終話・ミラクル・Gよ 永遠に!

 守護する男は麗しい。


 愛と勇気を守って戦うミラクル戦士たちの窮地を救う華麗なる黒い薔薇。

 燕尾服の裾を翻し、レイピアひとつで敵を葬り、華麗なターンを決める。

 その姿はまるで舞踏会に舞い踊る麗しき王子様。


 いったい何の話だって?

 俺のミミィちゃんを妻にした、憎んでも憎み足りないブラック・ナイトの話に決まっている。


 ミミィちゃんが中学を卒業したと同時に、ドリームランドへと掻っ攫った不埒な男め。

 それでなくても登場の度にイチャイチャイチャイチャ、イケメンならすべて許されるとばかりに見せつけてくれたよな。


 許さんぞ、ブラックナイトめ。

 恨み骨髄。地獄の業火で焼かれるがいい。


 俺たちファンの痛みをいつか思い知らせてやる。

 十年分の痛みを思い知れ! などと息巻いていたミミィ・ファンの妬みを一身に受けて、初回放送のラストで封印されたぜ、ブラック・ナイト!


 愛する人の危機を感じたときにレイピアへ変化する、愛のマドラーが通じない相手だったとしても、封印されるとは情けない。実に情けない!

 愛する妻が封印されそうになったとき、位置交換スキルで自らの身を代償に捧げたことは褒めてもいいが、閉じ込められた水晶の中で闇のパワーに洗脳され悪の手先となって、ミミィちゃんに敵対するとは情けなさすぎる。

 反省して土下座するがいいぃぃぃぃぃ!


「後藤君、いや、これを責めるべきはシナリオライターでね……ブラック・ナイトを睨まないでやってくれないか」


 オドオドとした様子で声をかけてきたのは、番組の総責任者だ。

 一年ぽっきりしかない放映期間もすでに終盤に差し掛かっている。

 俳優とスタッフとの無駄な諍いは、撮影にかかわる人間ならばのぞまないのだろう。

 間違いなく、俺だってその一人だ。


「俺もすでに大人で番組スタッフです。心の声を生涯音声にするつもりはない!」

「いや、その点は信頼しているけれど、無言の眼差しだけでも怖いからね」


 素の彼は臆病なのだよ、とモソモソと付け足すので、これだからイケメンは! と思ったのは内緒だ。

 チヤホヤされて麗しき無辜のご婦人に囲まれ、キャーキャー騒がれることだけに慣れているのだろう。


 ミミィちゃんという素晴らしい妻がいるのに、許すまじブラック・ナイト!

 燃え上がる憎しみの炎そのままに、俺は見目麗しい男を睨みつける。

 ビクリ、と肩が揺れた気もするが、撮影中に目が合うわけがないので、たぶん気のせいだ。


「あなたの夢、思い出して!」


 悲痛な声を上げる戦士装束のミミィちゃん。

 悲しみに染まったその表情も、ああ、なんて綺麗なんだ。


 くぅぅぅぅ~愛する旦那を取り戻そうと、涙を湛える人妻戦士!

 そこだ! いけ! 麗しい御身足で洗脳など蹴り砕いてしまえ!

 俺のレフ板で最高に美しく照らしてみせる!


 流石だ。派手な立ち回りの連続なのにミステイクひとつ出すことなく、俺のミミィちゃんの今日の出番は終わってしまった。

 うむ。今日も素晴らしい太腿だった。


 次のシーンはブラック・ナイトの苦悩である。

 ミミィとの戦闘で本来の自分が揺さぶられて光の意思を取り戻そうと抵抗し、闇の洗脳との狭間でもだえ苦しむのだ。

 

 闇に堕ちてから根城としている廃墟の中で、頭を抱えてのたうつ美形。

 仮面をして苦しんでいてもなお麗しい男……さすがはミミィちゃんに選ばれし旦那様だ。俺のレフ板がなくても、自力で発光してるんじゃないか?

 闇に堕ちる前は銀の仮面だったが、闇に堕ちた現在は黒の仮面をつけていても、その面差しの麗しさは隠しようがない。


 四ページ半にも及ぶ長い台詞も、荒ぶる身のうちを切々と歌うように語り上げる姿も、ミミィちゃんの旦那にふさわしい。

 くそぅ、さすがは俺たちファンの血涙を搾り取るイケメンだ。

 ミミィちゃんのメイクを落とした女優・伊集院麗華も、光を取り戻そうと身の内で戦うブラック・ナイトを真剣に見守っている。


 くぅぅぅぅ! 流石は女優!

