ふわふわベアーを殺さないで

@chest01

第1話

「ふわふわベアーを討伐するな!」

「あんな可愛いのに、かわいそうだとは思わないの!」

「討伐に参加した冒険者を呼んでこいっ!」


 農作物や家畜に被害を出す、ふわふわベアー。

 そのモンスター討伐を委託されている地方の冒険者ギルドに、王都から反対を訴えるグループが訪れた。


「待ってください、そんな一方的に。こちらはルールにのっとり、むやみに討伐しているわけではありません。作物や家畜が大きな被害に遭い、それを止めようとしたり、逃げ遅れた住民が殺されています。武装して討伐に出た者にも死傷者が出るくらいなんですよ」


 地元民でもあるギルド職員がカウンター越しに応対する。


「それは人間がふわふわベアーの生活環境を荒らして怖がらせるからだ」

「お前らが威圧したから、そこまで暴れるようになったんじゃないのか」

「そうよ、ふわふわベアーはもともと優しい生き物なんだから」


「優しい? あの生き物は臆病ではありますが、遭遇した外敵への攻撃性そのものは非常に高いんです。それにあなたたちはあの見た目に騙されています。厚い毛皮で外見こそぬいぐるみのようですが、人間なんて奴の前足の一振りで殺される。体も頑丈で、半端な剣や弓程度では大きな傷を負わせることは難しいんです」


「ひどい、刃物や矢で攻撃するなんて!」

「かわいそう! 血まみれで弱ってる姿を子供が見たら泣いてしまいますよ!」


 もう何人もズタズタにされて殺されている。

 公式に発表されているのに、こいつらはなにを見聞きしているのだ。


 職員は頭を抱えた。

 連日この調子で一方的に誹謗中傷を受け、もうストレスで限界寸前だ。


「こんな可愛らしいモンスターが討伐されている」

 そう王都でセンセーショナルに騒ぎ立てた者たちのせいで、今回の件が槍玉にあがった。


 討伐はやむなく行われることだが、残酷だとして一部の王都民の間で火がついたのだ。


 一見可愛げのあるビジュアルだけを見て、かわいそうだ、討伐するなと怒鳴り込む者があとを絶たない。

 感情に任せて、現地の実情などお構い無しだ。


「作物や家畜の被害なんて、そもそもこんなところに住むから悪いんだ」

「町を広げようとこの地域を開発したから、自然のバランスが崩れたんだ。そうだろう!?」


「こんなところ? 自然のバランス? この辺りの住民はもう何世代にもわたって住んでいるんです。こちらは野生のモンスターとうまく距離をはかりながら、居住地や農地を確保しなければ生きていけない。何から何まで設備を整えられ、モンスターとも遭わない王都付近に住んでいるあなたがたに何が分かるんですか!?」


「ならさっさと移住しろ」

「お前たちがいなくなれば、ふわふわベアーは安心して暮らせるんだ」


「無理を言わないでください。みんな生活基盤があるのに、ここを捨ててどこに行けと言うんです」


「知るか、そんなこと!」

「そもそも住民がちゃんとベアーとコミュニケーションを取れば共存できていたはずなんだ。お前らはその努力をせずに殺してるだけだ」


「誰かがそんなこと言ったんですか!?」


「我々の仲間の、専門家を名乗る者がそう言っている!」


「あれは熟練の獣使いビーストテイマーでさえ手を焼くというのに、専門家って……だいたい、よそから来たあなたたちが一体ここの暮らしの何を知ってるんですか!?」


「うるさい、すべては人間のおごりと自然破壊のせいだ! それを訴えにきて何が悪い!」

「きっとエサが足りてないからお腹を空かせて暴れるのよ。だからわざわざ新鮮な獣肉をたくさんバッグにつめて持ってきたの」


「エサはちゃんと足りて、まさか、それをばらまいて餌付けなんかする気じゃ」


「何がいけないの? 普通に考えて、お腹がいっぱいになれば人や家畜を襲ったりしなくなるでしょ。大丈夫、山のふもとに置いてくるだけだから」


「山のふもとって、すぐそこじゃないですか。そんなことをしたら、食べ物を持っていると思って余計に地元の人が襲われます。馬鹿げたことはやめてください」


「馬鹿げたこと? 私たちが自然保護のために一生懸命やろうとしてることを馬鹿だと言うの!?」


「はっきり言いますよ、馬鹿ですよ。知識もなく気まぐれでそんなことをして、ここに住む人がどれだけ迷惑すると思ってるんですか!」


「はあ? 私たちはふわふわベアーがかわいそうだから、助けるために来てるの。それを理解しないこの辺の人間の気持ちなんて、私たちには関係ない」

「そうだ、ベアーを討伐しようとする野蛮な奴らのことなんか知ったことか」

「お前はさっきから偉そうにしてるが、地元の人間が自然を敬うことを忘れ、自分たちの生活を優先して、ベアーに寄り添う気持ちがないからこんなことになってるんだろうに!」


