第26話 救難信号の種類

 ブリッジに到着した僕は状況を確認した。


「救難信号の種類と距離はわかる?」


「はい、救難信号はイエローシグナルのレベル2です。発信元は星系旅行会社プーラアングスの旅客船からで、距離はここからアルクスの通常航行で八時間の距離になります。それと、すでに本艦は亜空間航行から抜け通常航行へ移行しています」


「ありがとう。それでイエローシグナルのレベル2か」


 救難信号にはいくつかの種類がある。ブルーシグナルを発信する際、艦船の航行に問題が生じた場合や小惑星や惑星に不時着したなどの救援要請で使われることが多い。さらに、宇宙生物や海賊行為の被害、アステロイドなんかの飛来物の衝突など、外的要因による危機に対してレッドシグナルが発信される。


 今回のイエローシグナルは、航行の問題だけでなく船内の故障による人命の危機、あるいは病人や怪我人がいるなどの緊急性が高い場合に発信されることも多い。


 さらに緊急度合いを切り分けられるように、各シグナルにはレベルが設けられているので状況判断がされやすい。されやすいと言っても現場判断なのでさじ加減は発信者側にゆだねられている。なので曖昧な部分もあることを認識しておく必要があるわけだ。


「正直イエローシグナルの内訳が複雑すぎるから、現地に着くまで救援内容がわからないんだよね。急ぐことには変わりないんだけど」


「レッドシグナルよりは危険度が低いですけどね」


「それだけわかってれば、こちらとしても心づもりできるから助かるんだけど、時間経過で状況が移り変わる時もある。油断はしないようにしよう」


 救難信号を受信した場合はナショナルルール国際協定の規則にのっとり救助に応じなければならない。救難信号を理由なく無視した場合、重度のペナルティーが科されることになる。


 もちろん、艦船の状況や性能、乗員のスキルに応じて対応できない場合もあるので、一概に全部対応しろという事ではない。対応できなければ通信ログに残し、受信した報告はしなければならないだけだ。


ショートワープ短距離ジャンプを行う。ワープ後は光速航行に移行、各員は出動準備を」


『了解!』


「大事じゃなきゃいいけど」



 ショートワープから光速航行で時短して現場にたどり着く。移動中にシグナルがレッドになるようなことはなかったので安心したのは束の間。そこで見たものは、慣性航行も止まっていた全長800mほどある旅客船と、護衛についていると思われる三隻の護衛艦だった。



「こちら、救難信号を受け救助に来た軽空母アルクス、艦長のフォルア・ハイアータです。状況の報告を請う」


『救援に感謝します。こちら、旅行会社プーラアングス所属の旅客船アブスラ、船長キウ・カンハと申します。動力類の故障によりメインエンジンが停止。本船は単独航行ができません。

 先に保安警備隊に連絡済みで、曳航えいこうの手配はしています。それと、乗客の一部が騒動を起こした際に数名負傷者が出ております。全員応急処置済みですが、患者の一人が見た目以上に様態が酷い。可能ならばそちらを対応願いたい』


「なるほど。内容はおおむね理解しました。こちらからは自身とアンドロイドを三名、ドロイドを六機移乗させます。周囲警戒にもうちの船も警戒に当たらしますが問題ありませんか?」


『問題ありません。左舷より接舷可能です』


「了解しました」


 通信を切って控えているメンバーを見る。


「状況は聞いてもらった通りだ。フーリアンとブローワは、乗客に負傷者が出ているらしいから、そっちを対応してほしい。ブルダは僕と一緒に船長に挨拶と、動力類の状態確認を申請してみよう。それと、念の為に護衛として周囲警戒に出てほしい」


『わかりました(はいっす)』


『行動に移ります』



 ☆



 アルクスから小型艇を飛ばし、旅客船アブスラに接舷して船内に乗り込む。すぐに船長が挨拶もそこそこに状況説明してくれることになった。


「乗客の騒動と言うのは収まっていますか?」


「加害者は拘束しております。負傷者は四名、内軽傷者が三名に重傷者が一名となっています。医療スタッフはいたのですが処置中に乗客から暴行をうけまして被害者のうちに含まれます。怪我人の応急処置は終えているのですが、加害者達が船内で暴れ回った際に医療ポッドが破損し使えなくなりました」


