エピローグ

そして始まる18歳


 それからしばらくは、我が公爵領は結構なバタバタで大変だった。なにせ現当主が民の手によって処刑されたのだから。

 王家から何かしらの処分が下るかと思いきや、けれどそうはならなかった。前当主であり、再び当主となった祖父の働きによるものだ。

 元々王家の信頼皆無だった、無能な父が処刑されたくらいで、王家は慌てることはない。むしろ有能だった祖父が復帰したことを喜んでいる。それは民も同じこと。


 正直、祖父が健在であることを黙っていた私に民衆の怒りが向かないかと心配してたのだが、それは杞憂に終わる。微力ながら色々民のために動いていたことで、私は見逃されたのだ。祖父が民に、「しばらく静養が必要だったのだ、最近ようやく動けるようになった」と説明したことも理由の一つかもしれない。


 なんにせよ、国も民も、祖父が現役復帰することを喜んだ。数年間、死んだふりして身を隠していた祖父からすれば、かなりストレスがかかったことだろう。それを発散すべくバリバリ執務をこなしている。かつての使用人達も戻って来て、今公爵邸はかつての活気に満ちている。


「うああん、こんな難しいこと僕には分からないよう!」


 弟のガルードは祖父の宣言通り、ビシビシ厳しく教育されてるらしい。両親に甘やかされた環境から一変、甘えのない生活に毎日泣いている。


「泣くヒマがあったら、この書類を見ておかしな点はどこか言ってみろ!」


 祖父の容赦ない怒声が響く。元気ではあるが、祖父は車椅子生活を余儀なくされた。呪いの解呪が遅かったからというのもあるが……


「今のお前なら完全な解呪できるだろ? そしたらウディアスは完治して歩けるようになるんじゃないのか?」


 祖父と弟の様子を見ていたら、横から声がした。見ればメルビアスだ。なぜか彼は毎日のように我が家にやって来る。

 彼の言葉に私は肩をすくめた。「ご冗談を」と。


「祖父はあれくらいが丁度いいのよ。親ほどの恨みはなくとも、幼い子供を仕置きと称して閉じ込めるのはやりすぎだわ。そのことに対して復讐させてもらわないと」


 そう言えば、横で笑う気配がする。


「ま、そうだな。あいつはあれくらいでようやく少し大人しくなる。元気すぎると周囲が迷惑するから……まあ本人も気にして無さそうだし、あれでいいんだろうさ」


 祖父の横にはベントス様の姿も見える。引退した彼を補佐にと引っ張り込んだのは祖父だ。本当は、車椅子生活のせいで思うように動けなくなったから、いつでも魔法論議できる相手をそばに置きたかっただけってのを、私は知っている。ベントス様もそれに気づいているからか、祖父の要請を断ることなく、今こうしてここにいる。


 バリバリ執務をこなす祖父に、横で楽し気に補佐するベントス様。泣きながら書類と睨めっこする弟。苦笑する使用人達。


 平和な光景に目を細めて、私は部屋を後にした。


「何も言わなくていいのか?」


 執務室を出て、自分の部屋に戻る。必要最低限の物が詰まったカバンを手に持つ。


「いいのよ。また戻ってくることもあるでしょ」


 先は長いのだから。

 そう言えば、「まあいいけど」と返って来る。メルビアスからしたらどうでもいいのだろう。長く生きてる彼は、家族というものに執着がない。


「そんなことより、私の時間は本当に止まっているの?」


 確認すれば「ああ」と返って来た。


「お前の体の時は俺が止めている、心配するな」

「そ。ならいい」


 私は今日、18歳になった。焦がれて焦がれて……けれどけして到達することのなかった時間。それをついに手にした今日、私の肉体時計は止まる。メルビアスが止める。


「じゃ、行きましょうか」

「どこに?」

「どこでも。お勧めの場所は?」


 私達は旅に出る。行く当てのない旅。時間はたっぷりあるのだ、世界中を全て見て回るのもいいかもしれない。


「危ない場所はよしてよね。死んでまた戻るのは面倒だから」

「俺をなんだと思ってる、危険を感じたら世界の時を止めて常に回避してきたんだぞ」

「でもそうしたら、あなたの肉体時計が進んでしまうじゃない。私は時が止まったままなのに、あなただけ進んだら年齢差が開いてしまうわ。そんなの嫌よ」

「なんだ、ジジイになった俺は興味ないか?」

「……そんなことないけど」


 不覚にも、ナイスミドルなオジサマメルビアスを想像して、ちょっと見たいと思ってしまったではないか。


「ま、とりあえずは安全圏での旅だな」

「とりあえずって何よ」

「たまには刺激も欲しいってこった」

「……まったくもう……」


 話しながら、私達は馬車に乗り込む。私がコッソリ用意した馬車。といっても、執務に夢中な祖父に気付かれる心配は全くなかったけれど。


「ねえメルビアス」

「ん?」


 ゆっくりと馬車が走り出す。揺れると触れるメルビアスの体。相変わらず、彼は正面ではなく私の横に座る。

 それをドギマギしてることに気付かれないようにと、平静を装って私は質問する。ずっと聞きたかったことを。


「どうして、亡くなった奥さんの肉体時計を止めなかったの?」


 そうすれば、ずっと一緒に居られたのに。


「あいつはそれを望まなかった。それだけだ」


 こともなげに答えられて、なんだか拍子抜け。もっと深い意味があるのかと思ったのに。


「奥さんが望んだら、止めた?」

「さあ、どうだろうな」


 ふわあと大きな欠伸をして、メルビアスは目を閉じる。寝るつもりか。


「……どうして、私の時を止めて一緒に旅してくれるの?」


 それを望んだのは私。彼が私の時を止められると言った時に、願ったのは私。でも旅も一緒にしてくれるとは思っていなかった。


「一緒に居たいからに決まってるだろ」


 またも、なんでもないことのようにサラッと答えが返って来る。そんな赤面するようなこと、平然と言うかあ!?


「そ、そう……」

「なに赤くなってんだよ。ガキか」

「んな!」


 寝ようとしてたくせに、いつの間にか目を開けて私の顔を覗き込んでくる。そういう不意打ちはいらない!


「ま、とりあえず」


 ボボボッと赤くなる私をからかうように、頬をなで、金の髪を指に絡ませるメルビアス。彼の口が私の耳に近付いて……


「フルーツケーキでも食うか?」


 色気の「い」の字もないようなセリフ。この状況で言うようなセリフではないはずのそれに、私はキョトンとして。

 それから満面の笑みを浮かべて「うん!」と頷いた。


「18歳おめでとう」


 メルビアスの綺麗な唇が、私の唇に触れそうな距離で動いた。



  ~fin.~

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何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」 リオール @rio-ru

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