ニュータウン

里下鳥太幸

ニュータウン

 ジリリリリ。お布団から今日も目覚まし時計を探します。今は6時。春の日の長さを基準にしているので、起きるにはほんとは、まだちょっと早い時間です。眠たい目をこすりながら、お部屋の電気をつけると、お部屋は白々しく明るくなりました。僕はトーモロコシのパンをトースターに入れて、5分くらい待ちます。

 クーラーがごうごうと音を立てています。このふろん?のクーラーさんが動かなくなったら、僕は暑さで干物になって死んじゃいます。「地球温暖化」ってヤツのせいなのです。あれのせいで外に出るのも暑くて敵いません・・・ああひまになると色んな気持ちがうるさくしてイヤだな。そう思ったので、僕は幼なじみのラジオのつまみをぐるりと回しました。ざらざらしたノイズの中から、たった一つの番組が浮かんできたところで、トースターが焼き立てのパンを持って、僕のことを呼んできました。

「・・・本日8月15日、日曜日の『宇宙天気予報』をお伝えします。では太陽から。太陽では今日1日、磁気嵐、及び致命的な太陽フレアの発生、エックス線の照射は、まず起こらないものと見られます。外出してもまず問題無いでしょう。次にプロキシマ・ケンタウリについて。プロキシマ・ケンタウリでは、・・・」

 ラジオのお話してくれる、わけが分からない言葉を聞きながら、パンをおなかに入れてしまうと、お出かけの準備を始めます。お気に入りのスカートを穿いて、クーラーの付いた特別な服を着てお部屋とおわかれします。ドアを開けてみると、空ではちょうど夕日がギラギラ、名残惜しく落ちてゆくところでした。太陽からはいつも危険な光線が出ているらしくて、僕がお出かけしようとする気持ちをジャマするのです。それだから、日陰の方で夜が来るのを待っていました。

 気が付けば、空はすっかり黒くなって、でも僕はすっかり汗だくになっていて、太陽に日陰から出ることを、ようやく許してもらえました。今日も不安に、外付けの古階段をツトトと下りました。

 僕は地面からの熱気に転びそうになりながら、熱を感じない団地の棟の間を歩きます。お月様が一人、かくれんぼして遊ぶ、夜のひだまりニュータウンです。この時に大きな音なんて立てれば、きっと僕が「夜」ではないことがバレて、影にされてしまうのです。僕は夜のふりをして、一つも音を出さずに、いつもの公園にたどり着きました。そこには、すな場と時計とすべり台、あとブランコがあるだけです。2つ座るところがブランコにはあって、その赤い方には、やっぱり今日も「つぐちゃん」が座っていました。だから僕も黄色のブランコに座ってお隣さんになりました。つぐちゃんは相変わらず体をまっすぐにして眠そうな顔でほほえんでいました。僕のパジャマにそっくりな服を着ていたけれど、髪は僕と違って白っぽい色でした。実は僕にはつぐちゃんに聞きたかったことが一つあったのです。

「ねえこの前は、どうして部屋のドアも開けっ放しにしてたのに、僕の部屋に遊びにきてくれなかったの?僕の部屋は、3階の306号室だって伝えていたのに。・・・」

 それでも、つぐちゃんはどこか遠くを見てずっとほほえむだけで、何も教えてくれませんでした。そして、その仕草があまりにも夜だったから、僕はますますひとりぼっちになりました。仕方がないので目を空気に泳がせていました。

 そうしたら、そうしたら僕は、すなばに、みーちゃんがいる事に気が付きました。白猫のみーちゃんは、この前、僕のお部屋から、寝ている間にお散歩に行きました。

 それっきり、みーちゃんは行方分からずだったのです。

 みーちゃんは丈夫でした。熱い砂の上にいても、体はとても冷たかったのです。僕はしばらく隣で体育座りをしていました。みーちゃんは何も教えてくれなかったけれど、丸くなった体は、確かに夜じゃないものがあったんです。きっと。でもやっぱり、全部が夜になっちゃったような気がして、とうとう僕は、手後れのひとりぼっちになりました。

 仕方が分からなくなって、僕はみーちゃんに背を向けました。つぐちゃんの方に振り返ります。なんとつぐちゃんは、僕の景色をつぐちゃんでいっぱいにしていました。つぐちゃんは左の手を、角砂糖ほどの力で一生けん命に引っぱってきました。遠くの方からは楽しい太鼓の音が聞こえてきます。僕はスカートをはたいて立ち上がりました。だからつぐちゃんは、僕の手を同じように引っぱって、わぁっと走り出しました。すなばをジャンプして、がれきの山を登って、溶けかけのアスファルトの道を走っていくと、人のたくさんいる大通りに来ました。お祭りちょうちんがぽわぽわ、夜ではないようにふるまって、わたがし屋さんも、焼きそば屋さんも、お面屋さんだってあります。つぐちゃんはかけっこの後の苦しそうな息つぎで、ぴょんぴょんと手を振りました。その先にはつぐちゃんのお父さんがいました。お父さんもつぐちゃんの元気なのを見て、やさしく手を振りました。ほんとのほんとに、たくさんのニュータウンで暮してる人が集まっていて、楽しい話し声がずーっと聞こえます。つぐちゃんもしあわせそうに笑っています。僕もとっても笑顔でした。


 突然、空が激しく光りました。それは絶対に太陽でした。


 僕はすぐに目をつむって、両手で耳をふさいで小さくうずくまりました。まぶしい電波を浴びて背中はブルブルふるえました。どれくらい時計は回ったでしょうか。おそるおそる頭をあげると、太陽はもう帰って、周りは全く夜になっていました。つぐちゃんはあれを花火だと言いました。それがいかにも夜らしいアドバイスだったので、無視をするとすぐに影になりました。

 元みたいに夜になったつぐちゃんと、やっぱり夜にはなじまなかった僕は、公園までもどって来ました。僕はつぐちゃんにお部屋の場所をもう一度教えて、ひとり帰ります。時間は夜の2時です。

 お部屋はお外に出たときのまま、無理に明るくしていました。僕はペットボトルのお水を温めて、コーヒーを飲もうとしました。夜のようで夜じゃないコーヒーは、夜と僕を、きっと友だちにしてくれます。今日は半分も飲みこめました。夜の3時は、まだ眠るには少し早かったけれど、今日はたくさん笑って泣いて、疲れていたので、もうおしまいにすることにしました。クーラーさんとラジオにおやすみと言って、電気を消して、やわらかいお布団に入ります。目をつむると、クーラーのごうごうした声が意識と一緒に遠くなっていきます。


 朝の5時です。今日もまた太陽が昇ります。全部の植物を枯らして、死の光線を降り注がせます。地球とお別れできなかった、ほんのひとにぎりの人々を、じっくりと滅ぼしていくのです。まぶしくまぶしく、たった一つの生きているお部屋だって同じなのです。最後にはこのニュータウンごと、つまらないひだまりに、やっぱり埋もれてしまうのです。

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