 ミミィちゃんを脱却しても伊集院麗華は美人だな!

 運動神経抜群で武術もたしなむ見目麗しい美女でありながら、素顔は内向的で眼鏡女子とか、どんなご褒美なんだよぉぉぉぉ!


 ミミィちゃんではない人間の彼女に興味はなかったのに、ミラクル☆バニー以外の現場を斡旋してもらったり、休憩時間にわざわざ俺の名前を呼んで会話を持つうちに、俺のハートはトゥンクを覚え始めている。

 罪深いぞ、女優・伊集院麗華。生まれてこのかた二十年、君に魂までも捧げてチェリー街道まっしぐらで、生モノの女性と縁のない俺に対して、目を合わせて名前を呼ぶなど何の拷問だ。

 生涯をキミに捧げる気でいる俺に、さらなる魅了魔法をかける気か?


 いかんいかん、俺はただのミミィ・ファン!

 時給も安い只のバイトが、本物の女優で女神で心の嫁に本気で懸想するとは……他の誰が許しても、俺自身が許さん!


 だいたい素の彼女も、ブラック・ナイト役の俳優と仲がいいしな!

 現場が違ってもブッキングすることが多いだけだとミラクル・キャットは言っていたが、そんなことを信じるほど俺は夢見がちではないのだ。

 ミミィちゃんと素の彼女の両方を惹きつけるとは……やはり奴は存在そのものが俺の敵だ。

 

「後藤くーん、目! 君の目!! 頼むよぅぅぅぅ」


 うむ。監督が何かを訴えているが、撮影そのものには関係がない。

 無視だ、無視。何モ聞コエナイ、キノセイダネ、モーマンタイ。


 その時である。

 俺は見た。他の奴は別の音に紛れて気がついていないようだが。

 ブラック・ナイトの足元の作りが弱く、立っている二階の床板を支える細い柱が裂けていくのを。


「あぶねぇぇぇぇ!」


 俺は走った。

 カラン、と主軸となっていた柱が落ちてからは、あっという間に廃墟は崩れていく。

 降り注いでくる瓦礫は相棒であるレフ板で吹き飛ばす。

 ミラクル☆バニーのスタッフの座を手に入れてから、これでも朝夕の走り込みと筋トレは欠かさず行っている。

 愛と勇気の戦士を影で支える身として、当然の鍛錬だけどな!


 妙にリアルな廃材がむき出しの廃墟を作ってあるので、二階の高さから落ちれば瓦礫に埋もれて大怪我だ。運が悪ければ一気に地獄の三丁目あたりに飛ばされてしまうだろう。


「とりゃぁぁぁぁ!」


 崩れた床の一部に手をかけて墜落を免れようとしているブラック・ナイトの上に落ちようとしていた細かな部品を、相棒のレフ板を投げてぶつけることで遠くに散らした。

 よっしゃぁ! ブーメランも真っ青な威力だぞ俺の相棒!


「来い! ブラック・ナイト!」


 走りながら手を広げると、申し合わせたように手を放したブラック・ナイトが落ちてくる。

 上手く真下に走りこんだ俺は彼を両手で受け止め、疾走するその勢いのまま廃墟の中をくぐり抜けた。

 落ちてくる瓦礫ごとき、俺の足で振り切ってみせる。

 埃が立ち込めようと安全な走路を見つけだすぞ、動体視力は誰にも負けない!


 さほど大きなセットでもなかったのも幸いして、廃墟の裏側にはあっという間にたどり着く。

 ドゥゥゥン! と大きな音がして、廃墟のセットは見事なまでに崩れ落ち、ただの瓦礫へと変わっていた。


 CGを少なめにしたいからと言って、この廃墟、ちょっとリアルに作りすぎじゃないのか?


