第6話 別れ

三日後


 時間通りに集合場所に着いたら既に先輩がいた。

 無意識に小走りで先輩の方に向かった。


「すいません、待ちましたか」

「ううん、全然待ってないよ」

「ふふっ、いつものやりとりですね」

「そうだね」


 それから私たちは元町のお店が並ぶ道を歩いた。

 私はあまり横浜側に来ないので元町は新鮮だった。おしゃれな街並みでなんだか海外旅行してる気分になった。


 そう言えば、なんで先輩は元町を選んだのだろうか。

 てっきり私は、買いたいものがあるから元町だと思ったが、そうじゃないらしい。

 私たちは、目についた店にとりあえず入り、なんとなく見て、次の店に入るを繰り返していた。


 今日の先輩は少し様子が変だった。買う目的もないのにお店を見てどうしたんだろう。先輩らしくない。


 三十分も立たないうちに元町のメインストリートを抜けた。


 その後の時間は、公園のベンチで話していた。先輩に聞いてもらいたい話もいっぱいあったが、なんだかいつもの先輩と様子が違ったので話さないことにした。正直、元町のお店なんていいから先輩といつものようにカフェで話したかったなぁって思った。


 先輩も先輩で地元に戻るまで後三日しかない。


「先輩あと三日しかないんですね」

「そうだね」

 先輩は目の前の海を見ながら静かに答えた。ーー先輩は今何を考えてるんですか。私たち離れちゃうんですよ。


 お互い考え事をしていたからか無言の時間が続いた。無言の時間は苦手だけれど。先輩とのこの時間は嫌いじゃなかった。


「夜ご飯、食べ行こ?」

 先輩は私の顔を覗き込みながら言った。そっかもう夜になったのか。

 ベンチに座ってボケーっとしていたら、いつの間にか時間が経っていた。先輩の隣は眠たくなるくらい居心地が良かった。


 先輩が連れて行ってくれた場所は観覧車が見える夜景の綺麗なお店だった。四日前、川崎さんに告白された観覧車が見えるレストラン。


 ウエイターさんに夜景がよく見えるカウンターの席に案内された。


 席に座るやいなやドリンクを聞かれ、コース料理の前菜が運ばれてきた。


「え、すごい」

 おしゃれなフレンチの料理だった。私は写真をいっぱい撮った。


 テーブルに来る料理を一枚一枚写真を撮り、コース料理を食べた。どれもすごく美味しかった。


「先輩、おいしかったですね」

 先輩の方を向いたら、先輩の後ろに店員が花火がついたケーキを持って来ていた。


 ケーキはすごくバチバチしていた。

「どうしたんですか、これ」

 先輩の顔を見た。なぜか先輩も驚いていた。ーー何で先輩も不思議そうな顔をしてるんですか


「えーっと、バレンタインのお返し、ホワイトデーの時にはこっちにいないからさ」

 あぁ、バレンタイのお返しか、律儀な先輩だ。


「えー。私あげたのただのチョコだよ。でも、そっかもう先輩いなくなっちゃうんですね。塾が寂しくなりますね」

 いなくなると思うとやっぱり寂しい。


 私たちは、しんみりとした雰囲気のままケーキを食べた。


 お店を出て、駅で解散した。本当はもっと話したかったが、なんだか先輩の調子が悪そうなのでやめておいた。わがままに付き合ってもらうわけにはいかないもんね。



 帰り道、先輩のことを考えて歩く。そうだ、最後に何かプレゼントを渡そう。




先輩が地元に帰る前日。


 この日私が先輩に会える最後の日だった。塾のシフトも合わせたし、プレゼントも持ってきた。


「本当に最終日なのかな」

 先輩がいなくなる実感がない。先輩にきちんとプレゼントを渡せるかそわそわしながら授業をした。


 昼からあった授業をこなし、残すは最終コマの授業だけとなった。最後の授業の準備に講師室に入ったら先輩が帰る準備をしていた。


「あれ?もう帰っちゃうんですか」

 このまま帰ってしまったらプレゼントが渡せないで困る。


「塾長が気を利かせてくれてね」

 ――塾長、なんて余計なこと...


「そうだったんですか。塾寂しくなっちゃいます」

「後輩ならすぐ周りと仲良くなれるって、じゃあね」

 ――ー話す人がいなくなるからとかじゃなくて先輩がいなくなるから寂しいんですって心の中で叫ぶ。


 先輩は身支度を早く済ませ、塾を出て行った。


「あっ、プレゼント渡せてない」


 私は気が気でない状態で最終コマの授業を行った。先輩に電話したらこっちの方にきてくれるだろうか。一刻も早く授業を終えたかったが、授業時間は決まっているため、無駄な願いだ。



今までの授業の中で一番長く感じた一時間二十分だった。


「お疲れ様でした。失礼します」

 私は授業を終えると共に、塾を出て、先輩に電話をかけた。


「もしもし、どうしたの?」

「先輩いま何やってるの?」

「イチゴ食べてた」

 なんか先輩こないだも食べてた気がする。


「先輩イチゴ好きですね。今から、公園来れます?」

「行けるよ」


 私はとりあえずプレゼントを渡せることに一安心した。

 外はまだ寒いので私はカフェで先輩用にホットココアを買った。前、私の誕生日にして貰ったことのお返しだ。


 公園で待っていたら、近づいてくる足音が聞こえた。

「ごめん、待った?」

「すっごく待ちました」

 先輩はすごく申し訳ない顔をした。


「すいません。冗談です。先輩これとりあえずあげます」

 先輩はお礼を言い、飲み物を口にした。


「ん、俺の好きなやつだ。後輩はやっぱり僕のことわかってるね」

「それ、私が言ったことあるセリフです。真似しないでください」

 先輩も私の誕生日の時のこと覚えてくれてたんだ。そう思うと嬉しかった。


「先輩これもあげます」

 私は用意していたプレゼントを先輩に渡した。


「中見てもいい?」

 私は頷いた。


 先輩は開けると嬉しそうに笑った。


「ありがとう」

「手紙は帰ってからみてください。目の前だと恥ずかしいので。あとハンドクリームは誕生日じゃないですけど、約束通り買いました。ハンドクリームちゃんと使い切ってくださいよ」


「本当に行っちゃうんですね」

「そうだよ」

「あっちに行っても電話、絶対してくださいね」

「するする」

「先輩が塾にいてすごく楽しかったです。私人に心開くのがすごく遅くて、二年たっても塾に慣れなくて、楽しくないなって思ってるときに先輩が話しかけてくれて、塾に行くのが楽しくなっていきました。先輩には感謝です」


 私は自然に感謝の言葉が次々と出た。こんな時にしか私は素直になれない。

 それから思い出話をたくさんした。

 話している途中先輩は何か言いたそうな顔をした時があった。なんとなく空気感で分かった。

 観覧車で感じた雰囲気と一緒だ。私は先輩にその言葉を口にして欲しくなかった。

 そうしたら私たちの関係が崩れてしまう。



 そんなこと考えていると身体が震えた。関係が崩れることを危惧して震えたかも知れないが、単純に外が寒い。お互い温かい飲み物もなくなり暖をとるものがなくなっていた。


 先輩とまだ話したい気持ちと先輩が何かを言う前に解散をしたい気持ちが私の中で葛藤していた。

 

 先輩は考え事をしてる私の様子を見て言った。


「もう帰ろっか」

 先輩に駅まで送って貰った。


「じゃ、これからも塾頑張って」

「先輩こそ、絶対連絡は下さいね」

 そう言い、駅の改札で別れた。


 本当にこれでお別れだなと思った。次、いつ顔を合わせることができるんだろう。

 電車を待っていると、ふと目の前に白い物が振ってきた。


 雪だった。雪は駅のホームの地面について溶けていった。


 雪が降っている様子を眺めていたら電車が来た。

 この駅でもう先輩に見送られることはないんだろうなと思うと電車に乗るのを少し躊躇してしまう。そういえば、先輩と連絡先を交換したのもこの駅だった。あの日は、傘を忘れた私を濡れないように駅まで送ってくれた。


