第三章 怪しい二人組

第1話

薄暗い竹林から出て、笹塚街道に戻ると、二人はいま来た道を引き返した。

道はほとんど平坦であった。相変わらず、太陽は焦げるように頭上を照りつけている。自分の影が幾分は長くはなったが、風がないので、額から吹き出す汗が止まらなかった。


蒼斗が、腕時計を見ると午後二時を過ぎていた。早くしないと今日中に、隣町に着けなくなってしまう。今日だけは、二人で山中に野宿することは避けたかった。


この道に入ってから出会ったのが、白い着物の女と、片手運転の女子高生で、蒼斗は少々人恋しくなっていた。さっきのお巡りさんを見たときに、少しホッとした気分がしていた。


後ろを見ると、俯いたままの蓮の顔色が冴えなかった。

夕べ一睡もしていない疲れも出てきたのだろう。蓮は寡黙になっていた。


いつもなら、取り留めのないことでも、ずっと何時間も話し続けられるのに……。

蒼斗は、何とか元気づけてやらなければと思っていた。


蒼斗は、神社の赤い鳥居の前に着くと、ブレーキを掛けて足を着いた。少し遅れて蓮も横に止まった。


やはり女子高生とは、すれ違うことは無かった。

蒼斗は、デイパックからぬるくなった飲料水のペットボトルを取り出して渡した。

「やっぱり、会わなかったな。一本道なのに……」

蓮が、ペットボトルの蓋を回しながら言った。


「でもさぁ、半分顔の無い柚音と会うよりはいいんじゃね」

蒼斗の言葉は、蓮にとって、何の元気付けにもならなかった。


蓮は、飲料水を一口飲むと、ペットボトルを手渡した。

蒼斗は、それを受け取るとゴクゴクと喉へ流し込んだ。そして蓮から蓋を受け取ると、それを強く締めて、デイパックに戻した。

身体中が汗と埃でベタベタである。蒼斗は、さっきの恩音トンネルの中の冷気が恋しくなってきていた。


鳥居を潜る脇道を、二人は並んで入っていった。道の両側には、太い杉の木が規則正しく並んでいる。

この道は、背の高い杉の木陰になり幾分暑さを凌げる。少し進むと、杉並木の先に円形の広場が現れた。鳥居の広場である。

ちょうど神社の裏手に当たる場所で、野球場ひとつ分位の広場がある。広場の右側は少し高台になっていた。


広場の入り口で、二人は足を着いた。

広場の奥をみて、お互いに顔を見合わせた。広場の左隅に赤い車が止まっていて、アベックのような男女が、何やら辺りを見渡している。


蝉の鳴き声が耳障りなほど喧しい。蝉の鳴き声に混ざって、たくさんの子供たちの遊ぶ声がする。それは、右手の高台の上から聞こえてくる。


二人は少し後ろに下がって高台の上を見た。近づき過ぎて高台の上が見えなかったからである。

高台の上では、小学校に上がるか上がらないかくらいの沢山の子供たちが、杉の木の間に見え隠れしながら、遊んでいるのが見えた。子供たちはみんな、大きめの帽子をちゃんとかぶっている。しかし、不思議と大人たちの姿が見えない。


遠くに見える男女は、相変わらず辺りを見渡している。

「あの赤い車、さっきのやつだろ」

口を開いたのは蒼斗であった。広場の中央に二人で自転車を押しながら、蓮に顔を向けた。

「なにやってんのかな、あの二人?」蓮が聞いた。


「じゃあ、俺が聞いてくるから、蓮はここで待ってろよ」

と、言った瞬間に、蒼斗は、前にもこのパターンで、自分一人が、痛い目にあった事が脳裏を掠めた。しかし、蓮は全国指名手配中の殺人犯である。代わってもらう訳にもいかなかった。


蒼斗は、その場に自転車を立てると、歩き出した。無視して通り過ぎてもいいのだが、無視できない何かが、気持ちの中にあった。

赤い車の二人の行動は不審で、蒼斗に背中を向け、足元を見て何かを探している。


(なんだよ、……まさか、柚音の左腕じゃないだろうな?)

自分で呟いたが、シャレになっていなかった。歩きながら、蓮の方に振り返った。蒼斗の心細い感じが、全身に表れていた。


(まさか、振り向いた二人の顔がゾンビだった。……なんて事はないよな)

蒼斗は、赤い車の側まで来ると、二人に声を掛けた。


「すいません。何か探してるんですか?」

蒼斗に、いきなり後ろから声をかけられて、二人の身体が一瞬硬直したのが分かった。振り向くと、二人は顔を見合わせて、痩せている男の方が口を開いた。


「いや、何でもない」……頬はけていたが、その男はゾンビではなかった。


「そうですか。それにしても、今日は暑いですよね」

蒼斗は、あっけなく会話が終わってしまったので、話を繋いだ。このまま、何も言わずに振り返って帰るのはあまりにも不自然だった。


「僕たちは、二人でサイクリングに来ているんですけど、こう暑いとバテちゃいますよね」二人は何も言わない。早くどこかに行ってくれという感じである。


「それにしても、あの子供たちは、この暑いのに元気ですよね」

「子供たち?」気の強そうな顔をした女性が、怪訝な顔を向けた。


「ええ、あそこの高台で遊んでいる……」

と、言って振り返りながら、指を差した蒼斗の言葉が詰まった。


その瞬間に、騒々そうぞうしかった蝉の鳴き声と、子供たちの遊ぶ声がピタリと止んだ。

静寂が、あたりの景色に広がった。

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息をひそめて俺達は叫ぶ 霧原零時 @shin-freedomxx

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