夢のゴールに向かって(最終章)

 マドリードの最終ステージ。

 ツールの最終日にリュカが全身を黄色でまとっていたように、今回は凪が赤づくめだ。

 バイクもヘルメットもソックスも。

 チーム員もヘルメットとソックスは赤。ウエアも赤いパッチワークの特別カラーだ。

 情熱の赤。



 レース前半は恒例のパレード、お祭りだ。

 何度もカメラの前でポーズをとったり、シャンパングラスを傾けたり。


「おめでとう、よく頑張ったな」

「マイヨロホ、似合ってるよ」

 多くの選手が凪に祝福の言葉を掛けてくる。

 少しずつ実感が沸いてくる。


 ★


 頃合いを見計らったように、リュカが隣にやってきた。



「ようやく話せる時がきた。

 ナギ、ここまで本当によく頑張ってきたな。

 本当はゴールでハグを交わしながら、思いっきり讃えてあげたかったけれど、今日はそれが出来そうにないから、ここで言わせてくれ。


 ナギの初ブエルタ、ボロボロになってゴールする姿を見てから、俺はずっとナギの事を見てきた。

 ツールで初めて俺のアシストについてくれた時のあの記事も。

 お前の持つ苦しい胸の内も分かっているつもりだった。全てを乗り越えて今のナギがある。


 俺はどう頑張ってもアサヒには敵わなかったけれど、ナギとの深い友情を築けた事を誇りに思っている」



「え? ど、どういう事? 何で? アサヒ?アサヒに敵わないって、何だよそれ?」

 凪は驚きを隠せない。


「ああ。去年のツールでの事故で入院している時に彼と知り合ったんだ。アサヒが俺の病室を訪ねてきて詫びてくれた。彼も被害者だったのにな。

 ナギとの事も色々聞いた。俺とナギの関係に嫉妬した事を恥じていた。

 その時、アサヒに言われた。自分が来た事はナギには黙っておいてほしいって。ナギが本気で自分自身の為に走れるようになるまでは黙っていてくれって。

 彼はナギの事を本当に大切に思っている。いい奴だな。羨ましいよ」


 余計な物など何もない筋張った腕が凪の肩に置かれた。



 リュカ‥‥‥。

 言葉が見つからない。

 サングラスの中で凪の感情が溢れ出てくる。


「前が見えなくて転んじゃいそうだ。転んでゴール出来なかったらリュカがマイヨロホだ。そしたらまた僕はリュカの最高のアシスト選手になれるよ」


「冗談でもそんな事は言うもんじゃない」

 そう言ってリュカは怖い顔をした。


「今日のゴールはアサヒが待ち構えているはずだ。彼の胸に思いっきり飛び込んでいけよ」

 ポンと凪の肩を叩いて、リュカは前方に駆けていった。




 いるのか? 朝陽がゴールに⁉︎

 凪は集団の一番後ろに下がり、少し離れてしばらくの間、1人で走った。



 朝陽とリュカ。

 色んな思いが頭の中を巡る。


 リュカの姿に朝陽の亡霊を見たあの日。うなされるような夢に出てきてしまった朝陽。


 リュカの守り人になると誓ったあの日。それから僕らはいつも一緒にいるようになった。


 ずっとずっと、僕はリュカを勝たせる為に走ってきたけれど、あのアングリルの決戦でリュカは僕がこのレースのマイヨロホに相応しい人間なんだと認めてくれた。

 だから、いくらリュカには敵わないと思えても、僕はこのマイヨロホを誇りにしたいと思う。


 そしてあのインターハイロードの事を思う。

 この前は、あのレースは僕が勝つべきだったのかもって思った。朝陽のあの時の気持ちが分かったようにも思った。

 けど、今は思う。あのレースはやっぱり朝陽が勝って良かったんだと。やっぱり朝陽こそがインターハイのチャンピオンに相応しい選手だったから。



 ロードレースは複雑で、そこに色んな人間模様が絡み合い、その事が更に競技を複雑にする。

 優勝するのは常にたった1人しかいないけれど、そこに至るまでには何が正解かなんて分からない事も沢山ある。


 リュカだって僕だって、ツールにピークを合わせてきたから絶好調じゃなかったけれど、そんな僕がこうして勝利を手にする事になった。

 この勝利は色んな力が合わさって出来上がっただ。

 僕の原点だった朝陽の力をようやく自分の力にする事が出来た。


 エースもアシストも複雑な心境を抱く事もたくさんあるけれど、各々が何かを信じて全力を尽くしている。


 誰かの為に、何かの為に、ずっとそんなふうに思いながらやってきたロードレースだけど、今はちょっと違う気がする。


 僕はいつの間にか、そんなロードレースそのものを大好きになっていたんだと思う。

 そして、自分の能力を最大限に発揮できるレースをやりたい。

 それがアシストであるならアシストを。エースであるならエースとして。


 ずっと前から朝陽に言われていた事の意味が、ようやくしっかりと飲み込めたように思える。

 事。

 そしてそれが、誰かの人生のアシストになっているなら最高だ!



 それから、朝陽。

 インターハイの後、ナギっていう名前を褒めてくれたよね。

 風を止めるって字が僕にピッタリだと言ってくれた。


 僕は今、風を止めるだけじゃなくて、風の中でとどまっていられるような気がしてるんだ。

 風に守られているって感じる。

 ナギっていう名前がますます好きになったよ。




 僕が愛してやまない人と、その人が憧れ、僕がこの上なくリスペクトしている人が、僕を守ってくれた。



 朝陽、待っててくれよ。

 夢のゴールはもうすぐだ‼︎





 アシスト💙ラブ  おわり

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