聖女パンドラ国外追放と聞いて「そんな!」と返す

三毛狐

第1話


「聖女パンドラよ。お前をこの国から追放する!」

「そんな!」


 国王陛下からの直々のお言葉にわたくしは胸が張り裂ける思いでした。


「どうしてですか! わたくしはこれまで国の為に尽くして参りました! 本当ですわ!」

「そうだな。その通りだ。お前は優秀だよ」


 重々しく頷く。

 老いて尚、美しい収穫期の麦のような黄金の髪がキラキラと揺れた。


「お前はワシの息子、イデオンとの婚約があったのを覚えているか」

「はい。イデオン殿下はそれはそれは賢くて、どこに出しても恥かしくない美丈夫でございましたわ」

「頭脳も肉体も常に鍛えていたからな。精神的にも安定していて、将来が楽しみだった」

「ええ、本当に頭の良い方でした。そして大きな夢を持つ素晴らしい男性でしたわ」


 何でも吸収し、素直に未来を見据える、大きなものを背負えるお方でした。

 ええ、いま思い返しても国の将来のために必要なお方でした。


「だから婚約者ではあるが、優秀なお前に教育を任せたのだ。その結果、どうなった?」

「船乗りになりましたわ」

「なんてことを!」


 陛下が悔しそうに地団太を踏む。

 大臣がオロオロとしているけれど、それ以上は陛下が取り乱さなかったので様子見のまま何も言いませんでした。


「イデオン殿下は国のために漁業を発展させる決意をなさり、大海原を自在に行き来する夢を叶えたのですわ。ご立派ですわ」

「お前がスキル漁船創造とスキル海流操作なんてものを与えるからだ!」

「愛する殿方の美しくも儚い夢です。応援したくなるじゃありませんか」

「叶えちゃ駄目な夢もあるんだよ! お前は夢を語るイデオンを嗜め、王族として育てるべきだったんだ!」


 そんな未来もあったのかもしれません。

 ですが、殿下は夢を掴み、羽ばたいたのです。

 遠洋と港の往復ばかりで、滅多に帰ってこなくなりましたが。


 今は祝福しましょう。

 きっと陛下もいつか判ってくださいます。


 その頃にはどうやらわたくしはここに居ないのが残念ですが。

 遠くの空の下で父と子の和解を祈りましょう。


「イデオン殿下の件で、わたくしは追放されるのですね……」

「違う」


 と思ったら、陛下から即座に否定されましたわ。


「違う……のですか」

「お前はゴルディオンを覚えているか」


 ゴルディオン殿下はイデオン殿下の弟君でございます。

 頭を使うのが苦手でしたが、その勇猛さから兵たちからの支持は厚いお方でした。

 

