第6話 トリプラの決断、誰も知らない願い事
「お、お嬢様。そろそろ休みましょう。夜が明けてしまいましたよ」
空が明るくなり始めた頃、スピネラが弱々しく提案した。遅くに出たこと、宿屋ではすぐに見つかってしまうとの判断から三人で馬を夜通し王都の外まで走らせたのだ。ほとんど徹夜である。
「スピネラ、さっきも言ったけどお嬢様ではなくてジェレミアでいいわ。そうね、ローレンも馬も休ませたいし、適当なところで休みましょう。ローレン、先導をお願いね。あ、あなたもジェレミア呼びでいいから」
ジェレミアがローレンの方に向かって声を掛けると気遣うように答えた。
「……ああ、そうだな。お嬢、いや、ジェ、ジェレミア……」
まだ慣れないのか彼は照れくさそうにしている。
(一晩で運命も立場も変わったもの、皆が戸惑うのも無理ないわ)
ようやく一休みできそうな場所を見つけ、馬を繋げた、草むらに座ったらスピネラはすぐに眠ってしまった。唐突に徹夜させたのだ、無理もない。
「ローレン、私もちょっとだけ眠らせてもらっていいかしら」
「あ、ああ」
そう言うとジェレミアもローレンの肩により掛かるように眠ってしまった。
(ローレンの隣は昔と変わらず暖かい。安心できる)
寝息を立てるジェレミアにローレンは少しどぎまぎとしていた。
(こういうところは昔から無防備な人だ)
ローレンは幼い頃から今までのことを思い出していた。綺麗で活発なお嬢様。年も近かったから妹と共によく遊んだものだ。森に出かけたり、剣術の真似事をして母に叱られたり。
あの頃は楽しい時がずっと続くと信じていた。それが壊れたのは一つ目はジェレミアの乳母であった母の死、もう一つは王子との婚約が決まった時からだ。
婚約者のいる身だからと仕事として護衛する以外は会えなくなり、会話も事務的な挨拶だけになった。彼女も王妃にふさわしい教育のための家庭教師をつけられて忙しくなりすれ違いが増えてしまった。
スピネラを通して様子を聞いたり、シトリンに手紙をつけて万一読まれてもいいような他愛のないやりとりするのが唯一の楽しみだった。
そんな大切な人が今、自分の肩にもたれて眠っている。
(親を失った俺たち兄妹を置いてくれと一番強く伯爵に言ってくれたのはジェレミア様だ。伯爵も聞き入れてくれて、護衛騎士見習いやメイドとして置いてもらえた。こんな良いお方との婚約破棄するとは愚かな王子だ)
ローレンは見たことの無い王子に憤りを覚えたが、安心している自分もいて少し戸惑った。
(いや、止そう。身分違いの想いはいつか終わらせなくてはいけない。いつもそう言い聞かせていたじゃないか。けど、さっきは勘当されて平民にされると言っていた。立場は同じ、いや、彼女の気持ちを無視して俺は何を考えているのだ)
「でも、できるものなら一生彼女を守ってそばにいたい」
『その願い叶えた!』
独り言を言うとどこからか女性の声がして、ジェレミアの指輪が光った。その光で二人は目覚める。
「なんですか? 今、太陽とは違う強い光がしたような」
「まさか、トリプラが誰かの願いを?」
『そういうこと、私は人の強い想いがこもった願いを叶えるの』
「ひっ! 指輪がしゃべった!」
「あ、ああ。これは王家の婚約指輪。伝説と思っていた願いを叶えるトリプライトの精霊よ。返し忘れてしまったからこのまま無くさないようにつけているの。ところで誰のどんな願いを叶えたの?」
『それは内緒』
「もったいぶらないで教えてよ」
そんなやりとりの中、ローレンだけが顔を赤くしてうろたえていた。
(まさか、独り言として口にしたことが。し、しかも『叶える』って。そ、それじゃあ、俺は、俺は)
「ジェ、ジェレミア、そ、そんな大事な指輪を付けていたら王家から追っ手がかかるのではないのか? あ、新しい婚約者に渡すだろうし」
ローレンはなぜかどもりながら尋ねてきた。そんなすごい指輪を持っているとは思わなかったのだろう。
「それもそうよね。婚約破棄された婚約指輪なんて縁起悪いから新しいのを作りそうな気がするけど。トリプラ、あなたはどうしたいの?」
『願いは三つ叶えたから間もなく眠りにつくわ。それに追っ手が来ないように王家の元へ帰るわ。そのくらいの力は残っているし』
「そう、短い間だったけど、あなたと話せて良かったわ。あなたがいないとここまで決断できなかった」
『決断したのはジェレミアよ。それに願いは三つ叶えたから私はしばらくはただの石だし、ついてきてくれる仲間がいるから私がいなくても大丈夫よ。じゃあ、さよなら』
「さよなら」
そういうと指輪が消えていった。きっと王家の保管庫か目につくところに移動したのだろう。
「なんだかわかりませんが、すごい経験をしたのですね。私たち。でも本当に誰の願いを?」
「わ、わからない。俺もうとうとしていたからな」
赤くなっているのを悟られないようにローレンは答えたが嘘なのは妹の目には明らかだった。そしてひっそりと祝福した。
(兄さん、おめでとう)
一方、王家の方では別の騒ぎが起きていた。
「国王様、ウルフェン様、指輪が宝石庫から見つかりました!」
大捜索をしていた家臣の一人が息を切らせて飛び込んできた。
「なんだと!?」
「刻印も石も鑑定しましたが本物です!」
「父上……」
「さすがだ、きっとトリプライトの特別な力で戻ったに違いない」
「これをマリアに渡せる、良かった」
「願い事には慎重に扱え」
「はい! ああ、愛しのマリアに早く渡したい」
〜〜〜
(トリプラの独り言)
ふう、しばらくは眠るけどその前にあの子と話せて良かったわ。あの強さと頼りになる人がそばにいるなら大丈夫。彼らなら私の力が無くても幸せになるわ。私は背中を押したようなもの。
それにしても初代国王の一つ目の願い事が「バストネ王国の繁栄」だったから荷が重くて、だから国の豊穣とか交易の成功なんて加護の範囲だから叶えなかったの。次からは個人の願いだけ叶えることにしたけど、二つ目も重たかったわね。命を助けたのにあんなバカに育つとは思わなかったし。
だから、最後の願いは健気で真摯な想いを叶えることにしたの。
ただの石になったら力が回復するまで願い事は叶わなくなるし、一つ目の願いは大きすぎたから加護は少しずつ消えていくし、没落していくわね。……もう考えるより眠いから寝てしまおう。
〜〜〜
トリプラの独り言はもちろん王家に聞こえるはずはなく、何も知らない彼らは歓喜するのであった。
〜了〜
婚約破棄された悪役令嬢ですが、願いが叶う伝説付きの国宝級らしい婚約指輪を返し忘れました。急いでいるのでこのまま旅して行こうと思います。 達見ゆう @tatsumi-12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます