無理難題
高黄森哉
無理難題
「君。ということで、無動力で、無限に動き続ける電車を製作してくれたまえ」
「しかし、永久機関は絶対に不可能だと証明されていて」
技師は、あきれたような、困り果てたような表情で、上司を見つめた。
「しかし、私は企画にゴーを出してしまった。それが、会社の総意なのだよ。会社で決められたことは、必ず、何としても達成しなければならない。それが、個人としての責任でもある」
「どうして、現場の同意を得ずに勝手に、無理な仕事に手を出してしまったのですか」
「無理ではないからだ。今までも、君たちは仕事を実現してきた。もちろん、今回だってできるに決まっている。それは数列だ」
「限度があります」
「それを越えてこそ、エンジニアというものではないかね」
上司は肩に手をポンと乗せて、『一か月後までに、あらゆるエネルギーを使わない、かつ、永遠に動き続ける電車を作るように』、とだけ告げ去っていった。
技師は絶望した。それは、エネルギー保存の法則に反しているから、実現のしようがない。
発電所からの電力を使わずに、移動手段を往復させるアイデアならば沢山ある。川に船を流せば勝手に流れていくし、帰りは船に水車を付けて、紐を巻き取らせればいいのだ。しかし、上司はあらゆるエネルギーを使ってはならない、とおっしゃった。ということは、川の流れで紐を巻き上げることは出来ない。水の位置エネルギーを取り出しているからだ。
「一体、どうすれば、電車に動力を与えずに、目的地まで到達させることが出来るのだ」
技師は一か月間、徹夜で働いた。人間の連続覚醒の世界記録が約十日なので、その壮絶さがわかるだろう。しかも、彼はその間、ずっと作業をしっぱなしだった。排泄はペットボトルにした。風呂代わりに絞りぞうきんで拭いてもらった。髪や髭、爪は伸び放題だった。作業が完成したとき、彼は無人島十年目の貫禄を醸していた。
上司は、設計図を受け取って早速、指示を飛ばす。
「電車の設計図が出来たぞ、とりかかれ」
それは電力を使わないので、もはや電車と呼ぶことは出来ないが、便宜上、電車とする。
電車はとても簡素だった。ハリボテに限りなく近い、何もない構造物。当たり前だ。この電車は動力を使わないのだから。本当になにもない、パンダグラフもない、車輪すらない、電車とすらいえない”なにか”。
「こんなんで、はたして動くのか」
上司は懐疑的だった。技師は、数日前から昏睡状態のため、確認を取ることが出来ない。だがしかし、彼は約束は守る男。信じようではないか。
そのうち、駅が完成する。駅は、建設に、想定よりも時間がかかってしまった。また予算も予想の二倍だ。だがしかし、電車のような”なにか”、で余った予算で、帳消しにすることが出来た。あれは、無動力なだけあって安いのである。
さて、待ちに待った竣工の日。駅には会社の人間が沢山集まり、完成を祝いあう。この成功をもって我が社は、この業界の覇権となるだろう、というスピーチは世界中に放送された。
そして、試運転である。上司は、この瞬間まで、その電車を動かしたことはなかった。本当はそうしたかったのだが、期間的問題から、初お披露目が試運転となってしまった。上から、せかされていたのである。
「はい。その通りでございます。この電車は、世界初、無動力で、あなたを目的地まで、お運びします。さあ、乗った乗った」
メディアなどは、謎の感覚器官をもって危険を察知したのか、駅のホームでとどまることにした。それは会社の重役や上司もそうであった。結局、電車に乗ったのは、子供たちのみだった。
出発の合図が鳴る、車窓の景色が変わる。そして、一瞬で目的の駅が現れる。実験は成功だった。子供たちは手を叩いて、歓声を上げた。彼らの身に別条はない。本当の意味での成功だ。
一方、そのころ、子供たちのいる一駅前では、急激に駅が動いて壁にたたきつけられた衝撃と、急激に駅が減速して壁にたたきつけられた衝撃で、人間のパテが出来ていた。
この電車の仕組みは、電車は動かず、目的地が移動する、という画期的なものだった。
無理難題 高黄森哉 @kamikawa2001
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