とうとう月にやって来てしまった

土丸

とうとう月にやって来てしまった

 

 とうとう月にやって来てしまった。

「来るところまで来たな……」

 降り立った月の地表から乗ってきたロケット見てみる。ロケットの真ん中にはア

 ーモンドのマークが描かれている。今自分が着ている宇宙服にもアーモンドのマークだ。新興宇宙開発企業『アーモンドU』のロゴマークである。

 アーモンドUは月の地表にアーモンドUのロゴマークであるアーモンドの絵を描くことを条件に地球から月への往復旅を無償で提供してくれたのだ。

 

「一人だ……」

 私はポケットから宇宙タバコを取り出し吸った。月が爆発したらどうなるんだとか、爆発したら地球にどんな影響が出て地球の人々にどんな混乱が起こるのかなとか、そんなことを考えていた。どうだっていいのに。人との関係性だとか社会だとかそんな繋がりが息苦しく面倒で、それが嫌で月まで来たのにここに来てまで社会や生活のことを考えていては月にやってきた意味がない、勿体無い。

 

 学校も会社も、家庭も妻も子供も全部、面倒だ。全部中途半端に片付けてしまって、何も思わないようにすればいい。

 

 とか何とか考えながら一服の最中でも律儀に小さいアーモンドUのロゴマークを指で地表に描いた。ロケットの中にはアーモンドUのオリジナル塩アーモンド一年分が積まれている。

 私はロケットから小分けにされた塩アーモンドを宇宙ショルダーバッグに入れて散策をすることに決めた。

 宇宙ショルダーバッグはとっても軽い、そしてタフだ。地球に降り注ぐ2000兆倍の宇宙線にも15分間耐えらる代物だ。まるで見た目はショルダーバッグだ。

 

 やることが無いとそれはそれで不安になる。頭の中の社会がざわめくのだ。目標を定めよう、とりあえず月にはウサギがいると言うからウサギを探すことにした。しばらく歩くとiPhonesのヘルスケアが120キロカロリーを消費したと教えてくれた。ものすごいハイテクだなと思った。地球にいる頃はそんなの気にした事もなかったが、いざ月に来て見ると色々思うところがある。iPhoneはやっぱハイテクだ。

 

 歩いても何も面白いものはなく、というか歩いて移動できる範囲は限られている事に気がつく。

 ロケットに戻り、搭載されている折りたたみ式宇宙自転車を取り出した。この自転車にはイオンエンジンが組み込まれており、自転車と言う名に反しペダルを回さなくとも進んでしまうのだ。これは日本だと法律違反でグレーな乗り物とされている。

 しかし月では関係ない。イオンエンジンの出力を最大にして私は月面を駆け回った。

 

 しばらく自転車で走っているとウサギに出会った、どうやらここはウサギ達が暮らす集落のようなところらしい。 

 村の中には昔の商店街のアーケードのような景色が広がっていた。

 アーケードの入り口にはアーチ上の門があり、門にはデカデカと『ようこそウサギ村へ』と書かれていた。

 少し村を走ると郵便局があったのでそこに宇宙自転車を停めた。

 郵便配達をしているウサギが挨拶をしてきた。

「こんにちは」

「はあ、どうも」

 郵便ウサギは忙しそうにわちゃわちゃやっている。それを見て自分も仕事が暇な時にわちゃわちゃしていたなと思った、恐らくこのうさぎも暇なのだろう。

 郵便ウサギはどこかに行ってしまった。

 私は村を歩いてみることにした。歩き始めると井戸の様なものが見えてくる。月にも水があるのだろうか、井戸らしきものの近くに居るウサギに聞いてみた。

「あのーーすいません、月に水ってあるんですか?」

「ありますよ」

「そうだったのか、知らなかった」

「月は水の都と呼ばれるほど、水に恵まれているんですよ」

 私は上から井戸の中を覗き込む。暗い真下に薄い黄色の液体が小さく波打っているのが分かる。中の黄色は光の色か、それとも水の色か。

 飲んで見たい気持ちもあったがちょっと怖いのでやめた。仮に水だったとしても硬水っぽいから飲みたくない。

「この井戸の水をウサギ達は飲むんですか?」

「これは工業用水だから飲みませんよ、雑水に使うぐらいですかね」

 そうだったのか、危なかった。

「因みにこの辺に喫煙所ってありますか?」

「突き当たりを右に300ウサギメートル行ったところに集団ピラミッドがりますからそこで吸えますよ」

 ウサギにありがとうと言うと集団ピラミッドまで歩いてみることにした。

 

 300ウサギメートルは結構な距離だ、しばらく歩いているが街並みは姿を消している。目に付くのは定間隔に立つ街灯と遠くに見えるピラミッドのテッペンだけだ。街灯がなければここが道なのかも分からない。途中、自転車で来れば良かったと思った。

 今日は引き返そうか、後日もっと飲み物や食料を持ってきて準備万端で行ったほうがいいんじゃないだろうか。しかし今更引き返すのも面倒だ。

 ピラミッドは見えているがかなり巨大で遠くにあるのだろう、距離が縮まっている気がしない。街灯の下にたたずみ、アーモンドUのマークを描いていた。暫くの間マークをいっぱい描いた。すると次第にどうでも良くなってきた、アーモンドUもピラミッドもウサギも月も地球も自分さえも。

 街灯の下で横になり目を瞑った。月の大地と同化するような、このまま自分が無くなってただのこの世界の一部に成り果てる。それを願う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とうとう月にやって来てしまった 土丸 @tomoegawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