 もうもうと立ち込める土煙。

 あっさり壊れてしまって、カランカランと何かが転がる虚しい音もすぐに消えていくけれど。

 わりと広範囲にまで残骸が散らばっているから、俺はソロソロと足元を確かめながら監督たちが待つ方向へ移動を開始する。


「後藤君、君、僕のことを嫌っていたんじゃ……?」


 仮面が吹き飛び顔立ちをあらわにしたイケメンは、途方に暮れた子猫みたいな表情をしている。

 主役を担う俳優様を危険な場所に下すわけにはいかないから、ブラック・ナイトは今も俺の腕の中だ。

 さすがは一輪の黒い薔薇と呼ばれる男。

 心の嫁であるミミィちゃんへの愛がある俺は惑わされないが、薔薇世界のトゥンクを引き寄せそうだ。

 お姫様抱っこが似合う殿方というのも、なかなか乙なものである。


 フッと俺は鼻先で笑ってしまった。

 重なった瓦礫に足をかけて「愚かだな、ブラック・ナイト!」と言い捨てる。


「今の俺はミラクル・G! ミミィちゃんに愛を捧げる一人の戦士! ミラクル☆バニーに関わるすべてを護ってみせる!!」


 どーだまいったか、とせせら笑ってやったが、ブラック・ナイトは俺にお姫様抱っこされたままの姿勢で、両手を組み合わせて本物のお姫様のように瞳をウルウルと輝かせていた。

 なんだその視線は! などと俺がたじろいでも、可憐な表情を湛えて無言である。コレが黒薔薇の威力か……むぅ!


 ちょっぴりいたたまれない気分で監督がいる方向を見ると、スタッフたちはそろいもそろって口をポカーンと開けていた。

 フリーズ。行動停止にしても、ちょっと度がひどいんじゃないか?

 そんな中で、ミミィちゃんの変化を解いた麗しの伊集院麗華が、ヘナヘナと力が抜けたようにその場に座り込んだ。

 なにが、どうした?!


「伊集院麗華ぁぁ! 無事か?!」


 ひゅぅっ! と大きく息を吸って、伊集院麗華はコクコクとからくり人形のように激しくうなずいている。

 なんだ、その反応は!

 頬がリンゴちゃんみたいに真っ赤だぞ、いきなり乙女かよ!

 ブラック・ナイトが無事で安心したからとはいえ、可愛すぎるだろぉぉぉぉぉ! 


 ミラクル☆キャット役が「ここで初めて名前を呼ぶなんて……罪深いわよ、後藤君」などとつぶやいていたが、何のことだかわからない。

 撮影クルーたちも「え? マジ?」とか「人間技じゃねぇよ」とか「すげぇ」などと、さざ波のように騒いでいたけれど、どうでもいいからブラック・ナイトのケアをしてやれ。


 なんといってもイケメン俳優様だぞ。

 ケガなんてしたら、世紀の損失である。

 お姫様抱っこされても似合う、どこまでも罪なイケメンなんだからな。


 ざわめく現場の片隅で、グッと親指を立てたのはカメラマンである。

 職業意識の強い彼は、本能的に崩壊の瞬間もカメラに収め続けていたのだ。

 それには、超人的なミラクル・Gの雄姿があますことなく映っている。

 この瓦礫崩壊のシーンは「放映されなかった名シーン」として、作品に登場しないもう一人の影の戦士の姿は顔にモザイクをかけられたまま、話題をさらい一世風靡することとなる。


 崩壊事件をきっかけにブラック・ナイトに「君、年下なの?! 僕が大人の楽しみを教えてあげるよ」と私的にかまわれ倒されるようになったり、変質的なファン対策として伊集院麗華の身辺ガードとして永久雇用契約の書面が用意されたり「あれ? 俺、一年ポッキリのただのバイトだったはずじゃね?」と首をかしげながらサインするのは、また別の話。


 後に、ミラクル☆バニーの子供が主役である続編が作られることになっても、数多くのスタッフたちの陰に潜み、ただひたすらに番組を支えて全力を尽くす男がいた。

 愛するミミィちゃんのすべてを守護するために、生涯をかけて撮影現場を支え続けるのだ。

  

 たとえ見栄えの足りない顔であっても、守護する男は麗しい。

 ミラクル☆バニーの活躍には、後藤吾郎の力が必要なのだ。


 ミラクル・Gよ・永遠に!




~ Long good-by ~

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ミラクル☆バニー ~ 君に何度でも恋をする ~ 真朱マロ @masyu-maro

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