蒼炎の復讐

あいろん

蒼炎の復讐

 ある日突然、俺の村は竜に焼かれた。

 平穏な日常はその息吹によって瞬く間に破壊されていって、その光景を見て泣きじゃくりながら両親と共に村から逃げたのを今でも覚えている。

 俺たちが逃げた後、冒険者たちが勇敢にも立ち向かったらしいが、結局村は灰燼に帰した。


 ……それから、二年後のことだ。

 ちょうどその日、十六歳になった俺は冒険者として生計を立てていくことを決めて、家を出た。

 しかし……数刻も経たないうちに家へとんぼ返りすることとなった。

 隣の家に住んでいたジョンさんが俺のところへ急いで駆けてきて、両親が高熱を出して倒れてしまったことを伝えてくれたからだった。

 そうして家に戻り、俺は両親の看病をしているとあることに気づいた。


――背中に、竜の紋章が出ていたのだ。


 冒険者になるために魔物について勉強していた俺は、これが何かすぐわかった。

上位竜の、呪いだった。なぜ今更になってあの竜の呪いが発言したのか、それはわからなかったが、それとは別に一つ確かに分かることがあった。


 両親は、苦しみ抜いて死ぬ他ない、ということだった。


 上位竜の呪いは徐々に対象の体力を吸い取り、全てを絞りとって対象を殺すという。そしてそれを止めるには、術者である竜を殺すしかなかったのだ。

 当時十六歳の俺にあの竜を殺す力などなければ、そもそも行方もわからなかった。だから……俺にできたのは、両親を楽に逝かせてやることだけだった。


 闇市に売っている、得体の知れない安楽死用のドラッグ。俺はそれを買い、両親に熱さましの薬だと言って飲ませた。両親は「ありがとう」と言って、笑顔のまま息を引き取った。


 そして俺は―—竜への復讐を誓った。


 それからは、長く厳しい修行の日々だった。竜を殺すためには冒険者のランクでいう所の金級相当の力が必要で、その道は果てしなかった。

 それでも幸運だったのは、俺に魔法の才能があったことだった。属性は火。しかも、蒼炎という少し毛色の違う火を操る魔法だった。

 魔法のことなど全くわからない俺は、師を探した。そしてそれは案外簡単に見つかった。俺の活動拠点としていた街に偶々いた、火魔法の使い手。彼は俺の事情を聴くと、なんの対価も要求せずに弟子にしてくれた。

 そこからは、魔法と剣。二つの道を同時並行で極めていった。


 師匠は、復讐に燃える俺にこんなことを言った。


「復讐とは何も生みません。しかし、君が前を向いて生きていく為には、それはきっと必要なことなのでしょう。だから約束してください。復讐を果たしたら、自分の幸せのために生きると」


 その言葉を聞いて俺は、自分の幸せとは何か考えてみた。

 思い出すのは幸せだった日々。家族がいて、友人がいて、なんの変哲もない平凡な日常。それが俺の幸せだったのだ。


 ―—そして、そんな日々を壊した竜のことが、一層許せなくなった。


 時は流れ、俺は二十歳になった。たったの四年間で最下位から金級の冒険者へと昇りつめた俺を、世間は盛大に称えた。新たな英雄の誕生だと。

 しかし俺には、そんなことはどうでもよかった。金級の冒険者の権力は、大体貴族で言う伯爵程度。それを理由にすり寄ってくる女もいたが、俺が欲しかった家族にはなれそうになかったから丁重にお断りした。俺が今、真に欲しいのは竜の命だけだから。


 金級の冒険者になれば、ありとあらゆる情報が耳に入ってくる。各地を回り、あの竜の情報を集めていた俺はある日、こんな噂を聞いた。


―—滅竜の丘に、白銀の鱗を纏う竜がいると。


 滅竜の丘とはその名の通り竜にとっては猛毒な植物が大量に群生し、年中胞子をまき散らしている場所である。そんなところで生きていける竜などいないはずだった。しかし俺は、それこそが復讐を誓った、故郷を焼いた竜だと確信した。


 覚えているさ。片時も忘れたことはない。白銀の鱗、長く伸びた髭。凶暴な牙、圧倒的な巨体。そして―—死に場所を求めているかのような、希望のない暗い瞳。

 命を諦めているかのようなあの瞳があるからこそ、俺は一層あの竜に復讐をしたいと願ったのだ。


「行こう」


 俺はポツリとそう呟くと、愛剣を持って滅竜の丘へと旅を始めた。


 そして今。俺は滅竜の丘へとたどり着いた。

 眼前にいるのはあの頃と何も変わらない竜の姿。神秘的なその白銀の鱗を纏う尻尾は、数多の生命を殺してきた凶器だと俺は知っている。

 一歩前に踏み出して、敢えて竜の視線を浴びてから剣を構えた。


「お前を殺す。そして俺の復讐は終わりを告げる。命を差し出せ」


 俺がそう言うと、頭の中に声が響き渡った。


『ほう、お主が我を殺してくれるのか。よかろう。かかってくるがよい」


 白銀の竜は咆哮と共に、俺の故郷を滅ぼしたあの息吹を放つ。

 しかし俺は臆することなく、前に一歩、また一歩と踏み出す。息吹は俺の蒼炎魔法によって完全にコントロールされており、俺を避けるようにして周囲の花々を燃やしてゆく。そして立ち込めるのは黒煙と滅竜の胞子。短く息を吸い、俺は白銀の竜へと飛びかかった。


