「来ます……!」って一番に敵の気配を察知する索敵能力最強キャラになりたい!

創作赤ちゃん

第1話 草薙一九太は、索敵能力最強キャラになりたい


 廃墟と化した建造物。荒れ果てたビル群。割れたアスファルトの道からは丈の長い、伸びっぱなしの草木が生えている。時折野生動物のような、何かの鳴く声が聞こえるが、人気は無い。所謂ゴーストタウン。しかし、“住まなくなった”と言うよりは“住めなくなった”と形容するのが正しかった。

 

 俺は、そんな荒廃した世界で、何の気まぐれか二度目の生を与えられた。たとえ望まぬモノだったとしても、貰ったモノは有効活用するしか無い。

 

 だから、決めたのだ。二度目の人生はやりたい事をやりたいように、謳歌しようって。

 

 だから……だから──。

 

 

***

 

 

 ざり、ざりと砂利を踏み締める二つの足音が響く。俺達は、臨戦態勢を取りながら誰も居なくなった街で歩みを進めていた。空舞う埃の一つひとつさえ警戒すべき対象で、風の音さえも躰を強張らせるには十分だった。

 

「いない、ですね……」

 

 隣を歩く少女が、不意に声を発する。重苦しい空気を緩和するかのような一言に、力んでいた緊張感が瓦解した。此方を安心させるようにはにかんだ彼女は、誰が見ても美少女と呼ぶに差し障りない少女であり、見慣れた筈の俺ですら鼓動が早まって仕方なかった。

 

 彼女──御縁 司みえにし つかさは確かに美少女だ。

 

 白銀に輝き、靡く長髪。互い違いの大きな双眸の色味は、エメラルドとアメジストのように光って、幻惑な雰囲気を醸し出していた。小さな口、長い睫毛。おおよそ美少女を構成するであろう要素の全てを彼女は持ち合わせていたのだ。

 

 それだけに、冴えない俺なんかのペアを組んでいるには勿体無い程の少女。それが御縁司という人物だったのだ。

 

「報告でも此の辺りで間違いない筈だ」

 

 俺は、あくまで平静を装って受け答えする。司だって、それぐらい把握しているだろうに無駄な返答だっただろうか。会話はあまり得意ではないなと思った。それが美少女ととなると、何時迄経っても慣れそうにはなかった。

 

「貴方の【】ではどうですか……?」

 

「俺の力も反応してる。間違いはない……筈だ。確かに近くには居るんだけど……」

 

 これでは俺も名折れだ。俺がこの場に同行しているのも少なからずわけがある。それが彼女の言う【異能】であり、俺が思うやりたい事を遂行するための好都合な力でもあった。

 しかし、どうか。本来の目的のためには機能しておらず、バカデカい図体をしているであろう敵にさえも雲隠れされている。反応はある筈なのに、見つけられない。今の俺は、まさに昼行灯だったのだ。

 

「仕方ないですね。手当たり次第、片っ端から探しましょうか」

 

「……あぁ」

 

 気乗りはしなかったが、役立たずよりは幾分かマシだ。俺が渋々了承すると、司は歩き始めてしまった。

 

「絶対に離れないでくださいね?貴方を死なせるわけにはいきませ──」

 

「“来るぞ……!”」

 

 俺は、言い聞かせるように呟く司の言葉を遮り、大きな声を発する。言いたかった言葉を言えて満足する俺とは違い、彼女は俺の声を聞いて身構えた。

 

 俺の索敵能力が訴えている。徐々に、しかし確かに大きくなっている敵の気配。増していく悪寒が報せる、敵が途轍もない速さで近づいて来ていると。

 

「いったい、何処から……!?」

 

「これは……下だ!!」

 

「──【天使翼装てんしよくそう】!!」

 

 我ながら、少し遅かったと思う。これでは未だ、索敵能力最強の座は遠く、俺は呑気にも歯噛みした。

 

 俺が言い終えた数秒後、俺達の居た足元、半径何メートルかを飲み込むように大穴が開く。まるで鯨の食事のような光景に、息を呑むしかなかった。

 

 このような攻撃、気付いた時には御陀仏だ。しかし、俺達は既の所で避ける事が出来ていた。

 

「大丈夫ですか!? 怪我は!? 何処も食べられていませんよね!?」

 

 普段の冷静な雰囲気とは異なり、珍しく取り乱す司。俺がピンチを招いた原因だというのに、心配してくれているのだろうか。いや、彼女は分け隔てない優しい性格であるし、俺でなくとも心配していたであろう事は容易に想像出来た。

 

「大丈夫だ。司のおかげで何とも無い」

 

