第12話 勝粉団子

 そして、結局、小萩は藤原惟成のもとに嫁ぐことになったのである。

 だが、惟成には既に別の女性がいた。

 その人は、惟成の不遇の時代を支えた"糟糠そうこうの妻"というべき女性だったが、それでも、満仲様はプレッシャーかけ、事実上、別れさせてしまったのである。


 だが、世の中はそんなに思ったようには動かないものだ。

 せっかく重臣である惟成と姻戚関係になったというのに、肝心の花山天皇が、あっという間に出家したからだ。

 それも、寵愛していた女御にょうごが身重のまま死亡した為、その菩提ぼだいとむらおうと出家したである。

 いろいろと周りに画策されていたせいかもしれないが、花山天皇の時代は、まんまと二年程で終わってしまった。

 真面目な惟成は、潔く花山帝と共に出家する道を選び、それと同時に、小萩は離縁されてしまったのである。

 正直なところ、あっという間に終わっただった。

 小萩は、二十歳そこそこの若さで、世の中の厳しさを知ることになったのである。


 だからといって、小萩は決して後悔していない。

 火事から救い出された"あの日"以来、小萩は本当に満仲様の家族になりたいと思っていた。

 だから、後を振り返って、後悔や泣き言なきごとを言うなんて、"兵の家"の娘に相応ふさわしくないと思ったからだ。



「あの、叔母上様! 」


 酔っているように見えていた桔梗が、改めてと話し始めたので驚く。


「……いろいろと聞いて、申し訳ありませんでした。

 今更、私がこんなことを言うのも何ですが、……御爺様の喪も、そろそろ明けますことですし、もう、自由すきに暮らされても良いのではありませんか? 」


 桔梗が、まるで頼光に成り代わったようなことを言う。

 思わず、小萩は笑ってしまった。

 笑われたせいか、桔梗がちょっとふくれた顔をした。それが何だか可愛く見える。

 だが、そのやさしいねぎらいの言葉に対しては、


「良いのですよ! 私も、この家に引き取られてから、真の意味で"兵の家このいえ"の娘として生きる覚悟をしたのですから」

 そう、はっきり答えた。


「……」


 すると、その言葉に桔梗は沈黙する。

 おそらく桔梗自身の中に、自分だけでは消化しきれないがあるのかもしれない。

 桔梗は、やがて下を向くと、鼻をすすり始めた。

 そして、そんな姿を見て、小萩は桔梗のことが愛おしくなったのである。


「ねぇ、桔梗様も私の家族でしょう? 」


 小萩は、泣いている桔梗に優しく声を掛けた。


「私なりの考え方で、役に立つかは分かりませんが、

……何か、とてつもなく困難なことに突き当たったら、逃げないで、むしろ正面から方が気持ちが良いものなのよ。

 上手は言えませんが、……桔梗様も武人の娘として生まれたのですから、それなりに勝負なさいませ!

 婿殿の身分がどれほど高くても、頼りないようなら、思い切って掌で転がすぐらいが丁度良いのです!

……それでこそ、というものですぞ! 」


 小萩は、桔梗のことを気遣いながらも、きっぱりと言ってのけたのである。




 それから暫くして、やっと心が落ち着いた桔梗と、小萩は最後の料理を噛み締めていた。

 それは、勝粉団子かてるこだんごというもので、米粉に果物の汁を混ぜ込んで作る団子であり、当時のデザートのようなものだ。

 古今東西、時代が違っても甘いものは特別なのだろう、平安時代でさえ甘味スイーツの記録が残っているから不思議である。

 因みに、この団子は、多田荘の外れに隣接する他の貴族の果樹園で採れるたちばなの実で作られていた。

 というのも、季節になると、盗人が現われるとのことで、時折、家の者が見張りを手伝うから分けてもらえるらしい。

 さすがに橘である。……餅を噛み締めると、ほんのりと柑橘系の爽やかな香りが口の中に広がり心地良かった。

 だが、まだ完熟してない実を使っているので酸っぱいのだが、それでも米粉が本来持っている甘みと相まって、何とも言えない旨さである。

 それにしても、"勝粉かてるこ"とは良く名付けたものだ。

 まるで、全てのことにこだわっていた満仲様のことを思い出させるような名前である。


「あぁ、真に旨い食事でございました。御爺様が出家なされる前は、このような料理を召し上がっておられたのですよね。

 確かに、このような獣臭けものくさい料理を食べるなど、不信心で極楽往生ができないかもしれませんが、それでも精が付いてが出ますな!

 都では、このような料理は滅多と食べられませんので、多田に来て真に良かったです! 」

 そう言うと、桔梗が本当に満足したように微笑んだ。


「ほほほ、……このようなひなの料理で、お恥ずかしい限りですが、それでも、これは生前の御父上様が好んで食べておられた物ばかりなのですよ」


 するとその言葉に、桔梗は、

「……おう、おう、そうか満足したわ! 腹いっぱいじゃ! 」

 と愉快そう笑うと、衣の腹の辺りをポンと敲いて見せた。


「……ほんに、亡くなられた御父上様によう似ておられますな 」

 そう言いながら、小萩も大笑いしたのである。



 平安時代は、仏教的な考えが社会や生活習慣に強い影響力を持っていた時代だった。

 そんな中での、女二人による、どうにも極楽にはイケそうにない"不埒ふらちな食事会"は終了したのである。



 それから数日後、満仲様の仏事が滞りなく行われた。

 そして、その後、桔梗は無事に都に帰ると、藤原道綱の妻になったのである。

 では、小萩はどうなったのか?

 出家する道を選んだのである。


 その年の初冬、冷たく空気が澄んだ早朝のことだ。

 髪を下ろした小萩は、懇意にしている尼寺に向かって出立しゅったつした。


『出家するには、若過ぎるのではないか? 』


 と、止める者もいたが、小萩の心は揺ぐことはなかったからである。



 出家とは、本来、死後に極楽世界へ生まれ変わるようにと修行を積んだり、または、大切な誰かの冥福めいふくを祈る目的で、寺で隠遁いんとん生活を送ることだ。

 つまり、世の中から切り離された世界で、質素で禁欲的な生活を送らなければいけないのである。

 当然、質素な生活、特に食生活のせいで、出家すると早く亡くなる人もいた。

 だがそれでも、小萩は敢えて出家の道を選んだのである。


『生き方は選べない人生だったかもしれないが、

死ぬまでの道は自由に生きよう! 』


 そんな心持ちになったからだ。



 寺への道すがら、小萩は最後の思い出にと、邸から少し離れた小高い丘から多田の地を見下ろした。

 すると、谷を削る川水が、激しいながらも美しく輝いて見えたのである。



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 その後の話だが、史実の上で、実際、頼光の一人の娘が自分の父親とあまり年が変わらない"藤原道綱"の妻になっている。

 そして、道綱の死後には、とても寿であった頼光が、娘を婿に嫁がせて、早くに独り身にしてしまったことを悔いた。……という話が伝わっている。

 では、小萩はどうなったのか?

 残念ながら、藤原惟成の妻だった娘の行く末ゆくすえについては、何も伝わってないのである。


------------------------------------------------------------------ 完 ------------------















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