「セイヤァーッ!」


 掛け声と共に剣を振り下ろし、白銀の竜の首筋へとそれは吸い込まれていく。

 そうして首筋に当たると……俺の剣は蒼炎を纏い、決して浅くない傷をつけた。


「まずは、一発」


 斬ってみた感じ、あと数回同じところを斬れば、あの首は真っ二つになる。

 竜は、殺せる。


『ほう、我が鱗を貫き傷をつけるか。そのようなことができる者など、ここ数千年一人もいなかった……期待しても、よさそうだな』


 白銀の竜は素早くその尻尾を振るい、地面にいる俺を薙ぎ払おうとする。


 ―—まだ、遅い。


 薙ぎ払いが到着する頃には俺は、白銀の竜の首筋に二回目の斬撃を浴びせていた。そしてこの緩慢な動きだが、原因は察しがつく。空気中に舞う胞子だろう。

 その巨体を死に至らしめるほどの効力はないものの、害が一切ないわけではない。故に、こうして白銀の竜は緩慢な動きをしているのだ。


 その後も、難なく白銀の竜の攻撃を躱し、斬撃を浴びせてゆく。そしてあと一撃で首を斬り落とせる所まで持ち込むことができた。


「はぁはぁはぁ……」


 呼吸は荒く、足場も殆どが燃えている。一刻も早く仕留めなければ、俺はここで死ぬ。それを悟っていてもなお、俺は攻勢に出ずにはいられなかった。理由は、白銀の竜にある。


「ここにきて空を飛ぶか」


 正直、今までがおかしかったのだ。空の王者であるからこそ、竜種は地上の生物、空の生物への圧倒的な優位性を持ち合わせていたのだ。だというのに、白銀の竜は今までその強みを一切使ってこなかったのだから。

 つまり、ここからが本番。空を駆ける竜の、討伐をしなければならなかった。

ただまぁ、策はある。つまり、勝機はある。


「師匠、使わせてもらいます」


 俺が取り出したのは、事前に師匠から貰っていたとある魔法の込められた魔導書だった。俺はそれに魔力を込めて、効力を発動させる。


「飛ぶ斬撃。受け止めてみろ!」


 そう、俺が貰ったのは斬撃を飛ばす魔法。剣を振るえば斬撃は蒼炎となり、空を飛びブレスを吐く白銀の竜に当たる。


「ちっ、足か」


 俺が狙うべきは傷をつけた首筋の裏、ないしは翼だ。空を飛ぶ相手に正確に攻撃を当てるのは至難の技だが、やるしかなかった。


 一心不乱に剣を振るう。そうして少しずつ翼に傷をつけていき……気づけば白銀の竜はかなり低空飛行していた。


「勝機ッ!」


 俺は金級冒険者の中でも随一を誇る身体能力を全力で活かし、跳躍。上段からの振り下ろしで白銀の竜の翼を斬った。

 すると白銀の竜は地面へと落ちていく。そう、俺の真上で。


「まずっ」


 押しつぶされぬように剣で防御しつつ着地。一瞬翼の重みを感じたのち、すぐさま退いた。


―—そして


「これで、最後ォ!」


 起き上がろうとする白銀の竜の首を、最後の力を振り絞り斬り落とした。

「ズドン」という重々しい音は白銀の竜の巨体の重さを感じさせた。


「終わった……か」


 結局、なぜあの竜が死にたがっていたのかはわからなかった。しかし、そんなことはどうでもいい。俺は復讐を成し遂げたのだ。

 だが、俺の心にあったのは―—無だった。


「復讐は何も生まないっていうのは、こういうことですか、師匠」


 復讐は完遂されたが、両親の命は戻ってこなければ、復讐の炎、つまりは今までの生きる原動力も失われた。俺にはもう、本当に何もないのだ。


「まぁ、とりあえずは墓参りだな」


 これからのことは後で考えよう。今はぐっすりと眠りたい気分だった。

 白銀の竜の体を蒼炎で焼き、その場を後にする。あの竜の死体を、剥ぎ取る気にはなれなかったのだ。


「よし、帰ろう」


 そうして、俺の復讐の物語は幕を閉じる。

 これから始まるのは、復讐をした後、何が為に生きるかを探す物語だ。


 だが、それはここには記さない。それはただの蛇足にしかならないだろうから。

これを読んでいる君に言いたいことは一つだ。


『復讐は何も生まない』


 まさか師匠と全く同じ言葉を、復讐に半生を捧げた俺が言うことになるなんてな。

 これで本当に、この本は終わりだ。くれぐれもこの言葉を忘れないでおいてくれ。 


創世歴八千二十九年  著 『屠竜』の冒険者 『蒼炎の復讐』より

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