ブエルタ最終盤

 トリプルエースの1人としてではなく、たった1人のエースとして臨んだ次のステージ。


 少しでも順位を上げようとするライバルチームのアタックをチーム・アンドゥはことごとく潰していった。

 マイヨロホの凪とチームの表彰台独占を確固たるものにするべく動く。



 そんな時、ニコが意表をついた行動に出た。明らかに凪をおとしめようという動きだ。

 すかさずリュカが反応する。


自惚うぬぼれるな! もうすでに決着はついている」


 きつい口調でリュカが叫び、ニコを集団に引き戻す。


 しかし本当は、リュカにはニコの気持ちが痛いほど分かっている。

 自分も若き頃、ユーゴのアシストをしていた時は、アシストをしながらも常に自分自身のチャンスをうかがっていた。自分勝手な動きをしては、よくユーゴに怒られていたものだ。


 リュカからかもし出ているオーラと、その剣幕に流石にニコは逆らえない。


 集団内にもリュカを援護するような空気が流れている。

 リュカはここにいる選手達全てにリスペクトされている。



 そんな光景を見ながら凪は思う。

 まだ若くて傲慢な所もあるニコもこうやってロードレースの事を学んでいくのだろう。

 僕もただ人に合わせるだけじゃなくて、あんな風に人にも厳しく出来るようになりたいと。


 リュカは真のエースとはどういうものであるべきか、今回身を持ってニコにも僕にも教えてくれているんだと思う。




 凪は残りの3日間を耐え抜き、マイヨロホを着用して明日の最終日を迎える事となった。

 頬は少しこけて精悍な顔になっていたが、目の下には薄っすらとクマができ、唇の端には口内炎ができている。


 リュカが言った。

「ナギ、よく耐え抜いた。よくやったぞ。おめでとう! ナギ自身のマイヨロホだ。このジャージはきっとこれからのナギを今まで以上に強くする」と。


 立場が違い過ぎて、とても僕たちのマイヨロホだとは言い返せない。

 ニコが着たマリアローザも、リュカが着たマイヨジョーヌも、僕が着る事になるであろうマイヨロホも、きっとそれぞれに違う意味がある。

 僕はきっと、もっと強くなる為にこれを着る。



 リュカはこんな事も言った。

 「ナギのフォーム、変わったな。アングリルの時のフォームに凪の原点を見たような気がしたよ。

 そしてその後の3日間で、それがすごく洗練されて、原点とはまた違ったものになっていった。

 今のフォームが一番ナギらしいと感じるし、ナギの力を一番発揮できるものだと思える。

 俺そっくりに作られたフォームは後ろを走りやすかったし、好きだったけど、今の、お前の、ナギ自身のフォームに自信を持て」と。



 僕は朝陽やリュカのフォームを真似たわけじゃない。

 朝陽の後ろについて必死に走っているうちに自然と身についたフォーム、リュカから離れてはなるものかとリュカだけを見て走っているうちに自然と変わっていったフォームだった。

 ニコのフォームは彼が走りやすいように僕が真似た。


 リュカとニコを守らなければならないこのブエルタが始まって、僕はどんな風に走ればいいか分からなくなっていた。


 ダメになりそうな僕を朝陽が支えてくれて、僕のフォームは原点に戻ったのかもしれない。

 そしてエースとして戦う覚悟ができた時に、これまでとは何かが変わったんだと思う。

 僕自身は自分のフォームがどうなっているのかは気づかなかったけれど、リュカは僕をずっと見てくれていた。


 チームに守られ、エースとして走ったこの3日間は凪にとってあのアングルよりもきついステージとなった。

 それでも朝陽やチームを信じて走る事が出来て、その事が何よりも自分自身への力となったのだ。




 ありえないほどの人達に囲まれて、たくさんインタビューにも答えて慌ただしく過ぎた1日。

 マッサージを受け、チームで夕食を終え、部屋に戻るとようやくひとりの時間を持てた。

 安堵の気持ちに満たされる。

 そうだ、朝陽にお礼のラインを入れよう。 


 アサヒ、君のおかげで


 そこまで書いて、慌てて削除した。

 まだ明日がある。総合は今日で決まったようなものだけど、急に体調を崩して明日スタート出来なかったり、レース中に大怪我をして走れなくなったら、全てがパーだ。

 最後まで気を抜くな。そう言ったリュカの声が聞こえた。


 あと1日だ。全てが終わったら、そうだ、ラインじゃなくて電話をしよう。朝陽の声が聞きたい。

 会いたいな。僕が会いたいって言ったら朝陽は来てくれるかな。



 ときめく気持ちを抑えながら、凪は明日の為の眠りについた。

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