「加害者の拘束は別室ですか?」


「はい。個室に加害者の男を三名詰め込んでいますので安全です」


「その人達については警備艇か軍にお任せするとして、仲間に上位医療技術者がいます。急ぎ治療が可能か当たらせますがよろしいですか?」


「許可します。現在は簡易医療ベッドで個室に移動されています。よろしくお願いいたします」


 フーリアンとブローワに目配せして行動を開始してもらう。


「それと、動力源のトラブルについて、何か分かっていますか?」


「いえ、それについては……、原因は分かっていません」


「差し支えなければ、上位メンテナンス技能持ちの者がいますので見てみましょうか?」


「そうですね。お願いしたいところはやまやまなのですが、部外者に見せることは会社から止められておりまして……」


「そうですか。無理強いするつもりはありません。今は医療関係だけ対応させてもらいます」


「よろしくお願いします」


 どうも歯切れの悪い返答を返されたが、船長は申し訳なさそうにしながら移動先の案内をしてくれるようだ。



 場所を移して負傷者が収容されている個室に到着した。


「状態はどう?」


「重傷者は出血が多く早めに輸血が必要です。医療用のナノマシンが投与されているので傷口は塞がっていますね。簡易医療ベッドで出来ることは終わっていますので、医療ポッドが使えれば問題ないと思いますが」


「そうか。こちらは手が空いたから、ブルダに医療ポッドが直せないか見てもらおう」


「早速見てみるっす」



 それから間もなく、医療ポッドを見て状態確認が終わったブルダは、機材と資材があれば直せると判断した。損傷個所が浅い箇所で手の届く範囲だったのが良かったのだとか。僕も損傷個所を見たが、銃系のEN弾によるものだった。機材のカバーを貫通したエネルギー弾で中のケーブルや機器が熱により溶けたのが原因らしい。


 船内で発砲事件が起こっていたようだ。死者が出ていないのが不幸中の幸いか。ただ、銃器による騒動であると情報をもらってなかったので、情報共有に不備があったことには抗議させてもらった。


 それから修理に40分ほどかかり、起動チェックをしてから患者を移動させた。患者のバイタルは安定しているようで、これ以上の処置は必要なさそうだ。ただ、旅客船の医療設備が船の大きさや収容人数から足りていないのは明らかだった。その点も船長に注意を促す。


 こっちが指摘しなくても船長はわかっていた様子だったので、保安警備でもない僕がこれ以上言っても意味はない。後から来る保安警備艇にそれとなく伝えておくくらいがいいだろう。



「安定剤と鎮痛剤のパックは医療ポッドセットしたので、後は安静にして回復を待つだけです」


「軽傷者も傷はそれほどでもなく、鎮痛剤と簡易治療で対応できる範囲の傷でした。傷口が開かなければ問題ありません」


「わかった。船長、こちらで出来ることは終えました。後の事はこれから来る警備の人達に任せようと思いますがよろしいですか? 引き継ぎまでは周囲を警戒しておきます」


「はい、問題はありません。巡回中の保安警備艇が来ると連絡がありました。曳航する船も手配してもらっています。周囲の警戒を引き続きお願いします」


 船長から礼を言われ、救難信号の対応手続き証明をしてもらった。手続き証明は組合ギルドに提出すれば、救難活動についての評価や報酬が受けれる仕組みだ。救助内容による報酬が馬鹿にならないほど関係してくるので、適当に対処をするだけでは評価が下がる場合もあるんだけど。


 救助が慈善活動であるべきなんて考えている人がいるかもしれないが、そんなことはありえない。宇宙での海賊行為をする奴らの事を総じて宙賊と呼ばれているが、そんな奴らの相手もしなくてはならないときもあるので、今回のような平和的に解決できたものだけが救助活動ではないんだ。


 さておき、アルクスに引き上げて周囲の警戒を継続する為、僕らはその場を後にする。しばらくして保安庁の警備艇が到着し旅客船の方から引き継ぎを済ませてもらった。これで安心して出発できる。


