第5話 王家の手配は空振りに

「なぬ、ウルフェン王子と婚約破棄だと?!」


 早馬でやってきた王家の使いから事情を聞かされたバイト伯爵は怒りのあまり額に青筋を立てていた。


「ジェレミアが何かしたのか? あの恥さらしめ」


「正式な手続きは後ほどに致しますが、先に婚約指輪を返してもらう必要があります。お部屋まで同行願います」


「了解した。その場で勘当もしよう」


 しかし、ジェレミアの部屋は誰もおらず、荷造りをした跡、置き手紙があるのみであった。


『理由は既におわかりと思いますが、私ジェレミアはもうこの家には居ることはできません。父上、母上、お身体を大切になさってください。私は死んだものと思って結構です』


「なんだと逃げたのか、ジェレミア! おいシナバー、一緒にいたスピネラはどうした!」


 そばのメイドに怒鳴るように伯爵が尋ねると彼女は困ったように答えた。


「それが、どこにも見当たりません」


「なるほど、二人して夜逃げをしたというわけか。手間が省けたか」


「あなた、早くジェレミアを捜さないと心配だわ」


 夫人が伯爵にオロオロとして言う。


「あいつは勘当だ。このまま放置しても構わん」


「そんな……! いくらなんでもあの子が可哀想ではないですか。あの子が何をしたと言うのです」


「王家に婚約破棄されるとはよほどのことだ。こちらとしても勘当するしか伯爵家のメンツは立たない」


「あの、お取り込み中申し訳ございませんが、婚約指輪をお探してしてもいいですか」


 二人の喧嘩に困惑しながらも王家からの使者は尋ねた。


「ああ、そうであった。指輪ならどうぞ引き揚げてください。宝石箱に入っているはずです」


「了解しました。では失礼して」


 しかし、宝石箱はほとんど空であった。あるのは小さめのイヤリングがあるのみ。肝心の指輪は無かった。


「あの、他に宝石を保管している場所は無いのでしょうか」


 使者が困ったように尋ねる。


「まさか、婚約指輪を持って逃げたのか! あのバカ娘」


「あなた、今日は王子との婚約お披露目も兼ねていましたから、身に着けていかれたのは当然です。恐らく外す時間もなく家出をしたのでしょう。可哀想なジェレミア、勘当される前に身をひくなんて」


 夫人はそう言ってシクシクと泣き始めた。


「シナバー、他の者と一緒に他の部屋も探せ! 透明な茶色の石がはまった指輪だ!」


 バイト家が騒がしくなる中、使者は内心震えていた。


(ジェレミア様が持ったままだとすると国王様の懸念が現実になってしまうのかもしれない。早くご報告を!)


 しかし、悟られてはいけない。まさか国の存亡が掛かっているなんでトップシークレットである。


「では、見つかりましたらお知らせください。私は現状を国王に報告する義務がありますので」


 そういうと使者は内心の動揺を隠して、その場を退去した。


「これは相当まずいことになった」

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