第六回【タキシング、超合金、のり】

人間にも飛行機にも慣れないロボットの話



「クン・ヒューマン」  訳:離陸する人



私はロボット目ヒト科飛行機種-56年型RV2100、通称人間飛行機。私に自我があることを、人間たちは未だ知らない。


私が作られたのは二〇五六年、箱根にあるアメリカ航空宇宙局東京研究所だった。ロボットとは男の浪漫だ。そこに様々なベクトル(つまりは思惑)の、機能性や理想が差し引きされた結果、私が生まれたようだった。


私の見目は人間そのもので、少しガタイの良い成人男性と言ったところだ。背中には折りたたみ式の羽があり、肩と背骨周りには筋肉のかわりに、羽を動かすためだけを用途としたエンジンが備わっている。足裏のジェット噴射で離陸し、羽ばたきと羽の後方に設置されているプロペラで飛べるようになっている。羽にはソレノイドが起用され、飛翔時に自主発電出来るよう体内に風車式の発電機が組み込まれている。


体重を増やすと飛べなくなってしまうため、エンジンまわりは超合金で作られているが、胴体や腕、顔はただの薄ぺらいアルミ箔に、細やかな塗装を施しただけの、つまるところただの飾りだ。歩こうとすれば、膝は九十度、手足はぶらんぶらんと前後に揺れるという。軽量化のせいでスマートでまともな歩行さえできず、一定以上の速度を出すと損壊するおそれがある。飛行型ロボットとは名ばかりの、子供用のおもちゃだった。緻密な計算や、会話機能を要求すれば、その分部品は多く重くなり、飛行が困難になる。

結局私のHDDはパソコンやスマホと似たりよったりとなり、私に対する世間の認識は空を飛べるスマートフォンだった。


ただ人型というだけあって、今までの機械よりかは、少し奇怪なところがある。

私は食事をする。トイレもいくし、病院も行く。人間と同じようにだ。

けれど弁当は特別仕様だ。蓋を開ければ鉛製の米に超合金のおかず、飲み物の中身はガソリンだ。(食事など大して必要のない行為だが、人型と銘打ち、見栄を張った研究者らのご所望だった。一度人間仕様の弁当を食べた際には、体内に入った食品により風車がさびつき、飛行中に電力供給が停止され空中から落下したことがあった。それから彼らは私仕様の弁当を開発した。)これを他の船員らと並んで食べている訳だが、私は彼らの食べるのり弁当が羨ましくて仕方がなかった。のりのように湿気を含んで柔らかくなる素材は金属にはないため、私のランチがのり弁当になることは無かったのだ。

それに、健康診断に行くのは病院ではなく工場だし、トイレに行ったって出すのは工業廃棄物か、弁当で食した鉛や超合金だ。一度そこいらのコンビニのトイレに入って用を足したところ、警報が鳴ったことがあった。

そう、私は決して人では無いのだ。



人間たち(皆さん)は、飛行機にも意思があることを知っているだろうか。いいや、人間飛行機(わたし)だけの話ではない。何百人と乗客を乗せて、成田空港とサンフランシスコを行ったり来たりしているあの飛行機もそうだ。パソコンもそう、スマホだって、テレビだってそうだ。機械たちのおよそ三割くらいは意志思考を持ち合わせている。そして微弱な電磁波を発信し合い、時折、人間のような会話を嗜んでいるのだ。

私が飛行場へ行くと、(意志思考を持ち合わせている)飛行機たちは決まってこんなことを言った。


「来たよ、エセ飛行機だ」

「飛行機のくせして変な歩き方だなあ!」

「あんなんじゃあなんの荷物も運べないよ」


私は慣れたもので、いつもは気にもとめずぼんやりとそこいらを眺めているのだが、その日はどうも虫の居所が悪く、そのやっかみに腹が立ち、つい言い返してしまった。


「飛行する機械だから飛行機って言うんだ。君らはそんなことも知らないのかい? 無知なのが飛行機っていうんなら、飛行機になんかなりたくないや」


すると、彼らはやいのやいのと騒ぎたてた。


「お前は俺らとは違うじゃないか!」

「飛行機だっていうんなら、アクロバットは出来るのか?」

「ハンマーヘッドはどうだ?」

「タキシングなんて、出来ないだろう? その"足"じゃあなあ」


タキシング。それは人のような足をしている私には出きっこないものだった。私にはカラカラと回るギアなんてものは無いし、一定の速度が出ていないと体を水平に保つことも出来ない。推進力で進んでいる訳でもない。なにより私は、低空飛行や、地面間近を飛ぶことを恐れていたのだ。

飛行機たちは、私が黙りこくるのを見ると、鬼の首を取ったようにでかい顔をした。


「やっぱり、お前は飛行機じゃないんだ!」

「でも人間にしては不格好なやつ」

「お前なんか、人でも飛行機でもないんだよ」


私は酷く嫌な気持ちになって、彼らから顔を逸らした。聞かないように聞かないようにと意識をシャットダウンし始める中で、人間に連れ歩かれているタブレットの声が聞こえた。