 電車の扉を閉める音が鳴る。


 私は、名残惜しむようにゆっくり電車に乗った。


 なんともいえない虚無感が私を襲う。先輩のおかげで塾はすごく楽しかったな。気楽に会える距離にいて欲しかったな。なんて叶わぬ願望を思ってみる。


 そんな時、携帯が震えた。

「電車降りたら電話かけてきて」


 なんとなく私は嫌な予感がした。話している間、先輩が言い淀んていた様子が頭をよぎった。


 私の家の最寄駅に着き、言われた通り先輩に電話をかけた。


「先輩どうしたんですか」

「本当は直接告白したかったんだけどさ、急だけどさ」

 電話越しから先輩の息を飲む音がした。

 ――悪い予感が当たった。


「好きです。付き合ってください」

 ――なんでそんなこと言っちゃうんだろ。友達のままじゃダメだったんだろうか。付き合ったとしても先輩はどうせ遠くに行く。なのになんで告白するんだろう。告白して何が変わるんだろう。私は先輩とずっと一緒に居たかった。


「あ〜あ。言っちゃいましたね」

 沈んでいく気持ちを抑えるよう明るい声色で言う。今の私の声は震えているだろうか。


「告白ってしたくなっちゃうもんなんですか?」

 多分、私は最低な返事の仕方をしているのだろう。だけど、今はこんなことしかいえない。

 涙がこぼれてしまう前に想いを伝えた。


「先輩とは長く友達で居られると思ってました。恋人になったらいつか別れがくるじゃないですか、だから長くお友達で居たかったです」


「そっか、ごめんね」

 先輩はこんな時にでも謝った。謝ってくれた。


「じゃあ、切りますね」

 そう言って私は電話を切った。

 ――先輩の嘘つき。電話、切る方も悲しいじゃんか。


 この日、私はいっぱい泣いた。




あれから二年

 私は、あの時の先輩と同じ年になっていた。ついに塾も最終コマだ。

 最終コマといっても別に今までと変わらない。いつもと変わらない授業をして、授業後に黒板を消して最後だ。


 最後と言ってもなんだかあっけなかった。先輩も最後の日は寂しかったのかな。


 そう思いながら私は帰る準備をした。肌寒い二月、手の乾燥を防ぐためハンドクリームを手につけた。


「あっ、もう無いや」


 なんの因縁か、二年前誕生日に先輩から貰ったハンドクリームがなくなった。


 この二年間、特に塾で楽しかったことはなかった。隆司さんとも結局三ヶ月しか付き合わなかった。私は別れたことをあかねちゃんに話した。


「恋のドキドキって言うのは価値観の違いからくるんだよ。『あの人カッコいいからドキドキする』これって相性の違いから思うんだって。予想通りの人ってドキドキしないじゃん。お互いの相性が合わないからドキドキするの。だから、居心地が良いって言うのはすっごく相性が良いってことなんだよ」


 あかねちゃんがあの時言ってたことが最近分かって来た。先輩とはとても相性が良かったんだろうな。そして、私はきっと先輩のこと好きだったんだろうな。離れたくないと思うくらい。


 先輩は私があげたハンドクリームは使い切ってくれただろうか。二年前の今日にあげたプレゼントを思い浮かべる。


「どうしたのー?忘れ物??」

 塾長に声をかけられた。考え事しすぎてしまった。


「今までお世話になりました。四年間お疲れ様でした」

 私は、そう言い塾を出た。


「来月から社会人かー」

 私は伸びをして、駅に向かった。


 ここの駅を使うのもきっと最後だろうな。

 私は駅のホームのゴミ箱に使い切ったハンドクリームを捨て、電車に乗った。

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使い切ったハンドクリーム 天ノ悠 @amanoharu

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