第7話 12月29日(金)THA BLUE HERB YEAR END TOUR FINAL@LIQUIDROOM

 TBHRの音楽に心を奪われて干支一回り。いつか生で見てみたいと思いつつ、もしかしてこのままだと一生見ないのでは?と危機感を抱き、衝動的にチケットを取った。直後にSOLD OUT。間一髪。

 とはいえ私が好きなのは専ら初期作品、1st〜3rdアルバム。最近の作品やBOSSさんのソロを聞き込む時間も無く、不安を抱えたままリキッドへ。早めに行くと2FのカフェスペースでTBHR好きが集まったバーイベントをやっており、うっかりぼっちで足を踏み入れてしまったが、dogear recordsのニューエラをかぶっていたおかげで話しかけてもらえたりして緊張が解けた。CBDチョコを買う。待機中に続々と集まってくる人達が皆歴戦のB-BOY&B-GIRLという出立ちで素敵だった。知り合いは一人もいないが、この場にいる人達となら心の根っこの部分を分かり合えるという謎の安心感があった。ずっとここにいられたらいいのにとすら思った。ヒップホップと共にあるいつもの日常がライブという非日常と溶け合うひと時。

 ステージが始まる。DYEさんが中央に現れて、ビートを流し始める。雪の結晶の形を模した照明がステージを囲うようにして置かれ、それが回転したり点滅したりする。目を瞑ると瞼の裏でチラチラと残像が光る。本当に雪が降っているかのよう。日本のどこにいても自分達の音楽は雪と共にあると、心象風景を従えているようだ。BOSSさんが現れる。本当にいたんだ、という当たり前のことを思う。しかしこの当たり前の事実を目の当たりにするのに、私は12年も掛かった。

 BOSSさんから吐き出される言葉は重かった。私はこんなに重い言葉を聞いたことがないと思った。言葉の一つ一つが、オーディエンス全体に向けてではなく、まさに「お前一人」のために吐き出されている。どうしてこんなことが可能なのだろうかと、言葉と音の奔流に身を任せながらずっと考えていた。私が本当にただ一つ欲しいものはそれなのだ。皆ではない、複数ではない、集団ではない、本当にたった一人のために言葉を紡ぎたい。それが具体的にはどういうことなのかも分からないまま、ただ私はそれが可能だと信じて自分の中にある深くて暗い井戸を掘るようにして小説を書いている。BOSSさんのラップを聴くと、本当に可能なのだということが分かる。後は私自身の問題だろう。具現化。私が私に課したミッション。


(年末のことで少し日が空いてしまったけど、忘れたくないので書いた。皆様今年もよろしくお願いします。“今日無事”でありますように。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何がリアルで何がフェイクか Season2 天上 杏 @ann_tenjo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