転職

尾八原ジュージ

転職

 しばらくとても忙しかった。働いて働いてやっと休暇がとれたと思ったら、およそ三年ぶりのお休みなのだった。そのことに気付いた途端なにかがぷつりと切れて、普通にどこか観光地にでも行こうと思っていたはずなのに、気がつくと私は衝動のまま、乗り込んだ飛行機のコックピットを乗っ取っていた。

 パイロットはえらく緑色の顔をしていた。昨日飲みすぎたのだという。ちょうどいいから操縦を変わってくれ。そう言うと彼はその場で嘔吐した。

「パイロットがそんなに飲んだら駄目じゃない?」

「だって酒を飲む以外に、楽しいことなんかなんにもありゃしないじゃないか」

 ああ忙しい忙しいと泣く彼に聞いてみると、なんと五年間一度も休暇をとっていないという。そんな酷いことがあってよいものか。私たちは抱き合って泣いた。私も彼も休みたいのだ。我々は目一杯休暇を味わうべきだ。

 そこに男がひとり、コックピットに飛び込んできた。彼は警察手帳を掲げて「おれはたまたま休暇中だった刑事だ!」と叫びながら、普通は開かないはずの飛行機の窓をガラリと開け、ハイジャック犯であるところの私と、なぜかパイロットも外に放りだした。

 すごい風圧が私たちを襲った。空中できりきり舞いをしながら考えた。きっと刑事もひさしぶりの休暇だったのだろう。だからのんびり観光でもしようとしたのに、ハイジャックなんか起きたからそれどころではなくなって、腹が立って私たちを外へ放りだしたのだろう。気の毒なことだ。彼を労ってやりたくても、パラシュートもなしにただただ落下するしかない私の、なんと無力なことか。

 隣に飛んできたパイロットと手を繋ぎくるくる回りながら落ちていると、突然飛行機が大きく揺れた。全ての窓が割れ、乗客も客室乗務員もみな一緒くたになって鳶のように鳴き、畳んでいた羽根を伸ばしたり、その辺の雲を食い散らかしたり、二十人ほど数珠つなぎになってうねりながら空を駆けたりし始めた。私はパイロットとくるくる回りながら、改めて休暇をとれなかった人の多さと、その狂乱とに思いを馳せるのだった。

 幸い落下した先は風光明媚な温泉地だったので、私とパイロットと刑事とその他乗客や客室乗務員たちはそこで数年ぶりの休暇を楽しんだのち、全員転職した。

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転職 尾八原ジュージ @zi-yon

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