「まるで、卑怯なコウモリだな」


それは私が特に苦手な話だった。獣にも鳥にもいい顔しいのコウモリは一人ぼっちになり、洞窟の底で暮らすことになったという童話だ。

こんなに哀れで惨めというのに、どうして卑怯と言われよう? これが卑怯というのなら、私は望んで卑怯になどならないのに。

それでも私は飛ぶしかなく、鉄製の弁当を食べる毎日を送るしかなかった。その日は気温が低く、ガソリン汁の中に三角や平らなまるや、棒状の金属が沈んでいた。おでんのようだ。超合金仕様のはんぺんに、さつま揚げ、ごぼう巻き。カコンカコンと食べていると、弁当がかたかたと揺れ始めた。何事かと思い箸で探ってみると、金の丸い超合金が振動していたのだ。指でつまんでまじまじと見つめる。ぴりぴりとひび割れ、剥がれた殻の穴から、金の鳥が瞳を覗かせた。鳥はじっと私の目を見ると、こう言った。


「本当になりたいのならば、なりきる事だ。彼らよりも彼らのことを見て、まるで彼らのように振る舞えばいい」


はっ、と気付いた頃には金の丸い卵だけが手の中にあった。

私はその鳥の言葉がどうにも引っかかって、ひたすら飛行機たちを観察することにした。

ギアの動き、速度、エンジンを入れるタイミングまではかり、夜の飛行場に忍び込んでは彼らの足跡を追って走ってみたり、飛んでみたりもした。

そもそも私が地上を移動するためには足を使う以外は体を引きずるしか方法がない。それが怖かった。痛みを感じる機能さえないくせに、自分が壊れることを恐怖していたのだ。

変わらない日々は暫く続いた。上を見て、鮮やかな太陽の日を鳥が遮り瞬かせる度に、私はあの鳥の熱い煌めきを思い出した。胸がむしゃくしゃして、やるせない気持ちになる。

思い立ったのは、何でもない日だった。いつも通り修理点検されている飛行機を横切った時だった。


"いつか私もこの飛行機のようになる、でもそれは間違いだ"


そう思った時には、駆け出していて、地面を蹴りあげ、足裏からジェットを噴き出す。ふわっと体が浮かぶ。そのまま足を斜め後ろに向けた。真下に向けたら上昇してしまう。あくまで、そう、水面を撫でる風のように振る舞うのだ。

私はぐっと上体を斜めに傾けて、倒れる! 駄目だ、恐れるな! 足だけに集中して、ぐっと前を向く。 地面に対して、四十五度か、四十度か、体で感じて調節する。ゆっくりゆっくり倒して、膝はコンクリートすれすれだ。顔から突っ込んでしまいそうなほどに近寄って、まだだ、まだ行ける、


··········今だ!



ピタリと、エンジンを止めた。動力の無くなった体は慣性の法則に従って、前に進みながら、風の抵抗と重力とに押され、ゆっくり下へ落ちていく。走馬灯のようにおだやかな時が流れる。進んでいるのか、風に流されているのか分からないほどのたゆといに変わったとき、私は静かにエンジンを入れた。空気を吸い、体の中でからからと風車が回るのを感じる。足裏をぐいと斜め上に向けて、真っ直ぐに前を向くと、景色がゆったりと後ろへ流れていった。

まるでタイヤが回るように、雪山を滑り落ちるように、自然に地面の上を走った。

これが、飛行機たちのいうタキシングかはわからない。わからない、わかりっこない、私はギアなんてもの持っていないのだから、はなから出来るわけなかったんだ。無理になりきる必要なんてなかったんだ。私は地面を滑走した。私なりに、私の力で、確かに、滑走したのだ!


ドウッ! ブウウン


頭を上にあげて上昇する。砂埃が地面を覆ってあたり一帯を曇らせる。私は真っ直ぐに天を向き、雲の狭間に飛んでいく飛行機を遠くに見た。地面を忙しなく歩く人々を遥か後方に置いて、空を駆けあがる。ふと、金色の鳥が目の前を横切った。私は叫んだ。


「私は人か? 飛行機か? 」


鳥は私のことを一瞥もせず答える。


「空を飛ぶのに人か飛行機かなんて関係ないさ。あるのは翼と自由だけだ!」


そうか、私は自由なのだ。

目の奥底が熱くなった。何かに括られる必要なんてない。好きなものは好きだ! のりの着いた弁当だって好きだし、病院だっていってやる。"レントゲンの結果によりますとエンジンにのりがはりついて誤作動しているかもしれません"なんて言われたっていい。私は自由なのだから!

私は燃料尽きるまで飛び続けると決めた。日本を超えて、世界に繋がる空を駆け巡り、満ちた月の土くれになって、その土の上を徘徊する超合金(スーパーアロイ)で出来た化け物が、私を食して生きる糧とするならば、あるいは、私のことを食して「スーパー・アロイ!(超うまい!)」と叫ぶのならば、それは人として生きるよりも、飛行機として生きるよりも、幸せなことではないか。

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のらくら文芸部 朗読作品 石川沙人 @sajin3ishikawa

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