 仲間思いで、優しくて。

 数字が苦手で、文字も苦手でしたが。


「イデオン殿下が夢を掴んだあと、わたしくに勉強を教えて欲しいとおっしゃいました」

「そうだな、そしてどうなった?」

「学者になりましたわ」


 陛下が再び地団太を踏む。


「軍を辞めてな! どうしてこうなった!」


 スキル識字を与えたところ、次々に本を読破し、数字にも強い筋肉になりましたわ。

 そして本来の優しさから人を傷つけたくなかったゴルディオン殿下は、積み重なった本の山の後方から支援する筋肉へと生まれ変わったのです。


「他国の兵や魔物を相手にするより、国内の食糧事情の改善に命を捧げたいと……」


 ご立派ですわ。

 自分に何が向いているのかを自覚し、大きな夢を持って前進なさったのです。


「誰かが全体を見て国を護らねばならないのだ」


 陛下が悲しそうな目をしてらっしゃいます。


「ワシも長くはないだろう。だから後を任せられる者を育てたかった」


 しかし二人の息子は自分の道をみつけてしまった。

 息子はあとひとり居るが若過ぎる。


「パンドラよ。お前をコントロールすることは出来ん。だから国が滅ぶ前に追放することにしたのだ」


 陛下はご自身の命に不安があり、国の未来を憂いてらっしゃるのがよく伝わりました。


「判りましたわ」


 わたくしもようやく何をしたら良いのか見えました。

 立場を理解し弁えました。出来ることをいたしましょう。


「すまぬな。お前が優秀なのは判っているのだ。だが」

「陛下。お言葉を遮る無礼をお許しください」

「……なんだ? 大臣から次の王を選ぶのも良いが、ワシの息子以上に器ではないと思うぞ」


 周囲の大臣たちも、うんうんと頷いている。


 大丈夫。政治でも軍部でも抜きん出ているお方がちゃんとおります。

 その事を指摘するのが、きっとわたくしのすべきこと。


 この国で王といえば、ただひとり。


「陛下に『永遠の若さ』と『不老』を与えて宜しいでしょうか」


 その場がざわめく。


「お前にそれが……そこまで出来たのか?」


 隠し切れない驚きを滲ませる陛下から確認されました。


「はい。わたくしの眷属となっていただきますが、可能ですわ」


 尖った犬歯を覗かせながら、わたくしは陛下に正体を明かすのでした。


 ・


「追放は中止だ! がははははは!」


 20代の肉体を取り戻した陛下が機嫌よく笑ってらっしゃいます。


「パンドラ様! 見てくだされ! ワシのこの筋肉を!」


 陛下がポーズを取ると全身の筋肉が隆起し、まるで人体の見本のようです。


「若々しいですわ」

「そうだろう! そうだろう! がははははは!」


 これで将来の憂いも晴れましたわ。

 陛下の現役が続くので、殿下たちも自由を謳歌できるのです。


「パンドラさま……父上はどうしたのでしょう。あれは本当に父上なのでしょうか」


 わたくしの傍に第三王子であらせられる、ギルガメッシュ殿下が寄ってらっしゃいました。


「うふふ。陛下は若返りました。ギルガメッシュ殿下も自由に夢を見て良いんですよ」

「本当ですか!」


 まだ5歳の可愛らしいギルガメッシュ殿下が花の咲くような笑顔をみせてくださいました。

 心の清涼剤ですわ。やっぱりギルガメッシュ殿下にもやりたいことがあったのですね。


「じゃあ、僕はパンドラさまのお婿さんになりたい……」

「え?」


「あなたを癒す存在になれるでしょうか」


 まだ子供だからなのか、迷いの無い表情でまっすぐにわたくしを見ております。


「この国は沢山のものを与えて貰いました。僕は、あなたに与えられる人間になりたい」

「……あらあら」


 年齢のことはとやかく言いません。

 人類なんてわたくしから見れば赤子のようなものなのだから。


「わたくし、イデオン殿下との婚約の件がうやむやでしたね……」

「兄上には負けません。誰よりもあなたを愛します」


 ギルガメッシュ殿下は神童と呼ばれるだけあり、この国の状況も、世界情勢も理解している。

 一時の気の迷いではないのでしょう。


「そして誰よりもあなたに愛されてみせます」


 綺麗な青い瞳。

 微かに濡れた宝石のような輝きが心に切り込んでくる。


 どうしましょう、堕ちそう。堕ちた。

 いやまだ未遂。未遂ですわ!


「……じゃあまず、友達からでいかがでしょう」

「わぁい! じゃあギルって呼んでください!」


 ギルガメッシュ殿下が愛らしく喜びます。

 そのまま駆け出してしまいました。


 イデオン殿下が帰港するたび子供を増やしているのは知っています。

 ギルガメッシュ殿下と改めて婚約するのも良いかもしれません。


「陛下。ギルガメッシュ殿下をいただけます?」

「パンドラ様がお望みならばいつでもどうぞ。味見からでも」


 試しに陛下に確認をとると、あっさりとしたものでした。

 言い方はギルガメッシュ殿下に……ギルに失礼な気はしますが。


 そうですね。

 わたくし、ギルと幸せになりますわ!


 ・

 ・

 ・


「え、パンドラがギルと結婚?」


 港に帰って休んでいるとイデオンの耳にその情報が入って来た。


「……確かにな。俺は海に夢中だったものな。まぁ港に戻るたびに女を抱いていたのも知られていたみたいだが」


 イデオンの子供は既に15人いる。

 全員、母親が違った。


「よーし、祝福に行くか!」


 おおー!!

 と、酒場の男たちの歓声が沸いた。


「船長、寝取られましたね!」

「馬鹿いえ。家族になったのさ」


 イデオンはニヤリと笑うと、新鮮な海産物の山を物色するのだった。


 ・

 ・

 ・


「パンドラがギルと結婚!? イデオンの兄上は!? 父上はなんと!?」


 久しぶりに書庫の奥から出てきたゴルディオンは驚愕した。


「えっ、父上が若返った!? 永遠に国を治めるから好きにしろ!? あとイデオンの兄上にはもう15人の子供がいる!?」


 書庫の奥に篭っていては知られない、新鮮な現在の情報という暴力に晒される。


「えっえっ……ええ?」


 スキル識字を得てから乾いたスポンジのように情報を吸ってきたゴルディオンは、その知識でも筋肉でも対処できず混乱していた。


「まぁ良いなら良いか。祝福しなきゃ」


 ・

 ・

 ・


 パンドラとギルの婚約が決まってから数ヶ月後、結婚となった。


 若返った国王ゼウスからの、永遠の治世を敷くという宣言。

 長兄次兄からの祝福。


 国を挙げての祭りとなった。


「国王陛下はどうやって若返ったんだ?」

「王族にも色々あるんじゃね」

「今はめでたい! パンドラ様とギルガメッシュ様に祝福あれ!」


 国民も大らかに喜びを示す。


「パンちゃん、あっちの串焼きを食べよう!」

「ギルまってー」


 ギルガメッシュに合わせて自身の姿も若返らせたパンドラが駆けていく。

 国の平和は長く続きそうだった。

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