、一つ賭けをしてくれないかってことなんだ。アンタが勝ったら俺を警察に突き出してくれていい。俺は逃げも隠れもしない、手柄は全部アンタのもんだ。な、悪くない話だろ。




 その代わり、俺が勝ったらアンタの大事なモノを盗む。というか、俺がアンタの大事なモノを盗めるかどうか、ってのが賭けの内容だ。あん? 『大事なモノ』が何かって? それを言ったらアンタ、必死に守ろうとするだろう。そういうのじゃない。泥棒ってのは警戒されたらオシマイなんだ、分かるか? 分かりゃいい。





 へへ、アンタその顔、分かりやすくていいね。賭けに乗る、そう言いたいんだろ。よーし、じゃあ今からスタートだ。俺も手加減しないぜ。ほら、手荷物の確認はしなくて大丈夫か? もうゲームは始まっているんだぜ!





 ……何だよ、俺を見つめたって何もしないぜ。言っただろ。『警戒されたらオシマイ』って。アンタがそうやって俺を睨んでる限りは、俺は盗みを働くことはできないってわけだ。





 何? ほう、そりゃそうだ。制限時間を設けないと休憩時間が終わっちまう、それまで俺が粘ったら意味がないわな。アンタ、会社に戻るまで何分かかる? そうか5分か、じゃあギリギリだが休憩終わりの5分前、これでどうだ。さすがに俺も逮捕がかかってるんだからこのくらいの条件は出させてもらうぜ。よし、じゃあ改めてゲームスタートだな。





 ところでアンタ、同僚とどこかに食いに行ったりはしないのかい? ……そうかい、事務所の連中はそれぞれ何人かで食ってるのか。んで、アンタは1人でパ◯ドラってわけか。いいんじゃないの、そういうの。俺もこんな仕事してるから誰かとつるむってことないけど、充実してるよ毎日。いや泥棒の生活が充実してちゃ困るかっての、ハハハ。




 でもさ、仕事だったらチームでやることもあんだろ? ちょっとやりづらくないかい、そういう時。……うんうん、うん、そうだよな。なんか、アンタほっとけないな。ちょっと待ってな、あそこの自販機でコーヒー買ってきてやるよ。





 ほれ、これでも飲め。なんて顔してんだよ、そんな情けねえ顔すんじゃねえよ。俺とは違ってしっかり人様のために働いて、社会の役に立ってんだろ? ちょっとしんどいこともあるかもしんねえけど、胸張って頑張れ、な?





 ん、なんだ。何か言いたそうだなアンタ。……うん、うんうん。ほう、おおー……そうなのか。なるほどね。





 不動産屋って言っても色々あるとは思ってたが、そんな法律スレスレのやり方もあるんだな。んでアンタはそれが許せないけども、他の奴らを敵に回すこともできないし他の働き口もないから仕方なくやってる、と。





 しかも事務所の連中は馴染めないアンタに留守番を押し付けてそれぞれが好き勝手にランチタイムときてる。やっぱアンタ浮いてんだねえ。そんな顔してるもんな。だからあんなに休憩時間を気にしてたってわけか。じゃなきゃここでこうして外の空気を吸ってるってバレちまうもんな。





 いや、カタギの人らも俺と変わんねえもんだな。生きるためには人を蹴落としてもいいってか。ああ悪い悪い、アンタを励まそうと思ったんだが、これじゃ責めてるわな。いやしかし、なかなか難儀なもんだね。





 おっと、話し込んじまったか? もうこんな時間か、タイムリミットだな。というわけでこの勝負、俺の勝ちだな。おいおい、キョトンとしてんじゃねえよ。しっかり頂いたぜ。アンタの大切な『時間』。……おおー、って顔してるな。まあ、今回はどうやらアンタの『心』も頂いちまったようだが。あん? それは言い過ぎか、ハハハ。





 まあなんだ、大切なものってのは失くしてみて初めて分かるって言うけど、アレ真理だよな。アンタも時間が盗られてるなんて気づかなかったろ? 初めに言ったようにさ、『警戒されたらオシマイ』なんだよな、泥棒稼業ってのは。アンタも実は本当に大切なもの、盗られてるかもしれないぜ。





 引き止めて悪かったな。みんなが帰ってくるとマズいんだろ? 俺のくだらない話に付き合ってくれて嬉しかったよ。元気に前向いて生きていけよ、じゃあな。」





 ……一体なんだったんだ。変な男に絡まれてしまった。だが不思議と嫌な気持ちはしなかった。もらった缶コーヒーは既に冷えていたが、彼がくれた温もりは手のひら以外にもしっかりと残っていた。





 おっと、こうしちゃいられない。先輩たちより早く事務所に戻らないと何言われるか分かったもんじゃないからな。少し元気も出たし、軽く走っていくか。





 事務所のそばの狭い道で軽トラックとぶつかりそうになる。こっちも走っていたとはいえ、向こうもかなりのスピードだった。世の中にはさっきのように温かい人もいれば、こんな風に自分勝手な連中もいる。せっかくの出会いに水を差された思いがした。





 事務所の扉を開けて、愕然とした。顧客のデータが入ったファイルやパソコン、金庫類、さらには管理物件の鍵などがごっそりと消えている。冷や汗が止まらない。足が震えてきた。





 こんなことならいつも通り、外でコンビニ弁当食ってすぐに戻ってくれば……あのよく分からん奴に声を掛けられたせいだ! クソッ!





◇ ◇ ◇ ◇





「おうお前ら、でかしたぞ。時間ピッタリだったろ。どうだい、俺の時間泥棒テクは。まだまだ現役そのものだろ。まあ今回はオマケで心泥棒テクまで出し切ったんだが、お前らに見せてやれねえのが残念で仕方ねえや。





 さて、今回も無事汚えやり口の店をめでたくぶっ潰したわけだ。あそこはいわゆるフロント企業、つまりヤクザのお抱え。それに加えて本人たちも法律スレスレのやり方で営業してんだ。こうなっても文句は言えねえわな。





 さあてお前ら、アジトに戻ったら仕事の続きだ! かっぱらってきたこの鍵と顧客名簿で、もうひと暴れしようや!





(お題:壮大な泥棒)




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

盗みの技、実演します 平成03 @heisei03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