「──〜〜ッ!? はい! 良かったです!」

 

 俺は事実を述べる。欠損も無ければ擦り傷も無い。彼女のおかげで命拾いしたのだ。俺が無事を伝えると、彼女は安堵して顔を綻ばせたのだった。

 

 俺を持ち上げて上空を飛ぶ彼女の姿を見上げる。

 天使のような翼を巧みに操り、敵の急襲からも退避してみせた司。神気を放つ姿は、まさに天使と呼ぶに遜色は無く、見ていると魂が吸い込まれてしまいそうだった。

 

 俺の索敵能力なんかよりも数倍優れている、人類が持たざる翼を得る力。

 

 この特異な能力こそが、彼女の【異能】だった。

 

「すぐに仕留めますから、ビルの上でおとなしくしておいてくださいね。有事の際には絶対に大きな声で報せてください。絶対ですよ?」

 

 司は、抱えていた足手纏いおれを下ろすと、その純白の羽をもって、一息に敵の元に飛び立った。

 

 ビルの上から下を覗き込むと、アメフクラガエルみたいな顔をした大きな化け物が一体、地面から顔を出している。地面から現れた此奴は、土竜のように地を進んで、自分の領域に入り込んだ獲物を確実に喰らってきたのだろう。このまま逃げられると面倒そうだ、と思った。

 

「【天使剣装てんしけんそう】!!」

 

 司の声に伴って、また姿が変わる。先迄の飛翔に重点を置いた翼の姿ではなく、あくまで飛行能力を残しつつも敵を殲滅するための姿——片手に剣を取り付けたインドの武器、パタのような武装形態に変わったのだ。

 

「ベロベロバァッ────!!」

 

 彼女の闘志を察知したのか、カエルは吼えた。カエルは吼える生き物ではなかったが、吼えるという表現が適していると思えるほどの激昂だったのだ。

 敵は逃げようとはせず、彼女を迎え討とうとする。見る人によっては理解出来ない行動であったが、弱虫の俺には共感できた。まるで、そう。部屋に現れた害虫を倒さなければ安心出来ないような、自分の寝床に入り込んだ脅威を野放しには出来ない。そういう生物としての本能によるものだろう事が窺えた。

 

「バゥアーゲン!!」

 

「ふっ!」

 

 大きく口を開き、喰らいつこうとした敵の攻撃は、司の羽によって華麗に避けられる。跳ねた蛙は、その全貌を露わにした。

 

 人でも、土でも、何でもかんでも食べるのか、肥えた腹がでっぷりと胎動していた。もはや歩くのをやめ、退化したかのような短い手足、そのくせ大山椒魚みたいなフォルムをしている。

 

 はっきり言えば、気持ち悪い。敵を見下す司の顔も、歪んでいるほどだった。

 

「一撃で倒します。──天使あまつか衝斬刃しょうざんはッ!!」

 

 高まる闘気、それを一撃でぶっ放す。敵を穿つための、殺すためだけの衝撃波。雲も大地も裂くような一撃必殺。

 

 鳴り響く轟音に堪らず耳を塞ぐ。頭蓋を揺らすほどの爆音も、やがては鳴りを潜め、昼下がりのコーヒーブレイクのような平穏がやって来た。

 発生源である司の方を見れば、翼を折りたたみ、地に足をつけていた。傍らには先程の敵だったモノの残骸が在り、綺麗な彼女の姿には死体の悍ましさすら映えているような気がしたのだった。

 

「大丈夫でしたか……?」

 

「いつも通り、俺は司の戦闘を見てるだけだったよ」

 

 自分の斬ったモノを眺めていた司も、ビルの上に置いて来た俺を回収するために飛んで来てくれる。

 毎度の事ながら心配してくれる彼女だったが、これまた毎度の事ながら俺は守られているだけだった。男としては情けないと思いつつも、残念ながら俺には戦闘能力が無い。せいぜい彼女の心労にならないよう努めるのが精一杯だ。

 

「お疲れ様。もう反応は無いし、敵は一体だけだったみたいだな。そんじゃあ、帰りますか」

 

「──はい!」

 

 【異能】の維持には並外れた体力が要る。敵が一体と判った司は、機嫌良さそうに微笑んでいた。

 

 俺も、やりたい事はやれた。ノルマ達成、デイリーミッションクリア。これ以上は諄く、やり過ぎになってしまう。

 

 初心を思い出す。

 

 俺のやりたい事は、そう。

 

 「来ます……!」って、いの一番に敵の気配を察知する索敵能力最強キャラ。索敵以外はてんで駄目でも、やった気になれる素敵な役割。仕事した感に浸れる些細な職務。

 

