第27話 インプラントとナノマシン

 惑星ブルーバの軌道上ステーション。そこで惑星に降りる許可をもらうことで安全におじい様の邸宅に帰ってくることができた。


 あらかじめエドワードに連絡を入れて、おじい様の邸宅にある発着場にアルクスを泊めておく。その間に僕は納品物をリストにまとめたものをチェックしていく。


「水や食料は良いとして、消耗品や設備のメンテナンス資材は量が多い。アルクスの積載量としては全く問題ないけど、おじい様に出してもらった費用は途方もな

金額になってるな」


「何も問題はありませんぞ。旦那様の言いつけで、とりあえず五千万クレジットは予算を頂いております」


「こんな子供が、途方もない金額を借りてしまったもんだ」


 そうなのだ。おじい様からとりあえずな、と言われて出資して頂いた金額は五千万クレジット。もちろん、五千万クレジットを使い切ったわけじゃなく、宇宙での活動資金として予算を出してもらっている。しかし、これは貸してもらっているお金なんだ。おじい様やおばあ様は返さなくてもいいと言ってくれたけど、それはダメだと突っぱねた。


 当面の目標はクレジットの返済と出資された金額を上回る貯蓄。お母様からアルクス達を引き継いで、さらに護衛としてコルビス達が加わったことで人手が増えた。これで収入を上げることができる想定だ。その想定でお金を出資してもらったわけだから、お金を稼いで返済するくらいはこなさなくては立つ瀬がない。


「船の保険や装備の資金、それに当面の生活費。これだけお膳立てしてもらって返済能力がないわけじゃないのに、もらってばかりじゃ絶対人としてダメだと思うんだ」


「そういうところが坊ちゃまの美徳ですな。だからこそ旦那様方は坊ちゃまに期待し、先行投資として支援なされているのです。ただ、意気込むのはよろしいですが、ご無理だけはされませんように」


「それはもちろんだよ。お金だけの問題じゃない。支援してもらった分を何かの形でお返ししたい。そのチャンスがめぐってきたわけだからね。続かないような仕事のやり方をする予定はないよ。コツコツできる範囲でやっていくさ」


「是非そうしてください。坊ちゃまが元気に活動してくださることが、何より旦那様方の喜びなのですから」


 僕は頷いて決意を新たにする。



 それから四日ほど惑星ブルーバの邸宅に滞在した。滞在中に自身のインプラントや補正ナノマシンを取り込む処置を施す。インプラントはプロセスチップを脳に設置する処置の事だ。



 少し話はそれるが今の時代、自分の身体を環境に合わせるために調整するのは当たり前なこととして認識されている。


 だけど一時期、人体改造の賛否が分かれるような討論がなされたと聞く。生まれ落ちた姿かたちをいたずらにいじるようなことは認められない。片や、自分の身体を思う様にいじる行為の何がダメなんだと。タトゥーを入れるのとはわけが違う。今は傷や欠損などでも程度によるが修復可能なのだ。


 さらに言えば身体の機械化だって望めばできる技術力がある。しかし、どこまで行っても解明されていない科学もあるわけだ。主に脳に関わる神経回路や、精神的メカニズムは莫大な時間と費用をもってしても修復することは難しいとされている。


 倫理観や価値観の対立が激しく、理論のぶつかり合いは長いこと続いたらしい。結果から言えば、宇宙に適応するための処置であることを前提とし、医療行為の範疇であると建前をつくった。


 そこで個人の限界値を測る装置というのが開発されたわけだ。


 装置が開発され理論が実証された頃、限界値とは何をもって限界なのかと言う議論に移り変わる。許容範囲を超えた処置をすると、オーバードーズを引き起こすことがわかったからだ。インプラントやナノマシンによる脳や人体が耐えられる許容範囲、それと処理の許容範囲の数値化と言うものが設けられることになる。


