君が書きたかったもの
吉田定理
本文
「私はいま、事件の現場に来ています」
僕がアパートのドアを開けると、同じ大学に通う宮本明菜が立っていて、出し抜けにそう言った。長い黒髪が夜風に揺れていた。
「ええと、どうした?」
僕は困惑して尋ねた。会う約束なんてしていない。
「最初か最後にこのセリフを言わないと規約違反だから」
「言ってることの意味がさっぱり分からない」
明菜は「だよね」と言っていたずらっぽく舌を出した。
「以前、小説のコンテストでそういうのがあったの。可愛いVtuberさんの企画で」
明菜は文芸サークルの友人。本を貸し借りする仲だ。
「応募したのか?」
「うん。受賞しなかったけど」
「そうか。僕、何か返し忘れてたっけ?」
明菜は問いを無視した。
「その小説は、テレビのリポーターが事件の現場でしゃべってたら犯人に襲われるっていう短編なんだけど」
明菜が自分の小説について話すのは珍しい。何かあったのだろうか。
「本当はもっと違う話が書きたかった」
「どんな?」
「例えば恋の話。あのとき、こんな話を書けばよかったな、っていうアイデアを思い付いたから、聞いてくれる?」
明菜は風になびく髪を耳にかけて、
「好きです。付き合ってください」
なるほど、これは事件だ。
君が書きたかったもの 吉田定理 @yoshikuni027
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