 まさに臆病な俺に最適の仕事。

 

 そして、『敵の襲来を告げた瞬間に死んでいる』くらいの索敵キャラの御決まりの末路を辿る。

 それで良いと思った。それが良いと思った。

 

「ふわぁ〜……」

 

「眠そうですね」

 

「戦闘の後はどうも、な……」

 

 緊張の糸が解れたのか、または異能を使った事による疲労からか、途端にやって来た眠気に襲われる。目がしばしばとして、開けていられなくなる。思考も鈍くなって、頭が重たくなった。

 

「迎えが来ましたから、それまで頑張ってください」

 

「あぁ……、悪いな」

 

 司は優しく呟くと、幼児の手を引く母親みたいに気遣ってくれる。

 

 やがて、やって来た自動走行車の後部座席にどっかりと座ると、それと同時に眠気はピークに達して、俺の意識は落ちていった。

 

「おやすみなさい、草薙くん」

 

 司が言った言葉さえ受け取らずに、シャットダウンする。

 

 

 俺──草薙 一九太くさなぎ いちきゅうたの索敵能力最強キャラを目指す覇道は、まだまだ続いていくのだった。

 

 

***

 

 

 二人を乗せた車は、道無き道をがたごとと進んでいた。揺られる彼らは静かで会話らしい会話は無い。車内にあるのは寝息が一つ、そして眠る男を見つめる、ねっとりと熱く絡みつくような視線が一つだけだった。

 

 車輪が石を踏んで跳ねても、少女が頬を突いても、男が起きる気配は無い。

 

 だからだろうか、少女は抑えていた願望も本性も隠しもしないでいる。男と少女が二人だけで任務に出た際の帰り道、その限られた時間でのみ曝け出される彼女の偏愛。甘いあまい時間を彩る、甘ったるい恋心。

 

「つんつん、つんつん」

 

 茶目っ気溢れた表情を引っ提げて司は草薙の躰を指で突く。自身とは異なる筋肉質の太腿、鍛えられた腕、起伏する胸板、他と違ってまだ柔らかい頬、触るとひくつく鼻に至るまで、彼女はあらゆる箇所を触って周る。あまりにも大胆な行為であったが、それでも男が目覚める事は無かった。

 だからだろう。彼女は草薙が寝入った任務後限定的な時間を自分だけのものと考えていた。それは彼女にとって、生娘みたいに密やかな純情で、ストーカーのように重い恋を発散する貴重な機会だったのだ。

 

「涎、垂れてますよ……。ふふっ、可愛い」

 

 そう言うと、司は草薙の口から溢れている涎を人差し指で掬い取った。最初こそ世話焼きとしての行為であったが、今現在、自身の指を濡らしているのは想い人の体液だ。彼女は、滴るこの液体をどうしてしまおうかと考える。舐めても良し、保存しても良し。此処には誰も居らず、見る者も咎める者も居ないのだ。

 

「……それでは、いただきます」

 

「んっ……」

 

「って、私は何を……!?」

 

 もはや理性も失い、宝物を口にしてしまおうとした司だったが、草薙の寝息によって呼び戻される。間一髪踏み止まった彼女だったが、それでも指先の液体は愛おしく感じた。しかし、彼女は名残惜しく思いつつも、泣く泣く男の涎を拭ったのだ。

 

「ダメです! ダメダメです! この液体を口に含むのは合法的に、両者の同意の下で、きゃっきゃっうふふ、ラブラブイチャイチャ、草薙くんとちゅっちゅした時ですから!」

 

 自分に言い聞かせるように独りごちる彼女だったが、あくまでも草薙を起こしてしまわない程度の音量を心掛けていた。

 

「ええ、残念では無いですとも。ちっとも心残りは有りません。司ちゃん偉い、偉いです!」

 

 司は、何処か誇らしげにドヤ顔をキメる。普段は見せないような表情だった。誰も見てない所だからこそ、少し砕けた幼い彼女の本性が漏れ出ていたのだ。──だからこそ残っていた子供らしさだったのだ。

 

「いっぱい、いーっぱい貴方としたい事があるんです。だから、私を選んでくださいね、草薙くん」

 

 もう直、日が暮れる。司の濁った瞳は、訪れる宵闇のためか、はたまた彼女の深淵の一端が垣間見えたためか。宝石のような輝きを放っていた彼女の瞳は何処にも無く、ただ眠りこける草薙の姿だけをじぃーっと見つめていた。暗いくらいその眼は、ただ愛しい人だけを捉えてやまなかったのだ。

 

 


 

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