 装置は個人を計る指標とされたが、個人差が生まれる解明には至らなかった。能力としては後付けできるものの、そこにはやはり差異はある。ただ、それを埋められるように外部デバイスが生まれ、差別や劣等感を最小限にとどめることに成功する。ただ個性があるだけなのだと、向き不向きがあるのと大差はないと大々的に告知された。


 それにインプラントを施して、品質の良いプロセスチップを装着できたとしても爆発的に能力が上がるわけでもない。確かにチップを使えば記憶や知識、思考速度や器用度なんかにも影響は出る。それでもちゃんとした知識の下積みや経験があって努力したからこそ能力が大幅に向上するものだ。それは装着前も装着後も変わらない。


 インプラントを施したから自分は偉くなった、などと勘違いするべきじゃない。しかしやはりと言うべきか、スロット数で当たりだ外れだなどと個人を差別する者は出てくる。僕の実父や異兄弟たちなどがその例だ。実家にいた頃は何かとかこつけて僕を馬鹿にしてきたあの人たちの事を、僕は今でも忘れることはない。




 さておき、インプラントやナノマシンの許容範囲の事を世間ではプラグインスロット、ナノマシンスロットと呼ぶ。略すときはプラグスロット、ナノスロットなんて呼ぶかな。そのプラグインやナノマシンを施して三十日ほどが経ったので、経過観察の調整をやってもらった。


 お母様から引き継いだ特殊チップ、おじい様から贈られた特急チップを含む様々なプロセスチップ。俗に技術チップと呼ばれるプロセスチップを付けれるインプラントは、少ない人で2から4スロット、多い人で7スロット以上あると言われている。ヘッドアップディスプレイなんかの外部デバイスを使えば、スロット数なんてそんなに気にならないと思うんだけど。他人より差がつけれるとわかれば人は貪欲になる。優位に立ちたいから。


 スロットは生まれつきの個数が決まっているわけではなく、極稀にスロット数が増えたり減ったりすることもあるらしい。取り付けは今の技術なら難なくできるし費用も少ないが、取り外すには技術費用が馬鹿にならない額になる様だ。


 今のところ付けたばかりで取り外す予定もなければ、追加する予定もないのだけど。そんなことを考えながら、経過診察を機器で受ける。



 それとナノマシンについてだが、医療用ナノマシンやワクチンなんかにも言える事だけど、劣化や消化されて消えていくものとは別に、馴染ませて体に蓄積や滞在させるタイプのナノマシンもある。一般的に強化系や補助系ナノマシンと言われているものだ。


 ナノマシンは本来の身体の強化や補助として、宇宙での暮らしに順応させる用途で使われている。もちろん建前上だが。一般の職種であれ軍であれ、一定の職業に就くためにナノマシンの適正が求められる場合も少なからずある。


 他にもチップの能力を十全に機能させるためにナノマシンを体に入れる。それくらいナノマシンは常用するのにデメリットが少ない。ただ、併用できない種類やナノマシンの摂取量が多すぎると、ナノマシンが機能不全に陥る。なので、あれもこれもとナノマシンを摂取するようなことはできないし、オーバードーズ過剰摂取が起こりやすい。


 オーバードーズによる死亡例は公表されている分には少なく見られているが、疾患や後遺症が少ないわけでもない。だけど薬のように過剰な摂取に気を付けさえすれば、有用な強化手段を得られる夢のような代物だ。病院など専門的な機関で取り扱っているものから、手ごろな簡易キットも販売されている。値段も効果もピンキリなので使用者は多いが、使わなくてもいいならお金を出してまではいらないと考える人も少なくない。


 機器の上で横になりながらぼーっとする時間が多いので、思いついたことを適当に考えていた。それなりのインプラントやナノマシンを使うにはお金が必要だ。その費用さえおじい様が用立ててくれている。ちゃんと自立できるように頑張らなきゃ。そんなことを意気込む。


 診察が終わればゆったりと休みを取り、心身共に出立前の準備を整えた。後は出先で考えながらプランを組んでいこうと思う。





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スペースファクター 稀にある宇宙整備士の非日常 ツヴァイリング @mukai-yui

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