「護衛中の二隻帰還しました」


「よし、ブルーバ第二宇宙支へ亜空間航行」


〔ワープドライブ起動、シーケンス始動オールグリーン。続いて亜空間フィールド展開完了、目標の座標固定しました〕


「ワープ開始」


〔カウントスタート、――3...2...1、本艦は亜空間航行に入りました。目標地点への到着は二日と八時間後の予定です〕


「わかった。時間ができたし、食事してからトレーニングしてくる」


「後はお任せください」



 食堂で食事を済ませ、トレーニングルームへ移動してきた。


 ここでは筋力から柔軟、負荷トレーニングなど一通りのメニューができる器具や機械がそろっている。流れ的にはストレッチをした後にランニングマシン、休憩をはさんで筋力と初動負荷トレーニングを行う。余裕があれば重力負荷もやるべきなんだけど、今回はやらない。


「それにしても、あの旅行会社の船なんだか訳ありだったのかなって思うんだけど」


 トレーニング中だが無言も何なので補助をしてくれているオデルにつぶやきのように声をかける。


「どうしてそう思うノヨ、キャプテン」


「会社の命令って言っても動力部の故障で立ち往生してたわけだし、メンテナンススキルがあるブルダに見てもらえばよかったと思うんだけどね。修理できなくても故障の原因くらいはつかめるかも知れないのにって」


「ソウネー、訳アリだったとしても拒まれたのダカラ、知らなくても良いことだったんだと思うノヨ。むしろ、拒んでくれてヨカったのかも知れない。知らなくてもいいことは知らない方がいい。想像するのは自由だけど」


「それは、知ったらトラブルの元みたいな?」


「ソノ可能性が高いノヨ。キャプテンがあの旅客船の立場になって考えるといい。修理が出来るからと言って、自分の船に強引に入り込まれるのは気分が良くないハズネ」


「確かに」


「それに出来るからと言って、お節介の押し売りは相手に悪い印象を与えるし、評価にも影響スルネ」


「そっかー、もしそうならあの船長さんには感謝だね。経験になったよ」


「ソウ思っておく方がいいよ。素直なのはキャプテンの美徳ナノヨ」


 オデルの独特なイントネーションの言葉に頷きながら、残りのトレーニングメニューを消化することにした。



 ☆



 ブルーバ第二宇宙支部まで戻ってきた。ここまでの道のりは追加のトラブルもなく、各船の調整も順調に進んでいる。ブルーバ第二宇宙支部のステーションでギルドに依頼達成の報告を出したら、惑星ブルーバにあるおじい様の邸宅に戻る予定だ。


 そこで各船の航行データからバランスを再調整したり、補給や物資の残りを搬入し終えたら、いよいよ公募で指定されたワープゲートまで移動する。惑星ブルーバから目的のワープゲートまで、途中で最終の補給に立ち寄るステーションを含め、大凡おおよそ六日ほど掛かる日程でいる。



 と言うわけで、ブルーバ第二宇宙支部のギルド受付で依頼の報告と救難信号を受けた件を合わせて伝えた。


「……はい。依頼の方は問題ありませんね。それと、旅行会社プーラアングスからの報告も上がっておりますね。旅客船アブスラの動力部の故障について救助要請がありました。その際の現場での対応も問題ありませんし、旅行会社からの報酬も出ています。報酬額は人命救助の分の上乗せも含め、クレジットによる支払いとなります。よろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


「クレジットは口座へ全額入金でよろしいですか?」


「報酬の三割は現金端末で、後は口座にお願いします」


「承りました。こちらに端末をかざしてください。――はい、結構です。手続きは以上になります。お疲れさまでした」


 手慣れているのだろう、受付の女性は手早く手続きをしてくれたようだ。


「ありがとう」


 そう言って端末をしまって受付を離れる。現金端末っていうのは、昔からあるチャージ式の電子マネーのようなものだ。現金の現物は存在するが、この端末で支払することで取引の履歴が残り、履歴を残すことによって未払いなんかのトラブルが起こらないようにする。


 基本的に店舗を構えている所は、現金端末の設置が義務付けられているので使用できないという事は滅多にない。意図的に現金の取引で履歴が残らないようにしている所もあるみたいだけど、そういうところはグレーな取引なのがほとんどなんだとか。



 さておき、このステーションでやることは済んだ。用もないしドックへさっさと帰って出航手続きを済ませよう。 


 



 

 

 

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