 職員はギリッと奥歯を鳴らした。

 目の前でがなりたてている者たちは動機も理念もすべて感情論だけで、行動にまるで根拠がない。

 イヤイヤと駄々をこねている幼児も同然だ。


「何も知らないで、一時の騒ぎブームに乗っかってるだけのくせに……ふわふわベアーと私たち人間が互いに生きるために、こうするしかないんですよ!!」


「ふん、討伐なんてふわふわベアーとの共存を放棄して逃げてるだけだな。なにも考えていない証拠だ」

「殺すしか能のない奴らと違って、我々なら安全にコミュニケーションを取って、ふわふわベアーとすぐに意思疎通できる」

「手を差し伸べてあげれば、必ず仲良くできるはずよ」


「……じゃあなんですか、あなたたちなら討伐などしなくても済むようにできると、そう言うんですか?」


「ああ、そうだとも。共存の意志が伝われば、ふわふわベアーは分かってくれる」

「自然を愛すれば、自然のほうも愛してくれるものよ。人間もモンスターも自然が生み出したものなんだから」


「そうですか。……では、ギルドの討伐依頼を受けてはいかがでしょう?」


「は? なぜそうなるんだ」


「これは本来、ふわふわベアーを無力化せよ、というのが条件なのです。だから戦闘のプロである冒険者は、戦って倒す、力ずくで駆除する、という形になる。ですが被害を出さないように手懐てなずけられるというのなら、それでも大いに結構です。これはこの地方の領主様から出された公的な依頼で、冒険者資格を持たなくても参加できますし、成果が出れば相応の報酬も約束されます」


「なんだ、ようはふわふわベアーをなつかせればいいのか。それなら簡単だ」

「心が通じ合えば、向こうもきっと分かってくれる」

「請けようじゃないか。これで討伐がいかに野蛮か、自然との調和を訴える私たちの主張がどれほど正しいか、国中に広まるというものだ」


「では合意のうえで依頼を請けたと見なします。よろしいですね?」


「ああ、構わん」


「こちらの手順に従い、魔法にて現地までお送りしましょう」


 職員が短い呪文を唱えると、彼らの足元が光り、床に円陣が描かれた。

 ギルド職員のみに伝えられる、転送魔法のスタンバイだ。


「現地からは半日も歩けば町に戻れます。探せば山小屋もあるので、休憩はそこで取ってください」


「え、おい待て、護衛はいないのか」

「山でいきなりふわふわベアーに遭遇したら」

「そうよ、ふわふわベアーが突然目の前に現れたりしたら、私たち」


「護衛? ご冗談を。安全にコミュニケーションが取れるとおっしゃったのですから、武装して威嚇する者など連れていては無粋というものでしょう。では、どうかお気をつけて」


「え、ちょっ──」


 言い切る前に、彼らは微かな発光とともに消えた。


 生息地である、山の奥深くに飛んだのだ。

 持っていた生肉の匂いを嗅ぎ付け、すぐにふわふわベアーが現れることだろう。



 静けさを取り戻したギルドの事務所内で、職員は1つため息をつき、しばし考える。


 彼らはそもそも実物を見たことがあるのだろうか?


 王都に出回ったのは、討伐されたふわふわベアーの死体の挿し絵が入った記事だという。

 しかも同情を誘うかのように、可愛らしいキャラクターめいたデフォルメをされて。


 が、本物の成体はゆうに体長3メートルをこえる。

 ふわふわなのは表面だけで、その下はブラシを思わせる硬い剛毛で覆われている。

 前足に備えられているのは、分厚く鋭いナタのような5本の爪だ。


 肉体は頑強そのもので、討伐隊の鋼鉄の鎧で身を固めた戦士は一撃で殴り殺され、僧侶は軽く撫でられただけで上顎から上が吹き飛んだ。


 仕留めて毛皮を剥いだハンターいわく、

「まるでベヒーモスのような体つきだ」

 という話が、決して誇張ではないのが分かる。


 この地方には1頭のふわふわベアーによって集落が壊滅した惨劇が今も言い伝えとして残っている。

 絶対に忘れてはならないことだとして。


 彼らはどこまで実態を知っていたのか?

 まさか何の知識も仕入れず、ここに来たのか?

 いや。自然を愛すると自称している大の大人が、万が一にもそんなことはあるまい。


 数日前、同じように王都から来て、自分たちがふわふわベアーを説得してやると意気揚々と山へと発った者たちの消息も未だに不明のままだが──。


「んー……まあ、みんなあれだけ自信満々にコミュニケーションが取れると豪語してたんだから、きっと大丈夫でしょう。知らないけど」


 無責任にあーだこーだと騒ぐ外野にいつまでも構っていられるほど、こちらも暇じゃない。

 ベアー被害の対処も含めて、やるべき仕事は山ほどあるのだ。


 ギルド職員はさっさと考えるのを止め、コーヒーブレイクを取ることにした。

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